【鬼灯の冷徹】 転職しましたシリーズ | ナノ
転職しました


「「鬼灯様〜」」
「何ですか?……おや、そちらは?」
 座敷童子の双子が連れてきた人物に、鬼灯は首を傾げた。
「はじめまして。この子達がお世話になっております。私はこの子達の姉でして、私もこの度現世から此方へ引っ越して参りました。よろしくお願いします」
「これはどうもご丁寧に。座敷童子にお姉さんが居たなんて驚きですね」
「はい、良く言われます」
「そうでしょうね。だって貴女、大人でしょう?」
「そうなんです……」
 女は困ったように笑った。
 そうなのだ。鬼灯の前にいるのはれっきとした大人の女性。座敷童子は総じて5、6歳くらいの小童と相場が決まっている。
「何百年か前に、うっかり成長してしまいまして。その際に座敷童子も廃業しました」
「え、座敷童子って廃業できるモンなんですか?」
 会話に割り込んできたのは桃太郎だ。
 ちなみに、彼も前職を廃業した転職者である。もっとも彼の場合は犬猿雉子をお供に連れたヒーロー業であった。
 悲しいかな、時代の流れと言おうか。一発屋でしかなかった彼は、あえなく転職を余儀なくされ、今ではすっかり薬剤師見習いと化していた。
 とはいえ彼は天職に巡り合えたと嬉々として励んでいるので、結果的に良かったと言える。
「おや、桃太郎くん。来てたのですか」
「鬼灯様、こんにちは。白澤様に代わって配達に来ました」
「ありがとうございます。最近仕事が立て込んでましたので、届けてくれて助かりました。何よりあの色魔の阿呆面を見なくて何よりです」
「……相変わらず仲が悪いんスね」
「あの……?」
「あ、突然会話の邪魔をしてしまってスミマセン、俺、桃太郎と言います」
 女は桃太郎の名を聞いて目を丸くした。
「まぁ、あの有名な?」
「ご存知なんですか?」
「ええ、私がまだ座敷童子だった頃に居着いた家の子供が、何度も貴方のお話を聞かせてくれました」
 当時を思い出すのかのように、女は遠い目をした。だがその表情はうっとり、という言葉がぴったりと当てはまる。
 その様子を見た鬼灯は双子に問いかけた。
「もしかして、彼女は、いえ、貴方たち座敷童子が成長する切っかっけというのは」
 双子は揃って頷いた。
「おねーちゃんは、おマセさんだった」
「馬鹿だったし」
「だめんずうぉーかーなの」
「「ねーーー」」
 息のあった双子の説明に、鬼灯は成程と納得したように頷いた。だが、桃太郎は首を傾げるばかりだ。
「何が分かったんです? あと、だめんずうぉーかーってどういう意味っスか?」
 桃太郎の質問に、鬼灯はヤレヤレと溜息を吐いて説明を始めた。
「つまりですね。恐らく彼女は座敷童子の頃に、人間の男の子に恋をしたんでしょう。それが成長するキッカケとなった」
 件の女もそれを肯定した。
「ええ、お恥ずかしながら。けれど、その方とは直ぐにお別れしなくてはならなくなりました」
「え、どうしてです? 別に成長しても問題ないんじゃ?」
 桃太郎の最もな疑問に、女はひどく寂しそうな顔をした。
「それが、成長したことで別の存在になってしまったようなんです。それまでと真逆の性質を持つようになりまして」
 座敷童子とは、福の神の一種である。
 彼らが居続ける限りという条件が付くものの、彼らが住まう家には、富が舞い込み、その家は栄え続ける。
 女が口にした言葉に反応した鬼灯は、何処からか現世の新聞を取り出し、おもむろにソレを広げた。
「もしや貴方、今まで○○○にいらっしゃいました?」
「はい」
「その前は△△△△に?」
「よくご存知ですね」
 自分の仮説が証明された事で、鬼灯は満足気な顔で新聞を畳んだ。
「よくわかりました。折角姉妹と再会したところ悪いのですが、閻魔殿には絶対に住み込まないで下さいね」
 ずばりと言い切った鬼灯に、第三者である筈の桃太郎が慌て始めた。
「ちょっと鬼灯様! それは酷いんじゃ!? それに彼女行く宛てあるんスか!?」
「では桃太郎君が彼女を引き取りますか?」
「え?」「まぁ」
 女は驚いた顔をしがらも「宜しいのですか?」と桃太郎に確認を取る。妹たちも、無表情ながら期待を込めた眼差しを送っている。
