陰陽師の憂鬱
印を組んで低く真言を唱える。直ぐに効果が現れ、依頼者が感嘆の声を上げた。
殆どは消滅したが、数匹逃してしまった。命からがら逃げ出していたようだから、二度と此処へ近づくことはないだろう。依頼は果たされた。
「これで場は清められました。念のため、この御札を……あれ?」
「どうなさいました?」
「あ、いや! サービスで結界を張っておきますね!」
「おお、それは助かります。ところで『さーびす』とは陰陽師のワザですか?」
「そ、そうですそうです、サービスって名の結界です! 今ちゃちゃっとやっちゃいますね!!……はい、完成です!」
「いやはや、すばらしい。噂に違わぬ腕前ですな」
「はは、どうも。また何かお困りの事がありましたらご依頼ください」
私は依頼人から報酬を貰って懐にしまいこんだ。懐があったかいと心も暖かくなる気がするから不思議だ。
コレで今日の夕飯は奮発しちゃおうかと考えながら、気分よくその場をさろうとした私だったのだが。
では、と依頼人に挨拶をして背を向けた私に聞こえないと思ったのだろう。彼が余計な一言を言いやがったので、浮かれた気分が一気に下降した。
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「なぁにが、『見目も中々良いのに、トウが立っているのが惜しい』だ!! 現役女子高生を捕まえてあんのオヤジ!!!」
大体、この時代の結婚が早過ぎるのよ! 13歳で普通って早すぎでしょ!!!
最近ついてないし苛々する、と零しながら私は用意した食事を口に押し込んでいた。そこそこ立派な鯛の干物を手に入れてソレをあぶり、里芋の煮付け、汁物まで付いた今日のメニューはこの時代からするとかなり豪華な部類なのだろう。
だけど私にとってみたら、質素な豪華食といったトコロだ。
「ハァ……ハンバーグ、エビフライ、オムライス、ラーメン、パフェ、ケーキ、チョコレート……」
今からひと月前のことだ。
現役女子高生であり、家業の陰陽業を無理矢理押し付けられて二足の草鞋を履かされていた私は、仕事中に大きな黒い穴に落ちてしまった。
目が覚めてみると、平安時代だった。アンビリーバブル。
信じられない思いでワタワタしていた私の目の前に現れたのは妖怪。ややこしい処に出てくるんじゃない!とつい条件反射で調伏してみれば、その妖怪が起こす怪奇現象に悩んでいた貴族さんから感謝されることになった。
その貴族さんに、お礼として情報や着物を貰い、嫌々やっていた筈の陰陽師として生計を立てながら帰る手段を探している。
つくづく思ったのが、手に職って大事なのね、と。あと何より。
「今はレトルトでもいい。カレーが食べたい……」
平安時代の食事事情に挫けそうだ。一日二食が常識の時代に加え、醤油すらまだ無いと知った時の絶望ったらもう。
「チキンカレー、ポークカレー、ビーフカレー、シーフードカレー……キーマカレーも捨てがたいなぁ……」
「また良く分からない呪文を唱えているな。それは陰陽師の真言か?」
突然掛けられた声に、私は即座に臨戦態勢を取った。
「出たな! この性悪妖怪!! あんたのせいで作ったばかりのお札が焼き切れて使い物にならなくなってたんだから!!」
「オレのせいにするな。未熟なお前のせいだろう」
「キーーーッ!!! あんたが私に近づくから、あんたの妖気に反応して札が駄目になっちゃうんじゃない! あんたのせいよ!!!」
そのせいで、折角入りそうだった大きな仕事を逃してしまった。アレは痛かった。なにせ相手は今をときめく藤原氏だ。
「そりゃ、生で藤原道長を見られたときは、下膨れ肖像画との違いに笑いそうになったけどさ。それでも藤原氏をスポンサーに出来たらどれだけ生活が楽になったことか。三食おやつ付きも夢じゃなかったのに!!」
「そういえば以前、道長の娘の護衛を逃したと喚いていたな」
そうなのだ。ちょっと前に道長の娘の彰子が入内するまでの、という期間限定ではあったが、住み込みで警護できる陰陽師を募集していた。
もちろん私も応募した。この時代、女性の陰陽師なんて普通はいないから逆にそれがアドバンテージなって有利だと思ってた。女房なんかに化けられるからね。
大いなる野望(三食おやつ付き)を持って挑んだのだが。
実地試験で手持ちの札が全ておジャンになっていた私は動揺したのもあって、見事失敗してしまった。
結果、今をときめく藤原氏が雇ったのは、今をときめく大陰陽師・安倍晴明の家系の者(確か孫って言ってたっけ?)が勝ち取った。
それもこれも。
「全てあんたのせいだからねーーーー!!!!」
私がズビシッと指を指して性悪妖怪こと妖狐・蔵馬に「あんた侘びの一つもいれんかい」と強要してみるも、彼はどこ吹く風だ。
半月前に仕事先で鉢合わせて以来、やたらと絡んでくるようになったこの狐。しかも私の仕事の邪魔ばかりしてくるのだからたまったものではない。
私の非難を綺麗に無視した彼は懐から何かを取り出して、ずいっと私の前に押し出した。
「そんな事を言っても良いのか? 折角お前が食べたがっていた甘葛(あまずら)を使った甘味を持ってきたんだがな」
「え、ホント?」
もしかして彼なりの侘びの品? 本当はシャイなヤツで、実は律儀な妖怪だったの?
「……仕方が無いなぁ。じゃあ、ソレで許してあげるよ」
だから寄越せ!と強請ってみる。私の視線は既に彼の手の中の甘味にロックオンだ。
だってこの時代、甘味は高級品だからだ。
まだ砂糖が無く、その替りに使われている甘味料がツタの抽出液を煮詰めた甘葛だ。手間暇かかるこれを手に入れられるのは、上流貴族か皇族くらいで庶民にとっては高値の花なのだ。
正直、喉から手が出そうだ。
だが彼は意地悪なことに、彼の手から食べろと言わんばかりに、私の口に近づけてくる。
羞恥プレイを狙っている彼はやっぱり性悪だと思いながらも、目の前の誘惑に勝てなかった私は、羞恥を覚えながらも彼の手から甘味を食べようと口を開いた。
「……んむ! んんんっ!!!!」
あろう事かそれを待っていたかのように、彼は一瞬の早業で私の口内に自分の舌を侵入させてきた。
私は口内に放り込まれたモノを飲み込む。ぜんっぜん味わえなかった。勿体無い。
じゃなくて!!!!
「この変態!! 色魔!! 私のファーストキスを返せ!!!!」
性悪妖怪から変態妖怪に格下げしてくれるわ!! と声を張り上げる私に彼は心底楽しそうに笑うばかりだ。
私は決心した。
「あんた絶対、私の式に下してやるんだからっ!!! 扱き使ってやる!!!」
「それは楽しみだな、メイ」
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五条茜様
『蔵馬と陰陽師』『甘い』『少陰コラボ』を満たそうとネタ製造機をウィンウィン回した結果、こんなんできました……。
力不足で申し訳ありませんが、受け取って下さると嬉しいです(涙)。
リクエストありがとうございました!