短編 | ナノ
料理酒と忠誠【刀剣乱舞・山姥切国広】


 顕現されて目を開くと、主となる女がジッとこちらを見ていた。
「山姥切国広だ。……何だその目は。写しだというのが気になると?」
 訝しげに問いかけても、彼女は一言も発することはない。そばにいる人間――おそらく神祇官だろう――が、しきりに彼女を褒めているが、当の本人は沈黙したままだ。
「どうせ写しには興味が無いんだろう。わかってるさ……」
 審神者候補者たちが受ける研修の最終科目は、自分たちが選んだ刀の顕現――審神者の力でもって刀剣の付喪神に人の器を与えることだ。
 初期刀候補は山姥切国広を含めて五振り用意されていた。他の刀と同様、山姥切が顕現される確率は1/5だった。だが、他の四振りは早々に部屋を出て行ったというのに、自分だけが長く放置されていた。なぜ自分だけ、という疑問も、自分が写しである事実を前に霧散してしまう。
(当たり前か、誰が好き好んで写しの主になりたがるものか)
 一瞬でも彼女を自分の主だと考えたことが恥ずかしく思えた。いや、写しの自分が選ばれると思うことすらおこがましいのか。
「俺が気にいらなのなら……っ!?」
 早々に手放してくれたらいい、そう言おうと口を開いた。だが、山姥切は言葉を失った。
 ジッとこちらを見つめていた硬質な瞳が、みるみる湿りを帯び始めたからだ。
「やまんばぎりちゃん! 会いたかったぁぁーーー!!」
「ぐっ!!」
 勢いよく腹にタックルをかまされた山姥切は呻き声を上げた。
「もう、大好きッ!! やまんばぎりちゃん、大好きよ!! うわーーん!!」
 その上、あろうことか、自分にすがって泣き出したのだ。子供のように。驚きのあまり身体が強張った。
「なっ、あ、あんた、お、俺は……」
「本当に良かったわねぇ。あなたは素直でいい子なんだけど、出来の悪子ほどかわいい、なんて言えないくらい出来の悪い子だったからねぇ」
「ぜんぜぇ、あ゛りがとうございますぅぅ! あ゛だしこれで審神者になれますよね!?」
「うん、うん、なれるわよぉ。これであなたも一人前の審神者よ!」
「やったぁぁーーーーー!!」
 固まる山姥切をよそに、今度は神祇官と熱い抱擁を交わしている。
 ひとしきり卒業試験の合格を喜びあった師弟二人は、今度は今後のあれこれについてのレッスンを行い始めた。
 これが他の四振りなら気分を害して激しく怒り出したのかもしれない。しかし山姥切にとっては、
(大好き? 俺を? ……だいすき? だいすき、だいすき……)
 あまりに強いファーストインパクトだったらしい。赤い顔をして固まり――もとい、オーバーヒートして立ったまま気を失っていた。

「はっ!!」
 気付いた時には見知らぬ場所に寝かされていた。身体を起こして辺りを見回す。文明の進んだ23世紀ではお目にかかれない、古めかしくも懐かしい日本家屋に、話に聞いた本丸だろうかと思い至る。
「山姥切国広殿、気付かれましたか!」
 小さく丸い子狐が走り寄ってきた。
「お前、こんのすけか?」
 与えられた知識を手繰り寄せて答えると、狐は嬉しそうにコンと鳴いた。
「はい、アシスタントとして遣わされた管狐のこんのすけでございます。よろしくお願い申し上げます。お身体の調子はいかがですか? 倒れられたと伺っておりましたが」
「そっ、それはもう問題ない」
「お身体は問題なく動かせますか? 顕現時に何か不備があったというわけでは?」
「いや、そうではない。身体も問題なく動く。大丈夫だ」
 布団の横に畳まれていた布を被り、目深まで下げる。まさか審神者に抱き着かれたせいで気を失ったとは言えなかった。
「それよりここは本丸だろう? 審神者はどこだ?」
 まだ挨拶すらまともに交わしていないことを思い出した。
「審神者様は……」
 こんのすけは言いにくそうに一度言葉を止めた。
「あなたを介抱しようと、頑張っておられます。先に申し上げておきますが、何が起ころうともお気を確かに」
「お気を確かに? どういうことだ?」
「こんちゃ〜〜〜ん!」
 部屋の外から女の声がした。記憶が確かなら審神者の声だ。
「……審神者様が呼んでおられるようなので行ってまいります。しばしお待ちください」
 全くあの方は、私はこんのすけだと何度も……と、子狐はブツブツと文句を言いながら、器用にも肉球の付いた前足で障子戸を開けて出て行った。
「……審神者が、来るのか?」
 待てと言うのだからじきに戻ってくるのだろう。審神者と共に。
 途端に焦りを覚えた。まともな挨拶を交わしていないどころか、初対面で気絶するという失態を犯したのだ。刀剣の付喪神としても、男としても、その情けなさは写しの比ではない。
「と、とりあえず、この布団を片付けておくか。よし」
 急ぎ寝かされていた布団を押し入れに片付けた。外の様子を伺うと、まだ来る様子はない。今のうちにと、押し入れで見つけたハタキと箒を手に取った。何でもいいから、少しでも挽回したい気持ちだったのだ。
 できることをすべてやり終えた後、もう一度外の様子を伺ってから、部屋の中央で正座して待つことにした。審神者がやってきたら何を言おうかとあれこれ考えていたが、肝心の彼女はいつまで経ってもやって来る様子などない。
 結局しびれを切らした山姥切は、こんのすけを探しに行くという名目で部屋を出た。
 広い本丸を若干心細い思いで歩き回る――前に、突然、飛ぶように走り出した。
 小さくだが、確かに聞こえたのだ。
 彼を呼ぶ女の――主の声が。
 まれにであるが、隠された本丸の居場所を突き止めた遡行軍に襲われるという事例があると聞いている。まだこの本丸には自分しかいない、一刻も早く駆けつけなければ、と、山姥切は焦りに突き動かされるように足を動かした。
 悲鳴の元までは距離があったが、トップクラスを誇る機動力を駆使すればあっという間に辿り着いた。未だ悲鳴が続く部屋へと飛び込む。
「どうした! 敵襲か!?」
 刀を抜いた山姥切が見たものは、
「山姥切殿!?」「やまんばぎりちゃん!?」
「「助けて(ください)ーーー!!」」
 炎が勢いよく轟々と燃え広がる、厨(くりや)の姿であった。


