【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
16 戦場2


 息せき切らせて辿りついた戦場では、人と付喪神との戦いが同時に展開されていた。
 不思議な光景だ。
 人の隙間を縫うように刀剣男士が戦っている。彼らは人の器を得た筈なのに、徒人(ただびと)には見えないのだろうか。しかし、武者たちもそれとなく彼らを避けているようにも見える。
 骨の化物が一匹、畠山軍の小隊長と思わしき者へ向かって行った。
 ひとりの刀剣男士が立ちふさがる。が、邪魔だと言わんばかりに腕を斬りつけられた。血飛沫が舞う。
「前田!!」
 負傷した少年の身体が傾く。彼とよく似た少年が受け止めた。彼らは確か、薬研と同じ粟田口の短刀――前田藤四郎と平野藤四郎だ。
「この傷では刀を握れません。あとは僕たちに任せて下がってください!」
「なんのこの程度、皮一枚です! まだまだいけますよ!」
 平野の静止も聞かず、前田藤四郎は先ほどの相手に向かって走り出した。両手で短刀を構えて低く腰を落とす。畠山軍に目を向けていた遡行軍は、彼の彼の再びの接近に気付いて得物を構えた。槍だ。リーチの長さは相手の方が遥かに長い。誰の目にも相手方が有利に見えた。
 高速の突きが放たれる。
 前田は槍の切っ先にそっと刃をあてがった。瞬きよりも短い、刹那の見切りだ。槍の力を逸らすことで相手の攻撃をいなし、そのまま懐へ――死角へと飛び込んだ。
 相手は咄嗟に足を振り上げた。
「甘い!」
 前田は身体を捻って紙一重でかわした。無防備に晒された軸足が眼前に晒される。好機だ。それを思い切り斬りつけ、駄目押しに足払いを掛けた。
 遡行軍が地面に叩きつけられた。
「お覚悟!」
 そのまま流れるように、体重をかけて急所を貫いた。
「前田!」
 背後から現れた新手が、無防備な彼に刀を振り上げた。平野が前田を突き飛ばす。からくも凶刃を避けた前田は、コロコロと地面を転がり、受身を取って立ち上がった。動きは機敏だが、怪我のダメージが出たようだ。僅かに苦痛の色が見える。
「助かりました。平野、感謝します」
 しかし、気丈にも笑顔で礼を言う彼に、平野はほとほと困った顔をした。
「君ってひとは……。分かりました、一刻も早くこの場を制しましょう」
「ええ」
 アイコンタクトを――戦場での最も短いやり取りを交し合った二人は、息の合った動きで遡行軍に向かっていった。
「えぇい!!」
 その隣では薬研十四郎が太刀相手に大立ち回りをしていた。彼も短刀の身でありながら、体躯の上回る敵から繰り出される刃の雨をかいくぐって自分の間合いへと飛び込んだ。
「柄まで通ったぞ!!」
 巨体が音を立てて崩れ落ちる。またひとつ、遡行軍の一角が落ちた。
「見え見えだ、死ね」
 ひとつ、
「どこかで見た動きだね、そこだよ!」
 またひとつ、と遡行軍が倒されてゆく。彼らがこの場を制圧するまで、あまり時間はかからなかった。
 しかし――。
「どうやら生き残ったようですね。なかなかに、強敵、でした……」
 戦いのあと、前田藤四郎が膝をついた。右腕がだらりと垂れ下がり、止めどなく血が流れている。
 平野藤四郎が駆け寄った。
「これ以上は無理です! 撤退してください!」
 今にも泣きそうな顔だ。
「俺っちも同じ意見だ。無理はやめてくれ」
「平野、薬研まで……」
 戦いの前から怪我を負っていたのだろう。前田藤四郎の黒い軍服の下には包帯が見えた。白ではない。血が滲んで赤く染まった包帯だ。
「このまま進軍すると折れるかもしれないね。大人しく下がった方がいい。だよね? 隊長殿」
「チッ……足手纏いは邪魔なだけだ。先に帰ってろ」
「ほらね、君の兄弟だけでなく隊長殿までいたく心配しているよ。「青江!」はいはい。ああ、前田くん。もちろん僕も心配しているからね」
