紅葉【刀剣乱舞・大倶利伽羅】
「君ってさ、ぶっきらぼうに見えるけど、案外真面目な性格してるよね」
以前、人(正しくは刀)からそのように言われたことがある。
刀相手に何を言っているのか、と思ったものだが、人の器を得て、もう何度季節が巡っただろう。
大倶利伽羅は渡り廊下を歩いていた。
小手を打たれ、傷めた腕をさする。
内番の稽古を言い渡されたワケではなかったものの、手持ち無沙汰もあって、暇を持て余していた同田貫正国を引っ張って自主練を行った。だが結果として、稽古どころか乱闘騒ぎとなってしまった。誘った相手を失敗したせいもあるが、居合わせた獅子王たちが暴れたせいもある。
自分が誘ったのだからと、相手の気が済むまで付き合ったらこのザマだ。さっさと逃げ出せば良かった。揃った面子から、この事態はたやすく想像できたというのに。
そこまで考えて、頭を振った。
相手のせいばかりではない。戦場で出会う敵は、彼らほど甘くないのだ。
だから決して、これはアイツが言っていた、真面目だからという理由などでは決してない。最近の連勝が油断となり、慢心を招いてしまったからだ。と、考えを改めた大倶利伽羅は、大きく息を吐いた。
ふと、視界の端を紅が掠めた。
「紅葉か……」
ここに顕現してから、いくつ季節が巡っただろう。
紅葉の木の影にちらちらと動く人影が見えた。渡り廊下を進んで確認する。どうやら彼の主のようだ。
彼女は舞い散る落ち葉をせっせとかき集めていた。だが、後から後から降ってくるので、あまり進展が無いように見える。
眉間に皺が寄った。
彼が馴れ合いを嫌うのは、本分が刀であるからだ。群れをなさねば生きていけない人ではない。己は武器でさえあればいいとの矜持から、一応浮かんだ手伝うという選択肢を即座に打ち消した。
しかし、気づけば眼前に、忙しなく動く小さな頭があった。
「あ、それ……。ありがとう」
何かが頭を掠めた感覚に振り返った審神者は、彼の手にあった紅葉を見て礼を述べた。
「そういえば道場の方が騒がしかったけど稽古してたの? 怪我したなら手入れするよ?」
「……なぜ、そう思う?」
確かに道場の方から歩いて来たが、背を向けていた彼女は知らないハズだ。傷めた腕は後ろ手に隠していた。
「だって貴方は右利きじゃない」
彼女は紅葉を摘む彼の左手を指してコロコロと笑った。大倶利伽羅はこの本丸において、比較的早く顕現された刀だ。それなりの付き合いになるからか、色々見抜かれるようになってしまった。
いかに切り抜るべきかと思案していると、彼の意図を汲んだように一陣の風がザァと吹き抜けた。
審神者は咄嗟に目を瞑った。
大倶利伽羅は腕で目を守るに留め、視界を塞ぐことはしなかった。戦場での経験が彼をそうさせた。
彼の目に映るのは、色とりどりの紅葉だ。
深いぬばたまの黒と共に、鮮やかに舞い上がる。
「あー! せっかく集めたのに!」
風が収まると、落ち葉の山は瞬く間に赤い絨毯に逆戻りとなった。
嘆息した大倶利伽羅は審神者の手から熊手を取り上げた。
「え? 手伝ってくれるの? 貴方が?」
「あんたじゃ終わるものも終わらない」
嫌味とも取れる言葉を投げたというのに、彼女はやっぱり笑った。
「貴方って結構真面目なとこあるわよね。ね、もう一本とってくるから一緒にやろう!」
と、返事も聞かずに駆け出した。
「誰が真面目だ……」
口では悪態をつきながら、小さくなっていく背中を見て、ふと思った。
かつて、ただの刀であったときから知っていたハズだ。巡る季節も、人の営みも。人とは比べ物にならないくらいの時を永らえてきた。
なのに、たった一枚の紅葉の存在でさえ、その色に、感触に、初めて知るような驚きをもたらされる。
いつからだろう。
胸の奥に、ジリッと鈍い痛みを覚えるようになったのは。
首筋に強く残る柔らかな黒髪の感触が、なぜかひどくもどかしい。
大倶利伽羅の眉間のシワが一層深くなった。
彼を嘲笑うかのように、紅い葉が一枚、ハラリと舞った。