++++


 改めて山姥切に向かい合った審神者が深々と頭を下げた。
「ピカピカの審神者です。ふつつかものですがよろしくお願いします」
「……ピカピカ?」
 首をかしげる山姥切に「新任という意味ですよ」と、こんのすけがそっと助け船を出した。
「さっきは助けてくれてありがとう!」
 パァッと満面の笑みで礼を言われる。それを受けて「いや、大したことは……」と言いかけて、ふと先程の騒動を思い出して口を閉じた。足に縋りつかれて泣き叫ぶ二人(正しくは一人と一匹)をなだめすかしながら行う消火活動は、控えめに言っても、かなり大変だった。
「まぁ、無事で何よりだ……」
 少し遠くを見ながら頷く。
「うん! じゃなくて、おれいもうしあげます。それで、えーと、あらじなですが、こちらをどうぞ」
 と、大きな皿を差し出してきた。
「あらじな?」
「おそらく、粗品と言いたいのでしょう」
「そうか。……それで、これはなんだ?」
 食物らしいが、初めて見るものだった。大きな丸い煎餅のようなものの上に、赤や緑の野菜や肉などが乗っている。焼いているのか、香ばしい匂いがした。
「ああ、嘆かわしい……付喪神に供える神饌(しんせん)が冷凍ピザとは」
 隣のこんのすけが、さめざめと涙を流している。
「やっぱり神様にピザはダメだった? あ、でしたか? 一応、お酒も用意したんだけど。……じゃなくて、したんです。飲みますか?」
 今度は杯(さかづき)に並々と注がれた酒を進められた。折角だからと受け取り、一口含んだ。
「あの〜、私も失礼してよろしいですか?」
 嫌な予感を覚えたこんのすけが、予備の酒をチロリと舐めて――へなへなと崩れ落ちた。
「審神者様っ、これ、料理酒じゃないですか!!」
「それがどうしたの? 同じお酒でしょ?」
「料理酒は飲酒用ではありません! 酢や塩が含まれておりますので、ハッキリ言って不味いんです!」
「え、そうなの!? やまんばぎりちゃん、大丈夫!?」
 集まる視線を感じながら、山姥切は酒に映る自身を一瞥したあと、審神者に顔を向けた。
「あんたは写しについてどう思う?」
「写し? 写しって何?」
 視界の隅で慌てる子狐の姿が見えたが、彼女はきょとんとした顔でハッキリといい切った。
「……いや、何でもない」
 一気に杯を煽った。
 とん、と杯を置いて再び彼女を見据える。
「旨かった」
「本当!?」
「ああ」
「良かった〜〜!」
 はじめて呑んだ酒は、一般的には不味い酒なのだろう。だが、ひどく優しい味がした。
 山姥切は酔っているような、フワフワとした不思議な居心地の中にいた。
 奉じられた酒によって彼女の想いをダイレクトに感じてしまったのだ。彼女の中では自分はすっかり初期刀として認められているばかりか、倒れたことでかなり心配をかけてしまったらしい。写しであることなど、彼女にとっては全く関係ないのだと理解してしまった。
「主、これからよろしく頼む」
「……! うん!!」
 眩しいほどの笑顔を浮かべる彼女に、万感の思いを込めて頭を下げた。

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