 そんな事を言われても、自分は居候の身だし……と思いつつも、桃太郎は改めて女を見た。
 座敷童子の双子は市松人形のような容姿をしている。そりゃあ夜中に突然その姿を見れば飛び上がって驚く自信はあるが、それは置いておいて。
 大変可愛らしい見目をしている事は確かだ。
 その二人の姉だけあって、市松人形が成長したらこんな感じなのかと思わせる、大和撫子然とした彼女はハッキリ言うと美人なのだ。
 つまり。
「きっと(女好きの)白澤様は許可を出すと思いますが……あ、でも座敷童子だし、いや、元なら大丈夫なのか?」
 かつての座敷童子引越し騒動を思い出しながら、桃太郎が居候先の主、かつ薬学の師匠を思い浮かべてうんうん唸っていると。
「桃(タオ)タロー君、中々帰って来ないと思ったら何してるの。コレ忘れて行くし」
 若干ご機嫌斜めな白澤がやってきた。
「あ、俺忘れてました? 白澤様スミマセン! 鬼灯様もスミマセンでした!」
 白澤から小瓶を手渡された桃太郎は、慌てて鬼灯へソレを渡して謝った。
「いえ、いいんですよ。上司の不手際を部下がフォローする大変さは良く分かっていますから」
「ちょっと、今のは部下の不手際を上司の僕がフォローしたんだけど」
「どうせ、桃太郎君に届けてほしいと言っておきながら入れ忘れた貴方の責任でしょうに。度が過ぎる自己弁護は見苦しいですよ」
「言ってくれるじゃない……」
「私は正直者ですから」
 なぜ毎回こうなんだろう。桃太郎は顔を青くしながら「いや、確認を怠った俺の責任ですから」と二人を諌めながら、突然の展開にオロオロとこちらを伺う女に気付いた。
「そうだ、白澤様。こちらの彼女、転居先を探してまして、ウチに来たいと言って「そーゆー事は早く言ってよ!!もちろんOKだよ!!!」……そっスか」
 白澤の光よりも早い許可に、桃太郎はウンザリしたが、彼の耳に入れておく重要な事柄を思い出した。
「あのぅ……彼女は、元・座敷童子らしいスよ?」
「え? 座敷童子? 元って?」
「あ、あの、あまり得意ではありませんが、もし住まわせて頂けるなら、お掃除にお洗濯、お食事作りも何でも頑張ります。現世から越して来たばかりで宛てがないんです。お願いします」
 女の必死の懇願に、桃太郎も座敷童子の妹達とは一緒に住むことが出来ないようだと援護射撃をする。
「君、この子達(座敷童子の双子)のお姉さん? ふーん? まぁ、元って事は今は座敷童子じゃないんでしょ? だったらいいよ。そこの冷徹な鬼と違って僕は優しいし」
 ここぞとばかりに白澤は鬼灯に嫌味を言った。だが鬼灯は、許可を貰って喜ぶ女に「良かったですね」と声を掛けるだけだ。
 いつもなら白澤に受けたモノは倍返しする筈の鬼灯が沈黙を守っている事に桃太郎は不思議に思ったが。
 女は白澤と桃太郎に、地に頭がつくかという程に低頭し、馬鹿丁寧に礼を述べる。
 双子の妹たちと違って、彼女は喜怒哀楽をきちんと表情で表せるようだ。見ている側まで幸せな気分になれる程の嬉しそうな笑みを湛えている。
 そんな女に白澤は鼻の下を伸ばしている。桃太郎はというと、やはり困った人を助ける事はいい事だとかつてのヒーロー業を思い出していた。
 のだが。
 女の言葉に二人は度肝を抜かれた。
「本当にありがとうございます。申し遅れましたが私、元・座敷童子で、今は貧乏神をしております。どうぞよろしくお願いします」
 桃太郎は思った。
 情けは人の為ならず、という格言が当てはまらない場合もあるのだという事を身を以て知ることになろうとは、と。

 その場で笑みを浮かべていたのは、貧乏神と鬼神だけだったという。


※情けは人の為ならず:人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくる、ということ。(デジタル大辞泉より)
※座敷童子=福の神、座敷童子と貧乏神の関連付けは、あくまで見解の一種です。
拍手
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -