【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
08 羨望


 騒動から1時間後。雅はひとり、粗末な簡易ベッドの上で、ひたいを押し付ける体制で膝を抱えていた。小さな部屋には窓もなく、あかりも最低限しか灯していないので、ひどく薄暗い。
 強制的に保護される形で避難してきたのだが、亀田たちは彼女をこの部屋へ押し込めてから慌ただしく出て行ってしまった。
 審神者候補者を遡行軍が襲撃する事態は初めてのことであり、また、雅を連れて来たのも例外的な措置だと言ってたので色々とあるのだろう。それを証明するかのように、ここへ連れてこられる途中で見た者たちはみな忙しなく動き回っていた。
 ここは遥か未来――23世紀だ。
 この時代からすると先ほどの騒動は200年も前の過去となる。だが、雅にとってはたった1時間前の出来事だ。
 ふいに心細さを感じて、目を閉じたまま手探りで辺りをさぐった。しかし、目的のものは見つからない。
 抱えていた膝を開放してベッドの上に視線を投げると、女物の服が目に入った。血で汚れた彼女を気遣って用意してくれたものだ。だが雅が手にとったのは着替えではなく、過去から持ってきた唯一のモノ――守り刀だった。
 鞘から抜こうと力を込める。いつもとは異なり、抵抗を感じた。途端に抜く気が萎えて力を抜いた。中途半端に止めたため、ちょうど鯉口を切る形となった。
 僅かに引き出された鍔元の刃が、かぼそいあかりを反射して光をはじく。
 映し出されたのは自身の顔だ。随分とひどい顔をしている。顔色が悪いという意味でもあるが、恐ろしい顔でもあった。
 今にも誰かを殺しそうな、そんな顔だ。
 ――殺すのは……殺したいのは誰か?
 考えずとも答えは決まっていた。
「俺を殺したいか?」
 音もなく光量が増した。声がした方を向けば、いつの間に入ってきたのか、濃紺の狩衣を纏い、太刀を佩(は)いた男が立っていた。
 眉間にしわが寄るのは眩しさのせいだけではない。
「三日月宗近殿でしたね、何かご用でも?」
「用があると言えばあるが、無いと言えばないな」
 のらりくらりとした物言いだ。のんびりとした口調がやけにカンに触った。
「ご用が無いのならお引き取りください」
 思わず語尾がきつくなる。
「そうさなぁ、まぁ、用が終わったら引き上げるさ」
 雅がどんなにまなじりを釣り上げようとも暖簾に腕押しだった。三日月は彼女の様子など気にした風もなく、しかも断りもなく隣に腰掛けて柔和な笑みを見せた。
「娘、お主の名前は?」
「なぜあなたに教える必要が?」
「ふむ、もしや名を教えると隠されると警戒しているのか? 言い方が悪かったな、本名でなくても良いのだ。いつまでも『娘』では不便だろう?」
 取り合うつもりは無かったが、気になる言葉に彼の方を向いた。
「隠される? あなたは人を隠してしまうのですか?」
 彼は刀剣の付喪神だ。神隠しという意味だろうか。
「まれにそのような者がいるというだけの話だ。俺は違うぞ」
 名は呼ぶためにある。呼び名がないと不便だろう? と彼は笑う。
「…………私の名は」

 ――雅という名はどうだ? 梅小路 雅だ。美しい名だろう?

「梅小路……です」
 あたたかな食事を、衣服を、寝床を、教育を、数多くのモノを与えられた。何より、名を。家族共同体の名称――氏(姓)もそうだ。彼の孫に、家族にして貰った証。噛み締めるように紡ぐと、三日月はそうか、と微笑んだ。
「では梅小路よ、手を貸してくれ」
「手?」
「ああ、その手のものを見せてくれ」
 咄嗟に手の中の刀を強く握りしめた。取り上げられることを恐れての行動だ。
「お断りします。これは我が家の至宝。政府に渡しはしません」
「そうではない。そのままでは困ると思ってな」
 と、懐から小箱を取り出した。
「俺がやってもいいが、出来るなら自分でやるか?」
 手渡された小箱の中には、目釘抜きや打ち粉、拭い紙や丁字油(ちょうじあぶら)などが入っていた。いわゆる刀剣の手入用具だ。
「その刀は家に伝わる守り刀だと聞いた。いつまでも主人の……お主の祖父殿の血に濡れたままでは哀れであろう?」
「……っ」
 言葉に詰まった。ゆるゆると視界がぼやけてゆく。
「祖父殿を助けられなかったのは俺の落ち度だ。俺が憎いか?」
 俺を殺したいか?
 言葉とは裏腹に、三日月は穏やかな笑みを浮かべて雅に問いかけた。


++++


 結局、早く手入れを施さねば手遅れになるだろうと判断した三日月が、彼女の短刀を取り上げて手入れを行った。
 何食わぬ顔で行っていたが、密かに鞘の中に隠れていた刃の形に驚いた。日本刀には珍しい両刃だったからだ。それでも、血に濡れた刃をぬぐっていれば、否が応にも先だっての幕引きに意識が持って行かれた。

 ――若い娘に身内を手にかけろとは酷な話だったな。娘、俺が代わろう。場所を代われ。

 あの時、刀を振りかぶった三日月の前に、素早く身体を滑り込ませた雅は力なく頭を振った。

 ――いいえ、譲りません。

 約束しましたから、と弱々しくもハッキリ口にした彼女は、手あった刀を抜いた。その手は震えていたが、特段気負うでもなく、むしろ存在が希薄になったような凪いだ空気を漂わせていた。
 刀を構えた彼女に向けられる老人の目は、謝罪と安堵の色をたたえていた。胸に突き立てられた刃が深く沈んでいく様は、どこか神聖な儀式を彷彿とさせ、強く三日月を惹きつけた。
 殺したいか? と問いかけたのは、きっと羨ましかったのだろう。例え向けられるモノが憎悪にしろ、恨みにしろ、彼女たちの間に成り立つモノを、カケラでもいいから分けて貰いたかったからかもしれない。
「……いいえ」
 手入れの最中、無言を貫いていた彼女が口を開いた。
「譲りたく、ありません」
 どこか予感めいたものを感じていた三日月は「そうか」と微笑んだ。
「全て、私のものです。与えられた名も、共に過ごした記憶も、この手に残る肉を切り裂く感触も、後悔でさえも、全て私のものです」
 だから私は、私を殺したくてたまらない!!
 嗚咽を漏らす彼女を、三日月はやはり羨ましいと思った。
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