【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
04 憑霊


 二人の男が駆け込んだときには、中は惨憺たる状態となっていた。古くとも立派だったろう屋敷は、主屋のみならず奥に見える離れですら半壊状態だ。
 その原因はすぐに知れた。
「遡行軍!? 歴史修正主義者どもがなぜここに!?」
 骨となり果てた蛇や武者くずれがあちこちを徘徊している。
「先輩!」
「ああ、分かってる!」
 未だ向こうはこちらに気づいていない。ただの人間でしかない二人はすぐに物陰に隠れた。すぐさま懐から取り出した通信機でエマージェンシーを送る。
 通信機を切った途端、少し離れた場所に扉が現れた。23世紀の科学と神秘の結晶――時空転送の扉だ。
「早いな」
 ホッと息を吐きながら先輩の男が言った。時間と空間を指定しているのだから遅刻という概念が無いのは分かっている。それでも、緊急時において、この迅速だと感じる対応は実にありがたかった。
 ギギギッと扉を開く重々しい音が響き、濃紺の狩衣を纏った男がひとり、軽やかに飛び出してきた。
 優男といった風体であるが、飛びかかってきた遡行軍の一人をアッサリと斬り伏せた。灰となって崩れてゆく亡骸に見向きもせず、キョロキョロと辺りを見回し、隠れていた男たちを見つけた。
「ゴリラのような男を探せと言われた。お主か?」
「誰がゴリラだ!」
 男は思わず突っ込んだ。隣の後輩は声を殺して笑っている。
「では何と呼べば良い? ああ、通称で構わんぞ」
「ちっ……相方のあだ名が鶴だからな。不本意だが、亀とでも呼んでくれ」
「ほう、鶴と亀か。縁起のよい名だ」
 後輩の男は、色白で髪の色も薄いことから、鶴だの、モヤシだの、白アスパラなどと呼ばれていた。しかし、どれも彼の許可を得たものではない。が、この場で本名を話すほど愚かではなかったので静かに黙していた。ただ、先輩だろうと関係ない、あとで一発殴ろう。と固く心に誓い、密かに拳を握りしめた。
「しっかし、三日月宗近、お前が来るとは思わなかった」
 通称・亀がしげしげと三日月と呼ばれた男を見ながら言った。当初はたった一人しか来なかったことに焦りを覚えたが、この男なら一人で問題ないだろう。
 三日月は口元を隠して柔和な笑みを称えている。戦場では似つかわしくない笑顔だ。
「行けと言われて来た俺もよく知らぬが、随分と本部が慌ただしそうであったな。どうやら各時代、各地の審神者候補者が狙われているらしい」
「はぁ? じゃ、ここと同じような事が他にも「先輩!!」」
 背中に衝撃を感じたと思ったら、地面にスライディングをかましていた。顔から。後輩に突き飛ばされたのだと理解すると、土の付いた顔に怒りの形相を浮かべて振り返った。
 が、元いた場所には振り下ろされた刀があり、三日月がソレを受けていた。一応庇ってくれた形だが、それでも突き飛ばされなければ無傷では済まなかったにちがいない。背筋が寒くなる。
「先輩、ゆっくり話をしている暇はありませんよ」
「どうやらそのようだな」
 緊張からピリピリとした空気を纏う後輩の意見に賛同した三日月は、彼とは真逆でのほほんとしている。
「三日月宗近、お前さんは遡行軍の殲滅にあたってくれ。俺達は生存者がいないか探してくる」
「あいわかった」
 やはり呑気な声に若干気が抜けそうになりながら、鶴と亀のコンビは慎重に足を進めた。


