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パパは覇王様!?


 南海に浮かぶ小さな新興国がありました。豊かな海洋資源と素晴らしい人材に恵まれたその国は、瞬く間に世界の大国から一目置かれる存在となりました。
 しかしそれも、国を成した王あってこそ。彼は七海の覇王の異名と、七つの金属器を持ち、七人のジンを従える偉大な王でした。

「彼の名は、シンドバッド……あたし達の、パパなのです!!」

「「「「「えぇぇぇええええ!?」」」」」
 八人将の絶叫がこだました。いち早く気力を振り絞って立ち直ったジャーファルが少女に尋ねた。
「そ、それは間違いないんでしょうか? 何か証拠でも?」
 相手はまだほんの小さな少女だ。イタズラであって欲しいと、心から願っての問いかけだった。
「ありますよ。ね、ヨルム」
「ん」
 ヨルムと呼ばれた少年がジャーファルにあるモノを手渡した。
「こ、これは……!!」
「お? なんか見覚えあるな。なんだっけ?」
 固まるジャーファルの手の中をヒナホホが覗き込んだ。
「昔使っていた金属器だろう」
 ドラコーンの回答に、ヒナホホはそうだったとポンッと手を打った。既にジンを移し終え、現役を退いているが、それは間違いなく、かつてシンドバッドが使っていた金属器の一つだ。風化した八芒星が鈍く光った。
「へぇー、これが?」と、シャルルカン。
「あと、これも」
 フェンと名乗ったもう一人の少年が、自分の近くにいたヤムライハに手紙を差し出した。この部屋に、母の手紙が置いてあったのを見つけたのだという。ピスティとスパルトスも覗き込んだ。
「……いくら我が王とはいえ、同じ女として許せません!!」
「うわー王様、さいてー」
 手紙を読んだヤムライハはブルブルと身を震わせはじめ、一緒に読んでいたピスティも同意した。スパルトスは顔を青くして口元に手をあてている。
「こちらにも貸してください」
 ジャーファルはキリキリと痛み出した胃痛を感じながらも、職務だと自分を叱咤し、間違いなくよからぬ内容であろう手紙に目を落とした。が、見なきゃよかったとクラリと眩暈を起こした。
「何て書いてあるんです?」
 とシャルルカンが言うので、ジャーファルから手紙を受け取ったドラコーンが端的に説明した。
「この子らは、以前立ち寄った国で、シンが一晩共にした女が産んだ子供だと書いてある。三つ子らしい」
「へぇ、すげーな、一晩で三つ子!」
「驚くとこはソコじゃないでしょ!! そこも問題だけど、一番の問題はその後よ!!」
 シャルルカンのボケにヤムライハがツッコんだ。
「女はシンが国を興したと噂で聞いて、子供を連れてやってきたらしい。文面から察するに、責任問題の追求よりも、子供達に一目合わせたかったらしいな。だが、一般人が王に謁見を望んでも叶うはずがない。しかし諦めきれなかった女は、子供を宿に残して町で謁見の方法を探していたらしい。そこへ……まぁ、いつもの如く職務を抜け出したシンが来て、女とばったり再会したそうだ」
「おおっ! 運命の再会!? それっていい話なんじゃ?」
「そこだけ聞けばねー」とピスティ。
「違うのか?」
 シャルルカンが問うと、ピスティは、自分のベッドの上で真っ白になっているシンドバッドを指さした。
「王様があーなっている説明がつかないじゃない?」
 余談であるが、ここは王の寝室だ。朝一番、王の寝室から本人のものと思われる悲鳴が聞こえた。慌てて八人将が駆けつけたところ、ベッドの上で真っ白になったシンドバッドと、どこから入ったのか、三人の子供がいた。
「そりゃそうだ。そもそも、なんで王は……うん? ちょっと聞きたいんだが、再会したのはいつだ?」
「昨日の夜らしいよ」
 久しぶりに再会した元恋人たち。自分ならどうするか。シャルルカンの頭に下世話な考えが浮かんだ。
「女の匂いがする……この国の者じゃない」
 今まで沈黙を守っていたマスルールがポツリと呟いた。
「ま、まぁ! 久しぶりに会った恋人ならおかしな事じゃねーよな! な?」
「『誰だっけ?』って、朝起きて言われたら誰だって怒るわよー!!」
 ヤムライハが叫んだ。手紙の最後に、涙の跡と思われるシミが残っており、それがまた実に痛々しい。
「マジで……?」
 シャルルカンは、頬を引きつらせて王の擁護を諦めた。元恋人(?)だった女は悲しみのあまり去った後のようだ。そこへ子供たちが母親を探しにきて、三つ子の父親だと教えられた王は真っ白になったのだろうか?
「ママはずっと待ってたんです。また会いに来るって、壊れた金属器を約束の証に残していったパパを。……ママは、どこ?」
 泣きだした女の子をヤムライハが宥めた。
「ね、ねぇ、あなたたち、お腹すいてない? お姉さんと朝ごはん食べましょ?」
「パパとがいい」「僕も……」「オレもパパとがいいー!!」
 女の子が泣き出すと、残りの二人も一斉に泣き出してしまった。三つ子の大合唱に、父親経験の豊富なヒナホホ含め、八人将全員が慌てた。
「「「「「王!!!」」」」」
「あんたの責任なんだから、なんとかして下さい!!」
 ジャーファルを筆頭に、
「王様!!」
「バカ王!!」
「最低王!!」
「あんたの子供だろ!!」
 泣き声の大音響に負けじと、皆が口々に文句を言い始めた。
「うるさーーーーーーーい!!!!」
 ここへきて、ようやくシンドバッドが我に返った。
「悪かった!! 俺が悪かったからもう勘弁してくれっ!!!」
 シンドバッドは土下座する勢いで謝りだした。
「……本当に悪かったって思ってる?」
 ヘルと名乗った女の子が、静かに問いかけた。
「ああ、悪かった…………すまん」
「……分かった、今回だけ許してあげる」
 溜息を吐いた女の子はジワジワと姿を変えていった。
「え? 水魔法?」
 呆けた様子で、ヤムライハが呟いた。
「優しくしてくれて、ありがとう。人の名前すら忘れた薄情な人にお仕置きしたかったの」
 微笑んだ女は、彼女の足元へ擦り寄る犬と蛇を抱きかかえて、窓辺に向かった。
「約束通り会いに来ないと、今度は許してあげないんだからね」
「あ、あの、あなたはもしかして「待って、この場ではアングルボダとでも呼んで」」
 と、ジャーファルに待ったを掛け、口元に人差し指をあてた。自分で思い出さなければ意味がないと添えて、女は外へとびだした。ここは塔の最上階だ。驚いたシャルルカンとスパルトスが外を覗いたが、鳥が空を舞っているだけで女の姿はない。落ちた様子も無かった。
「女の匂いは残っていたんスが、子供の匂いは無かったんスよね」
 女は化けてずっといたが、子供は居なかった。そういう理由だったからかと納得したように言うマスルールに、早く言えとシャルルカンが不平を述べた。
「……よもやあの方にまで手を出していたとは思いませんでした」
 頭を抱えるジャーファルに、興味をそそられたピスティが尋ねると、まだ自由に海を冒険していた頃に立ち寄った小国の王女だという話だ。小国ながら魔法の発達した国なのだとか。
 シンドバッドは苦笑した。まだ行けない。もう少し、もう少し、と言い訳をしている内に現れた彼女に大いに驚かされ、怒られてしまった。
「…………分かってるよ、メイ」
 遠ざかってゆく鳥を見ながら、小さく呟いた。
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