短編 | ナノ
繋いだ手が、【刀剣乱舞・一期一振】


「大将! いち兄を頼む! 俺っちを庇って斬られたんだ!」
 出陣部隊を出迎えた審神者に向かって、薬研藤四郎が叫んだ。彼は負傷した一期一振の肩を支えている。
「一期!?」
 審神者はザァッと顔色を変えた。
「はは、薬研が大げさに言っているだけです。大したことはありません」
 だが、当の本人は痛がる素振りもなく、眉を下げて笑ってみせるだけだ。そんな彼を、審神者と薬研、騒ぎを聞きつけてやってきた弟たちとで、強制的に手入れ部屋へと押し込んだ。
「そのような顔をなさいますな。大丈夫、癒える傷です」
 未だ青い顔をした審神者に、一期一振は綺麗な笑みを向けた。
 彼は自他共に認めるお兄ちゃんだ。太刀である彼には、兄弟刀となる打刀や短刀が数多くおり、その面倒見の良さは本丸の中でも群を抜いていた。
 しかも極めて優秀だ。本来の刀剣としての性能だけでなく、人の器を得てからも彼は出来すぎていた。
「一期、ごめんなさい」
 手入れを終えた審神者はシュンとうなだれ、頭を下げた。
「お気になさらずに。私の不甲斐なさが原因なのですから」
「ううん、薬研でも一期のせいでもない。わたしが悪いの。わたしが戦術のミスをしなければ、怪我なんてしなかったんだから」
 不甲斐ない審神者でごめんなさい、と彼女は小さく縮こまった。
「いいえ、主は立派な策を授けてくださいました。お陰で他の者は傷一つ負うことなく戻ってこれた。お礼申し上げます」
「でも、一期は怪我したんだよね?」
「この怪我は私の失敗です。主に非はありませぬ。それに、成長の糧とさせて頂きたいのですから、取り上げてくださいますな」
「成長?」
「はい。そういえば、ご報告し忘れておりましたな」
 すっかり傷の癒えた癒えた一期一振は、そうだ、と手を打った。
「な、何?」
 出陣の報告もそこそこに、彼と手入れ部屋へとやってきた審神者は身構えた。悪い知らせだろうか、と身を固くする。
 その様子に彼はクスリと笑った。
「なに、良い知らせです。共に出陣した弟……五虎退も、随分強くなりましてな。敵の大将を打ち破るほどになりましたぞ」
「それじゃ、ランクアップしたの?」
「私には分からんのですが、主が言うところの『らんくあっぷ』したのやもしれません。後で弟の誉を褒めてやってください」
「うん! もちろん!」
 ようやくいつもの笑顔を見せた彼女に、一期一振は口元を綻ばせた。心優しい主の曇った顔は見たくないとばかりに、心のケアまで卒なくこなす彼は、彼女の近侍でもある。長くそばで支え続けていたこともあり、彼女の思考パターンをしっかり把握していた。
 彼女は自己評価が低いところが珠にキズだが、そもそも優秀な人間だ。実際、彼女の策は良策であった。だが、突発的なアクシデントまで賄えるはずもない。だから、ハッキリ彼女の問題ではないと線引きをしてやり、かつ、できたことはしっかり褒めてやる。刀剣たちの成長も、言ってしまえば彼女の功績だ。一期一振にとって、審神者は弟たちと同じく、導き、守り、庇護すべき――妹のような存在だったのだ。
「さぁ、主」
 手入れを行うために座り込んでいた彼女に手を差し出す。あとは仕上げに頭を撫でてやればいい。と、いつものように、彼女の頭にそっと手を伸ばした。
 審神者は迷うことなく彼の手を取った。
「ありがとう」
 しかし、やんわりと頭に近づく手を避け、さっさと部屋をあとにしようとする。
「わたし、もっと頑張りたい。だから、これからもよろしくね」
 振り返って笑う彼女は、凛としていて、どこかいつもと違って見えた。

「いち兄、もう大丈夫か? っと、そんな百面相してどうしたんだ?」
 審神者が去った部屋に、一期一振は一人取り残されていた。首を傾げたままで。
「薬研……、私は主に何かしてしまったのだろうか?」
 弟である彼に、ポツリと不安を漏らした。薬研は目を丸めてクッと笑った。
「大将もやるな、いち兄の弱音なんて初めて聞いたぜ。……あの大将に、ああ言わせるいち兄も、いち兄か」
「主がどうかしたのか?」
「ククッ……、くやしかったんだと」
「くやしい?」
「もっと成長したいとも言ってたぜ?」
 いい加減、気づいてやんな。と付け加えられたアドバイスに、一期一振は益々首を傾げることとなった。



繋いだ手がなまぬるいやさしさにあふれていたので

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