++++


「誰が鶴ですか、俺の名は津留崎(つるさき)です」
「ツルで合ってるじゃねぇか」
「そういう先輩こそ、そのままのくせによく言いますよ。ねぇ、亀田さん」
「うっせぇ。ったく、噂に名高い天下五剣をこの目で拝んじまうとはな。運がいいんだか悪いんだか……」
「オレ達はあくまで下っ端のサポート役でしかありませんからね。資料で知ってはいましたが、審神者でも神祇官でも無いので……っと先輩、アレ」
 骨の武者が近くを通りかかったので、二人は壊れた柱の影に隠れた。裏庭を慎重に進んで来たが、遡行軍の数は思ったよりも少ないようだ。初めて遭遇した、この骨の武者もそのうち三日月が片付けてくれるだろう。
「なぁ。生存者、いると思うか?」
「いると思います。建物はひどい有様ですが、その分、隠れる場所はそこかしこに出来たみたいですから」
「今の俺たちみたいに、ってか?」
「そういうわけです。先輩、この屋敷の見取り図はありますか?」
「……ちょっと待ってろ」
 亀田は懐からカード型の端末機を取り出した。すぐに屋敷の見取り図を表示させる。
「俺たちが今いるのは主屋の裏ですね。次はこの、離れに行ってみましょう」
「おう」
 二人がしばらく進んでいると、足元にコロコロと小石が転がってきた。
「なんだ……? って!」
 と思ったら、今度は頭に飛んできた。亀田が頭を摩りながら辺りを見回すと、こっちに来いと手を振る人の手を見つけた。
 十分に警戒しながら近付く。崩れた壁の影に三人の人間がいた。二人の若い女性と豊かな髭を蓄えた老人だ。女性のうち、小柄な方――遠藤は気を失って倒れ、長身の女性――鈴木が彼女を抱えていた。
「梅小路 繁幸(しげゆき)様ですね」
 亀田が老人に話しかけると、彼は難しい顔をして「うむ」と言った。
「追い返そうと思っていた政府の人間に頼ることになろうとはな。ともかく、この事態をなんとかせい。お主らの不手際じゃろう」
「既に応援を呼びました。すぐに事態は収集されますので、今しばらくご辛抱ください」
「ふん、こっちも孫が動いておるわ。儂が言っておるのは、事態の原因究明じゃ。遡行軍は乱れた戦の世にしか現れない。これが常識だったはずじゃ。なぜこの平和な時代に現れた?」
「それは……目下、解明中です。ですが、今後決してこのような事は無いように致しますのでご容赦ください。……それよりお孫様、ですか?」
 梅小路家当主――繁幸は、眉間に皺を寄せた。23世紀の政府の役人が来る、と連絡が入ったのは昨夜遅くのことであった。相変わらずこちらの都合を考えない手前勝手な対応に腹を立てたが、相手の要求に察しがついたため、四の五の言わずに追い返すつもりだった。
「アレはお主らには渡さぬ」
「お気持ちは分かります。ですが審神者の力を持った人間はごく僅かだ。ましてや貴方のような、高い功績を残した伝説の審神者の血族ともなると、その才能を見過ごすわけにはいかないのです。是非ともご協力ください。この国と、貴方の家の為に」
「よく言いよるわ。国のために戦えじゃと? 時代は違えど、お主らはいつもそうやって儂らを戦場に送り込み、死ねと言う。家族を守る? 守れぬ約束なら口にするな。儂は今更、家名などどうでもよい。アレはやらぬ」
 亀田が言い募ろうとした瞬間、気を失った遠藤を抱えた鈴木が悲鳴を上げた。見れば骨の蛇がこちらに向かって突進してくるではないか。
「鶴!」
「わかってます、よ!」
 津留崎が護身用に携帯していた小型の銃の引き金を引いた。
「くっ! やっぱダメみたいです!」
 命中したが、一瞬だけ動きを止める程度だ。
「続けろ! 三日月が来るまでの辛抱だ!」
 亀田も小銃を構えて応戦する。歴史修正者たる遡行軍にただの物理攻撃は効かない。奴らに対抗できるのは、人を超えた力――刀剣の付喪神たる刀剣男士の手でなければ倒せない。
 だが――。
 空から降ってきた少女の一突きで、骨の蛇は呆気なく崩れ落ちた。
「……誰だ?」
 未だ幼さが残る小柄な少女が、ひと房だけ長い後ろ髪を風になびかせ、ゆっくりと立ち上がった。大きな黒目は瞳孔が開き、表情のない顔には数滴の血――おそらく返り血だろう――がこびりついている。異様な様子だとひと目で見て取れた。だが、どこかで覚えがある雰囲気だ。
「あれは……、そうだ」
 三日月宗近の纏う空気と酷似しているのだ。
 次いで頭を過ぎったのは、人が遡行軍を斬れるハズがないという事実。まさか、という考えが浮かんだ。
 少女が手に持っていた刀をすっと上げた。
「オイオイお嬢さん、冗談キツイぜ」
 ターゲットが遡行軍から亀田と津留崎の二人に移ったようだ。彼女の右足が地面を強く踏みしめている。来る、と反射的に身構えた。
「雅、刀をしまえ。こ奴らは23世紀の政府の者じゃ、敵ではない」
 老人の静止で少女はピタリと動きを止めた。そのまま大人しく納刀する。
 途端、彼女を覆っていた異様な気が掻き消えた。一息付いた少女は、老人の元へと歩み寄る。
「お爺さま、お怪我はありませんか?」
「ないない、至って無事じゃ」
 先程の無表情とは一転、笑顔を見せた少女は、傍らにいた女性に近づき、話を始めた。
「繁幸様、彼女は一体……」
「孫の雅じゃ。儂らは憑き物筋の家の者。こやつは憑坐(よりまし)として、神剣を己に降ろして戦っただけのこと」
 何を驚くことがある、と彼は鼻を鳴らした。
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