「大倶利伽羅殿、青江殿……。しかし、僕が退けばその分、貴方たちに負担がかかってしまいます」
「僕たちはそんなにヤワじゃありませんよ」
「平野の言うとおりだ。任せておけ」
 平野と薬研が力強く言い切る。
「うん、そう簡単にやられるつもりはないよ。せっかくのチャンスでもあるしね。ただ、重傷の前田君をひとりで帰すのは心配なんだよねぇ。かといって、もうひとり抜けられる余裕はないし」
「ああ。この先ふたりも抜けられると厳しい」
 考え込んだ薬研は、ふいに雅の方へ顔を向けた。
「なぁ、あんた」
「はい」
 いらえを返すと、刀剣男士たちの目がいっせいに雅に向けられた。
「おや、見間違いじゃなかったんだね。こんな合戦上に白装束の女性がいるんだ。てっきり幽霊かと思ったよ。君、近寄ってこなくて正解だったね」
 幽霊呼ばわりされた雅は目を丸めたが、なるほど、と納得もした。現代風の突飛な格好で化物たちと戦う刀剣男士は、鎌倉時代の武者たちの理解を遥かに超えてた存在だ。例え目に写ったとしても頭が処理しきれず――結果、見えないモノとして扱われたのだろう。
「こんな所にまでついて来ちまうとはな。そんなに俺たちの戦いを特等席で見たかったのか?」
 呆れを滲ませた、迷惑そうな口調だ。だが、薬研藤四郎は自身の上着を脱いで「着てな」と雅に寄越した。心もとない格好だったため、素直に礼を述べて受け取った。袖を通すと、ちょうどよい着丈だった。
「帰る手段を探してあなたを追ってきました。ここは求めていた場所ではありませんでしたが、この目であなたたちの戦いを見ることが出来て、良かったと思います」
「肝が座ってるな。怖くはないのか?」
 ドドド……という地響きとともに、数十騎の応援部隊が目と鼻の先を駆けぬけて行く。風にのって届くのは、血の匂いと、生命を散らす断末魔の叫びだ。
「……怖いですよ。でも、目を逸らしたくありません」
「薬研、彼女は?」
 平野が問う。
「先日、保護した審神者だ」
 気のせいだろうか。『審神者』に対して、どの刀剣男士も反応した。特に顕著な反応を示したのは前田藤四郎だ。まるで仇でも見るような目を向けてくる。
「なぁ、あんた。頼みがあるんだが」
「傷の手当ですか?」
 三日月宗近に行ったように癒せる自信はなかったが、人の器を得た彼らに、人と同じ手当は有効だと思われた。
 薬研藤四郎は首を振った。
「いや、手当ならこっちで出来る。それより前田を頼みたい。目立たないように本丸へ連れ帰って欲しいんだ」
 前田藤四郎は雅よりも小柄だ。可能だと判断してうなづいた。
「分かりました、必ずお連れいたします」
「薬研! 僕はひとりで戻れます!」
「前田、気持ちは分かるが、お前まで折れたら困るどころじゃない。頼む、理解してくれ。それに彼女は『客』だ。こんのすけを見つけて彼女が帰れるよう政府に連絡をとって欲しいんだ。できるか?」
「!! ……分かり、ました」
 前田は神妙な顔をして頷いた。
「なぁに、すぐに戻るさ。それじゃあ、頼むな」
 前半は前田に、後半は雅に向かって確認するように言った。
「お気を付けて。……皆さん、どうぞご武運を」
 前田ほどではないにしろ、どの刀剣男士も怪我を負っていた。彼らを見回した雅の口から自然とこぼれた言葉に、にっかり青江は名前のごとく、にっかりと笑った。
「ッフフ、女の子に見送って貰うのって、悪くないねぇ」
「青江の旦那は緊張感がないな。それが旦那のいいところなんだが」
「ハハ、本当ですね」
 薬研が感心したように言うと、平野も笑って肯定した。
「チッ……行くぞ」
 大倶利伽羅の呼びかけで、彼らはくるりと背を向けた。そのまま人の戦の影へ――彼らの戦場に向けて、ひっそりと消えていった。
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