気になるあの娘
「あれ、君は確か……」
「? どちら様でしたっけ?」
つい声を掛けてみたものの、目の前の女子高生に蔵馬はしばし思案した。彼女を以前、見かけたことがある。
それはあまりよろしくない場所でだ。しかも問題とされるのは、彼女が連れ帰った『連れ』なのだ。
(この場所に現れたのは偶然? それとも故意か? ……考えすぎだろうか)
だがその連れの動向が気になるのも確かだ。蔵馬は自身の考えを即座に纏めて彼女に問い質す事にした。
「確かに以前、会った事がありますよね。君は何者ですか?」
上手く隠しているが、薄らと彼女から妖気を感じる。この近くの女子高の制服を纏っているところから判断して、人間の中に紛れて生活をしているタイプの妖怪か。
はたまた、単に都合が良かったからその恰好をしているのか。
警戒心を抱いている事を悟らせぬように、蔵馬は笑みを浮かべて彼女に真相を迫った。
つもりだったのだが。
目の前の彼女は酷く渋い顔をして。
「ナンパはお断りです!」
蔵馬にとって青天の霹靂というべき一言を残して去って行った。
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蔵馬は悩んでいた。何についてかというと、先日の彼女をコエンマに報告するかどうか、である。
実はあれからちょくちょく彼女を見かけた。というより、観察していた。
どうやら、彼女は身に纏っていた制服の女子高に本当に通っているらしい。しかも先日会った通学路だけでなく、生活環境の一部が蔵馬と重なっていたようなのだ。
ある日は彼女の通学風景を、ある日はスーパーで買い物をしている所を見かけた。
蔵馬が目にした、友人達と笑いあいながら楽しそうに学校へ通う彼女の様子は、何処にでもいる女子高生と何ら変わりなかった。
彼女自身そこまで目をひく容姿ではなく、突飛な行動をとるワケでもない。あのような場所で見かけなければ気にも留めない存在だっただろう。
そうしてしばらく観察を続けた結果、彼女は人間に害を成すタイプの妖怪では無いと一応の判断を下した。
確かに連れの存在は気になるが、向こうが敵意を持たない限り、放っておいて問題ないと思われた。
そう、それで終わるはずだったのに。
何の因果か一度通学路ですれ違った際、(一方的にではるが見慣れた存在だったので)つい挨拶をしようとしたのだ。しかし、向こうはこちらを認めた途端。
脱兎のごとく逃げ出した。
それ以来、蔵馬は逃げられるのが何となく面白くなくて、せめて挨拶くらいはと機会を狙っている。
自分でも呆れる行動だと自覚している。
――名前すら知らない、そんな彼女。
蔵馬は悩んでいた。
コエンマに呼び出されたこの機会に、一応害は無いと判断したものの、念のために報告しておくべきか否か、と。
だから蔵馬は大変驚いたのだ。
なぜか、今、彼の目の前に。
ずっと蔵馬を悩ませていた彼女が居るからだ。
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「君は、どうしてここに?」
矢張りいつものように少し顔を青くさせて、件の彼女は蔵馬を見た。慌てて一緒に来ていた連れの後ろに回って小さくなる。
「どうした、環」
「あ、あの人だよ、この前話した人……!!」
「何? あいつが?」
震える彼女を背に庇いながら蔵馬を睨み付けて来たのは、全身黒ずくめで髪を逆立てた少年――飛影だ。
先日の三大秘宝の事件で、彼は霊界探偵である幽助と戦って大きなダメージを負った。その後、彼女に抱えられて立ち去って以来姿を見せなかったのだが、すっかり回復したようだ。
ギラリと光る目が蔵馬を見据える。
「貴様、こいつを追い回して随分怖がらせてくれたようじゃないか……かつて名を馳せた盗賊が聞いて呆れるな」
飛影はスラリと剣を抜いた。これには蔵馬も慌てた。
「ちょっと待ってくれ! オレは彼女を追い回したりだなんて!!」
蔵馬が焦って反論すると、環と呼ばれた女は声を張り上げた。
「嘘よ! 私に声を掛けて以来、いつもどこかから見ていたじゃない! 段々エスカレートしていって通学以外でも貴方の視線を感じるようになったわ! スーパーでも、本屋でも、CDショップでも! 最近は接触を持とうと待ち伏せまでしてるし!!」
怖い!! と言って泣き出した彼女に飛影は元々吊り上がっていた目を更に鋭くさせて、蔵馬に剣を向けた。
「蔵馬、一度は霊界の秘法を盗む為に手を組んだ仲だ。苦しまずに殺してやるから大人しく首を出せ」
彼は蔵馬を成敗する気満々のようだ。
「誤解だ飛影! 話せば分かるから、剣を降ろせ!! 降ろしてくれ!!」
飛影の死刑宣告に、本気で命の危険を感じた蔵馬は、滝のように冷や汗を流しながら飛影に頼み込んだ。そして未だ泣き続ける彼女に、怖がらせて悪かったと平謝りするしかなかったのだった。
結局――
「いつの間に仲良くなったのは知らんが、四聖獣と幽助を頼んだぞ!」
霊界の秘法を盗み出した罪の恩赦を得るため、今回の仕事(妖魔街への派遣)を請け負った蔵馬と飛影、その連れの環は揃って目的地へ向かうことになった。
四聖獣に対抗する為、彼らは再び手を組んだ。
仲間となったものの、一度植えつけられた恐怖は中々払拭できないものらしい。妖魔街での仕事中、環から避けられ続けた蔵馬は、その後も同様の扱いを受け続けた。
彼が空間把握を得意とする風使いの彼女にとった、自分の迂闊な行動に本気で頭を抱えるようになるのは、もう暫く後の事だ。
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とちろう様
書き進めている内に、蔵馬さんドンマイ!な代物が出来上がってしまいました……。
すみません、やっぱり私ってギャグやコメディが大好きみたいです(汗)。
というかこの設定なら、純情路線イケる!と妄想が止まらなくなってしまいそうでした! 美味しいリクエストをありがとうございました!!