番外)新年、明けまして
ゴーン、ゴーン。
遠くで鐘の音が聞こえる。敵襲か、と慌てて布団から飛び出したが、すぐに聞き覚えのある音だと気がついた。
暦を確認して納得する。今日は大晦日だ。
この本丸に配属されて日が浅い上に、元いた時代の季節が夏だったこともあって、すっかり行事ごとを失念していた。
それにしても、と首を傾げる。
「こちらは、お正月のお祝いなどしないのでしょうか……」
昼間を思い出して疑問に思う。
新しい審神者として赴任した自分がよく知らないだけなのかもしれないが、特に何かの準備をしている様子はなかった。確かに彼らの本質は刀剣なのだから、人間の行事など関心がないのかもしれないし、律儀に守る必要もない。もちろん強要するつもりもないが、それはそれで寂しいと思う。
ふいに、肌を刺す冷えた空気に身を震わせた。外を見ると雪がはらはらと舞っている。どおりで冷え込むはずだ。そうだ、と閃いた考えに従って、充てがわれた離れの自室に設置されている簡易式の台所へと足を向けた。
手早く支度を済ませたところへ、
「主よ、こんな夜更けにどうした?」
ひょいと三日月が顔を覗かせた。
彼は彼女と共に外から来たこの本丸唯一の理解者であり、近侍刀でもある。
「そちらこそどうされました。何か急ぎのご用でも?」
「なに、近侍としての勤めだ。就寝した主の部屋から物音がしたので、念のためにな。どこぞの馬の骨が身の程も知らずにも、俺の主に夜這いに来たら困るだろう?」
はっはっは、と三日月は朗らかに笑う。
「またそのようなご冗談ばかり」
「冗談などではない。主は愛らしいぞ」
「……ありがとうございます」
呆れを隠し切れずに溜息がでた。彼の発言は、いまいち本気と冗談の区別がつかないのだ。
しかし、丁度いいタイミングで来てくれた。
「よろしければ、おひとついかがですか?」
「うん?」
手招きをすると、三日月は不思議そうな顔をしながらも言われたとおりに隣に腰を下ろした。杯を手渡し、仄かに湯気が立つ徳利を見せる。意外だったのか、きょとんとした顔を見せた。
「どうぞ」
パチパチと瞬いた目が細まり、いつもの柔和な笑顔になる。
「乙なものだ。雪見酒か」
「寒い日はこれに限ります。身体が温まっていいでしょう?」
「そうだな。……ああ、そういえば年越しだったな」
除夜の鐘の音に、今気づいたように言う。彼ほど永くあれば、一年など刹那の時間に感じるのかもしれない。もしかしたら、他の刀剣たちも。
鳴り響く重低音を感じながら、ゆっくりと杯に口を付けた。
「主よ、あけましておめでとう。今年もよろしく頼む」
「けほっ!」
折角の秘蔵酒を楽しむ前に飲み込んでしまった。どころか、咳き込む始末だ。
「大丈夫か? よしよし」
背をさすられる手を制して、涙目で彼を見上げる。
「みか、づき殿、まだ年は明けていません、よっ」
先に言おうと思っていたのに、とは言えず、文句をつける。
「いや、もう年は明けたぞ。さっきの鐘が最後だ」
「え?」
耳を澄ませてみれば、確かに、もう鐘の音が聞こえない。
「そうでしたか……あの、あけましておめでとうございます」
羞恥で熱が集まる顔を伏せると、頭上でくつくつと笑う声がした。
「耳まで赤いな。もう酔ったのか?」
「……ええ、お屠蘇をいただくまでもありませんでした」
「そうか、ほんに俺の主は愛らしいな」
(了)