【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
19 茶会


 一期一振に案内された客間は、梅小路の屋敷で使用されていた客間と同じ場所に位置していた。しかし、やはりここは違う場所なのだ、と煌びやかな部屋を見てしみじみと思った。
 床いっぱいに、毛足の長い絨毯が敷き詰められ、天井にはガラス細工の美しい照明器具――確かシャンデリアという名称だった――が、ぶら下がっている。部屋の中央には木目の美しい丸机と、それを取り囲むように、四脚の椅子が配置されている。他にも西洋箪笥や暖炉まであった。だが、カーテンの引かれた窓から覗くのは、立派ではあるが、方向性が真逆の日本庭園だ。
 見事なまでの和洋折衷。
「喉は乾いておりませんか? お茶をお淹れ致します」
「あ、はい、頂きます」
 テキパキと動き回っていた彼は、どうやらお茶の用意をしてくれていたらしい。ズラリと並ぶのは華やかな西洋茶器だ。
「茶葉はいかがいたしましょう。ダージリン、アッサム、ウヴァ、ディンブラ、フレーバーティーにハーブティーもございますぞ」
 にこやかに申し出てくれるのだが、何が何やらサッパリだ。彼もこの国の古き良き骨董品ではなかったのか……と、唖然とするも、給仕するさまに違和感がない。
「では、だーじりんとやらをお願いします」
 よく分からないまま、はじめに挙げられたものを復唱した。
「畏まりました」
 すぐにカップいっぱいに満たされた紅茶がテーブルの上に用意された。
「甘味もご用意いたしました。お召し上がりください」
「ありがとうございます」
 勧められるまま椅子に腰掛ける。花があしらわれた繊細な作りの茶器を手に取り、おそるおそる口を付けた。透明感のある深紅色の液体を飲み下すと、寒さで強ばっていた雅の身体を優しく温めてくれた。ホッと息を吐く。
「……紅茶をいただいたのは、はじめてです」
 一期一振はおや、と目を丸めた。
「若い女性には緑茶などよりも、こちらの方がお好みかと思ってご用意させて頂いたのですが、浅見でございましたか。申し訳ありません」
「いえ、とても美味しいです。緑茶とは異なる渋みと甘みですね、香りもいい……。少々、感慨にふけってしまいました。この国の未来は、想像以上に豊かになったのですね」
 未来という言葉に、一期一振が反応した。
「あなたは過去の方ですかな?」
「はい、私は20世紀のものです」
「左様でしたか。ならばお珍しいモノが多々あるやもしれませんが、こちらの本丸は、百年以上前の屋敷を模した建物と伺っております。多少のお慰めにはなりましょう」
「お気遣い痛み入ります。慰みならば、こちらの美味しいお茶で十分ですよ」
 手に持ったカップを掲げて見せた。
「勿体無い。ありがとうございます」
 ふいに何かに反応するように、一期一振は窓の外に視線をやった。庭を挟んだ向こうにある別邸を見ているようだ。何かあったのかと声を掛けると、雅に視線を戻した一期一振はニコリと微笑んだ。
「そろそろ私は前田のあとを追いかけます。しばらくこちらでお待ちくださいませ。お着替えはあちらに」
 と、箪笥の上に置かれた服を指し示した。すでに着替えまで準備していたとは。彼はよくよく仕事が早い。
「奥の部屋には、簡易風呂と仮眠室がございますので、ご入用でしたらお使いください。では御前を失礼いたします」
 丁寧に礼をとって、部屋から出ていこうとする。太刀らしい長身の背中を眺めていると、小さな疑問が浮かんだ。
「あなたから見た未来はどう見えますか?」
 一期一振は元々、戦国時代――16世紀の刀剣だ。永きに渡って在り続けた彼には人の世がどう見えるのだろうか。純粋な問いかけだった。
 足を止めた一期一振は、しばし考え込んだ。
「……そうですね、この国は豊かになりました。いつの時代も、人は幸せを求めて前進を続けておりましたが、今では有り余るほどモノが溢れ、飢える者などおらず、全ての民が学を嗜み、国外へ渡るのも自由だ。神の如く天候すら操るまでになりました。かつてに比べれば、信じられんことですな」
 では。と、こちらを振り返ることもなく、足早に去ってゆく背は、どこか疲弊の色が浮かんで見えた。
「神の如く、ですか……」
 幸せを求めて前進を続けた人は、どこへ向かうのだろうか。


++++


 この本丸の審神者は、成人すらしていない十代半ばの少女が務めていた。主君であり唯一の女性であるという理由で、刀剣男士たちが住まう母屋から離れた別邸――別邸とはいえ、最も贅を凝らした作りとなっている――で過ごしている。
 彼女は政府にスカウトされる形で審神者となった。出自は神職でも異能の稼業でもない一般家庭の出であるが、才能を見込まれたのだ。
 はじめこそ異なる環境・世界に戸惑いを見せたものの、徐々に才覚を顕し、めまぐるしい実績を上げていった。
 彼女を主にいただく刀剣たちが、誇りを感じる程に――。

 審神者の部屋の前に辿りついた前田は、中の気配を感じて身を固くした。一期一振は待っているように言っていたが、報告くらい、兄の手を煩わせたくはない。煩く鳴る心臓の音を感じながら、ギュッと手を握り締めた。
「失礼します。前田藤四郎です」
 障子越しに声を掛けた。しばらくして、不機嫌を滲ませた掠れた声が返って来た。
「……なに」
「ご報告に参りました。本日の出陣部隊の一員として出陣しましたが、負傷により、先に帰還いたしました」
 返ってくるだろう言葉を予想して、ギュっと目を閉じた。
「………………やくたたず」
「っ、申し訳、ありません」
 言い訳するのもおこがましい。自分の不甲斐なさが招いた結果だ。と自身を叱咤するも、労いの言葉一つ貰えなかったと傷ついている自分がひどく情けなかった。末永くお仕えすると――主君の役に立つと、確かに誓ったハズなのに。
 応急処置が施されただけの腕を強く握り締めた。血は滲むが、痛みを感じない。痛むのはただ――怪我のない左胸の奥だけだ。軋んだ悲鳴を上げ続けている。
「次はお役に立ってみせます……主君のお役に……全力を、尽くします!」
 部屋の中から、微かに笑った気配がした。
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