中編・Dead or Alive | ナノ
07 霊界の秘宝と三人の盗賊2


 一か八かの勝負だったが、蔵馬の母親が助かり、ヤツもあたしも無事だった。秘宝の二つ目も取り返し、実に順調に任務をこなしていると言えた。
 ぼたんから、最悪の知らせを受けるまでは――。

 ピピピッ

 妖気計が突然、時間も場所も選ばずに鳴り出した。今は体育の授業中だ。無視してやろうと思ったが、妖気計を確認したあたしは持っていたバスケットボールを急いでカゴに片付けた。
「先生!」
「浦飯さん、どうしました?」
「保健室に行ってきます!」
「あら? どこかぶつけた……」
 教師の問いに答える暇すら惜しいと駆け出した。何しろ、500mくらいしか反応しない筈の妖気計が、5km先を差している。ただ事じゃない気がするし、何より嫌な予感がした。
 学校の門でぼたんとかち合った。
「悠! 大変だよ! 三人の盗賊の最後の一人・飛影が居場所を知らせてきたんだ!」
「それで、妖気計が妙な反応をしたのか?」
「それもあるんだけど、いいかい? 落ち着いて聞くんだよ。飛影がとんでもない要求を突きつけてきたんだ!」
「とんでもない要求?」
「螢子ちゃんをさらったらしい。2つの宝と引き換えに返すってさ」
 あたしは目を見開いた。
「螢子を? そうか……その飛影ってヤツは螢子に手を出しやがったんだな」
「悠? 落ち着くんだよ。冷静に対処しないと……」
「なぁ、ぼたん。2つの宝を一時的にそいつに渡してもいいか? ちゃんと取り返すからさ」
「え、ああ。いいよ。何か作戦でもあるのかい?」
 ぼたんから宝を受け取ったあたしは、妖気計が指し示す場所――港の倉庫に向かって全力で走り始めた。ぼたんが待ってくれと言いながら、追いかけて来ている事に気付いていたが、構っていられる余裕などなかった。
「粉々にしてやるよ……」
 全身の血が沸騰しそうだ。今のあたしにあるのは、螢子に手を出した下衆に対する怒りだけだった。


++++


「……これは?」
「あんた、蔵馬って言ったね。どうしてここに?」
 螢子を抱えたぼたんが、姿を見せた蔵馬に話しかけた。
「先日助けて貰った礼に加勢しようと来たんですが……遅かったようですね」
「……多分、その場にいても手出しできなかったさ」
 ぼたんは、あたしの足元でボロボロになっている飛影を指して言った。只でさえ螢子を巻き込み、怒り心頭だったあたしに、ヤツはこう言ってのけたのだ。
「霊界探偵だか何だか知らんが、たかが人間の分際でオレを捕まえようなど、バカなヤツだ! その女の額を見てみろ! 降魔の剣で傷を付けてやった! 額の目が完全に開けば、妖怪の仲間に――いや、オレの部下第一号にしてやるよ!!」
 螢子を治すには、降魔の剣の柄の解毒剤が必要だと言う。奪ってみろと言われたあたしは、一直線に向かっていった。あたしのスピードに驚く飛影を、躊躇も遠慮もなく殴り倒し――そのままマウントポジションで殴り続けた。
 邪眼だろうと、スピード自慢だろうと関係ないとばかりに、あたしの怒りを存分にぶつけ続けた。
「たか……が、人間の分際で……!!」
「なんだ、まだ喚ける元気があったのか?」
 横たわったままの飛影の腹を思い切り蹴り上げた。激しく咳き込むヤツの髪を掴んで持ち上げる。
「宝が欲しかったのなら、直接来れば良かっただろ。関係ない螢子を巻き込みやがって……しかも、女の子の顔に傷をつけるなんて最悪だろうが!!」
 もう一発ぶん殴っておく。これは螢子の分だ。
「人間なんぞに、このオレが……グッ」
 弧を描いて飛んで行ったというのに、暫くするとまた喚き始めた。結構タフなヤツだ。桑原と張るな。
 螢子の無事を確保出来たあたしは、ようやく落ち着いてきたようで、人間なんぞにが口癖らしいコイツに、言いたい事が浮かんできた。
「……あんた、それだけの力を付けるのに、努力の一つもしなかったのか? 違うだろ。あんたが努力した以上にこっちは努力したんだよ」
 男が負けた言い訳をグチグチ言ってんじゃねェ、実力に自信が無いから余計な口を叩くのか? そう言ってやると飛影は口を閉ざした。
 その後、一転して静かに去って行った。
 はじめは螢子を巻き込んだムカつく奴という印象しかなかったが、無言で宝を置いて行った行為には好感が持てた。
 ぼたんの心霊治療と解毒剤のお蔭で、螢子の傷は跡形もなく消えて無くなった。もちろん妖怪化することなくだ。ツルリとした額に触れて、ホッと息を吐く。
「ん〜……悠〜」
「ここに居るよ。一緒に帰ろうな」
 ぐっすり眠る螢子の寝言に返事を返し、彼女を負ぶって帰路に着いた。
 一件落着とばかりに喜ぶあたしは、ぼたんと、なぜかいた蔵馬とで、今度こそ任務成功の祝賀会でもやるかと笑っていたのだが。
 この闘いでは随分饒舌だった飛影が、どんどん口数を減らして無口な男になっていったのは、もしかしてあたしのせいだったのか? と、後に振り返る事になろうとは、この時は思いもしなかった。
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