中編・Dead or Alive | ナノ
09 飛影、お前もか!?


 それは学校帰りの出来事だった。
「げっ、口から虫が……もしや、さっきのは食あたりで?」
 下校途中、因縁をつけてきた他校生をノしたら、そいつらの口から、先日見かけた虫が這い出して来た。目が逝ってるわ、イキナリ刃物で襲いかかってくるわでマトモな様子じゃかったが、まさか虫を食っていたとは……。
「そいつは魔界虫っていう魔界の寄生虫だよ。そいつに寄生されると、破壊・暴力・殺害行動に走っちまうのさ」
 どこからともなくぼたんが登場した。眉間にシワを寄せ、金属バットを握りしめている。バットの一部が凹んでいた。
「魔界の寄生虫?」
 明らかに使用された――しかも真っ当な使い方をした様子では無い。もしかしたら、ぼたんも襲われたのかもしれない。が、見事に返り討ちにしたのだろう。恐ろしい……もとい、頼りになる助手だ。
「そうさ。こいつらは魔界の妖魔街に住む四聖獣の手下なのさ」
 曰く、その四聖獣が、人間界の移住権を求めて数千匹もの魔界虫をあたし達の住む町――皿屋敷市に放ったらしい。虫を止めるには、四聖獣自身が引かせるか、操る手段として用いられている虫笛を壊すしかないそうだ。霊界に張られた結界を解かせる為に、強硬手段に出たという。
「だったら、結界を解いてやればいいんじゃないのか?」
 強制的に引きこもりにされたんなら、そりゃストレスも溜まってキレるよなぁと四聖獣に同情するあたしに、ぼたんはとんでもないと首を振った。
「霊界が結界を張ったのは人間界を守るためなんだよ。妖魔街は元々犯罪者のアジトなのさ、解いちまったら最後、奴等が大群で押し寄せてくるだろうね。この町の規模なら一日で皆殺しにされちまうよ」
「ふーん、大群ねぇ……それだとあたし一人じゃ手が回らないか。それじゃ、その虫笛って奴を壊しに行くしかなさそうだな」
 奴らの要求はのめない。攻めてこられても困るし、このまま虫を放置することも出来ない。となると、虫笛を壊してヤツラをぶっ飛ばして来くるしかなさそうだ。仮にそいつらが攻めてきて、母さんと螢子に怪我でもさせられちゃ、困るどころじゃないし。
 何となく、また霊界探偵として呼び出されるじゃないか。との予想してはいたが、そんな予想が当たったところで、全く嬉しくもない。
「んじゃ、いっちょ行ってくるか。……にしても、あたし一人じゃキツイよなぁ」
 受身よりマシとはいえ、間違いなく多勢に無勢だ。実に面倒だ。
「おい、ここにもいるだろうが」
「なんだ桑原、ビビって帰ったんじゃなかったのか?」
「あ、あれはビビってたんじゃなくてだな!! ……まぁ、いい。オレも行くぜ」
 今日はたまたま一緒に帰っていた(というか、後を付いて来ていた)桑原が(先日の修行の話を聞きたかかったらしい)、キメ顔で一緒に行くと名乗りを上げた。
 虫に取り付かれた他校生が刃物をチラつかせた時点で帰ったと思っていたが、まだ居たらしい。というか、ぼたんの話をしっかり聞いていたようで、自分も協力すると言い出した。
「いいのか? また怪我してもしらねーぞ?」
 普通の人間に見えない虫が見えた以上黙っていられないとの言い分だが、コイツは怪我が治ったばかりの身だ。
「この町が危ないんだろ? オレの秘められた地元愛を知らねーとは言わせねーぞ」
「それなら知らなくて当然だな」
 今、秘められたって言ったよな。


++++


 そして、あたしは桑原と共に妖魔街に辿り着いた。
「言っとくが、この前みたいに、骨がコナゴナになるだけじゃ済まないかもしれないからな」
 四聖獣が住む城を目前に、最後の念押しをしておく。幻海ばーさんの選考会でボロボロになったコイツが助かったのは、霊光波動の使い手であるばーさんの治療のお陰だ。あたしは一応弟子ではあるが、ばーさんのような器用な真似は無理だ。
「オメーひとりに町の運命を任せられるか!」
 桑原は分かっているのかいないのか頑として譲らない。まぁ、味方が増えるのは正直言って助かるからいいかともう言わない事にした。コイツは繊細なあたしと違って、殺しても死なないだろうしな、と過去の記憶(主にあたしがぶっ飛ばしてきた)を呼び起こした。
 しかも、だ。更に味方が増えたようだ。四聖獣の手下である腐餓鬼の群れを桑原と相手にしていると、反対側から群れを削るヤツらが現れた。敵の敵は味方だろうとは思ったが、彼らの登場に、あたしは目を丸くした。
「蔵馬に飛影!? 何でここに!?」
「コエンマに頼まれましてね。社会奉仕として君たちに手を貸すことで、免罪の可能性を提示されたんです」
「へぇ! コエンマも粋な事するな!」
 まさかの助っ人にあたしは喜んだ。誰だ? と聞いてくる桑原に簡単に紹介し、蔵馬によろしくな、と笑顔で言ってから、飛影に顔を向ける。
「飛影もよろしく…………って、どうした?」
 なぜか飛影が面白い顔をしている。餌を前にした鯉のように、大きく目を見開き、口をパクパクさせている。指差す先を辿って、後ろを確認してみるが、新手が来た様子もない。
「……………………女、だったのか?」
「てめー!! どこに目をつけてやがる!! 見たら分かるだろう!? あたしは女だ!!」
 飛影に詰め寄ると、プイッとそっぽを向かれた。
「ギャハハハハ!!」
 そういえばセーラー服姿で会うのは初めてだ。初対面は桑原のせいでジャージに着替えていたし、秘宝を取り戻す時も、体育の授業中に抜け出したからジャージ姿だった……いや、だからって。
「変わったのは服だけなのに、なんでみんな間違えるんだ……」
 突入を前に、すっかり打ちのめされたあたしは(笑い転げる桑原に天誅を食らわせたあと)地面に突っ伏した。
「まぁまぁ。性別なんて些細な事ですよ。今は同じ目的に向かって一致団結しましょう」
「……そういえば、蔵馬はあたしが女だって分かってたんだな」
 蔵馬は勿論だと頷いた。なんていいヤツだ。と、蔵馬の背後に見える後光に涙ぐみそうになる。
「オレは気づいていましたよ。腰周りを見れば一目瞭然じゃないですか」
「………………そっか」
 あたしは静かに蔵馬から距離を取った。蔵馬は不思議そうな顔をしている。
「お前……実はムッツリだったんだなぁ」
 心からの感想を述べれば、蔵馬は慌てて否定しはじめた。が、説得力は全く感じられなかった。
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