短編 | ナノ
誠意を持って口説きましょう【刀剣乱舞・へし切長谷部】


 久しぶりに会いたい、と友人からメールが来た。
 学生の頃は仲が良かったのに、お互い忙しいトコロに就職してしまって、中々会う機会が無かったのだ。
 そういば何年会っていなかったんだろう?
 指折り数えてゲンナリした。ズバリ私の社会人歴と一致したからだ。
「なぁにが『仕事が終わったんなら手伝ってくださいよ、ひとりで帰るなんて酷いなぁ』だ!! こっちは自分の分はとっくに片付けて、あんたの溜め込んでいた仕事を代わって終わらせたところだっての!!」
 ガシャンッと、ソーサーにカップを叩きつける。ヒッと悲鳴を上げた友人は、オロオロと私とカップの双方に視線をおくった。
「ね、ねぇ、落ち着いて? そのカップ、マイセンだよ? 割ったら大変だよ?」
 落ち着け〜、落ち着け、と空になったカップにおかわりを注いでくれた。濃厚な甘い香りに鼻腔をくすぐられる。今度はゆっくり味わってからホッと息を吐いた。
「ごめん……。久しぶりに会えたのに、思い出したら腹が立っちゃって」
 酒が入ったら日頃の鬱憤を晴らそうとクダを巻きそうだ。と自分でも理解していたから、最近話題の女子力の高いカフェに誘ったというのにこの有様だ。
「ううん、気にしないで。忙しいって聞いてたし、大変そうだね。体は大丈夫? 無理しないでね」
 海より深く反省する私に、友人は女神のごときフォローをくれる。
「まぁ、順調といえば順調ゆえの悩みかな。役職を貰ったとはいえ、中間管理職は辛いよ。ところで、そっちはどうなの? メールの返信が滞るって、かなり忙しいんじゃない?」
 今日は奇跡的に休みが重なったが、普段はメールのやりとりすらスムーズにできていない。忙しさにかまけて返信が延び延びになってしまう私も悪いのだが、どちらかというと、彼女の方が返信までのスパンが長い。きっとかなり忙しい職場なのだろう。
「そうだね、中々帰れなくて」
「帰れないって、家に?」
「え? あぁ……うん、家に」
「何それ、かなりブラックじゃない。ホントに大丈夫?」
「ブラック!? 違うよ、ウチはブラックじゃなくてホワイトだよ! 無理なんてさせてないから!」
「は? させてないって、そっちも部下を持ったってこと?」
「そ、そうそう、だから中間管理職の辛さは分かるよ。ともかく、ウチはブラックじゃないから……うん、大丈夫、のハズ」
「そうなの?」
「そうなの! それより、このミルクレープすごいね。さ、食べよ!」
 友人はあからさまな話題転換で、この店自慢のミルクレープをつつき始めた。友人が就いた仕事の詳しい話も聞きたかったのに、なぜかこれ以上突っ込んで来るなオーラを出している。仕方がない。私もミルクレープに手を付けた。
 確かに『すごい』と形容できるミルクレープだ。高さ15cmを超えるド迫力の大きさに、イチゴ、キウイフルーツ、バナナにメロンなど、盛り沢山のフルーツがこれでもかっ! と生クリームと共に各層に挟まれている。
 用意されていたフォークとナイフで切り分けて口に運んだ。
「美味しい……」
「美味しいねぇ……」
 至福だ。お休み万歳。女子で良かったと思う瞬間でもある。
「味もいいけど、この層の高さ、すごいよね。職人芸だよ。昔、作ってみようとしたことあったけど、崩れちゃってさ」
 こんなに上手く重ねられなかったと話すと、友人はキョトンとした顔を見せた。
「そう? 光忠はなんなく作ってたよ?」
「光忠?」
 首をかしげてハッと気がついた。
「彼氏!? 彼氏が出来たの!? もしかして中々家に帰れないのは彼氏と同棲してたから!? ブラックじゃないって言ってたのも、そういう理由!?」
「ちがうちがう! それは違う!!」
「えー? 恥ずかしがらなくていいんだよ? いいよねぇ、料理上手な彼氏って」
「み、光忠は彼氏じゃなくて、なんというか、家事が上手だから色々とやってくれてるだけで……そ、それに家事が上手なのは歌仙だってそうだし、長谷部だって……」
「……言っておくけど、何股もかけるのはしんどいよ? 不倫もオススメしないわね」
「だから違うって!! 不倫なんてありえないし、あたしはずっと長谷部一筋で……って、違う違う!!」
 友人は手にあったナイフとフォークを放り投げて(危ないので真似しないでね)、更なる弁明を始めたのだが、慌て過ぎて全く要領を得ない。のだが、ボロボロと本音をこぼしている。
「本命は長谷部さんっていうの? もう付き合ってたりする?」
「!! そ、そんなんじゃないの、そ、そりゃ……いや、でも……」
 顔を真っ赤に染めてゴニョゴニョと言い出した友人に、あんたは十代の乙女か! と、思わずツッコミそうになった。
 その時、カランと入口のベルが鳴り、煤色の髪に藤色の目をした男が入ってきた。そのまま私たちの席まで迷いない足取りでやってくる。
「ご歓談中のところ申し訳ありませんが、そろそろお時間です」
「!」
 友人はすっかり固まってしまった。確かに中々お目に掛かれないレベルのイケメンだ。という冗談はともかく。
「どちら様ですか? もしかして光忠さん?」
「いえ、長谷部と申します」
 ムッとした顔を見せた彼に、内心笑ってしまった。
「あなたが長谷部さんなんですね、お名前は伺ってました。これからも彼女をよろしくお願いしますね」
 大事な友人なんですよ、と伝えると、彼はひどく真面目な顔をして、
「はい、もちろん」
 と答えてくれた。そのまま深々と頭を下げられて恐縮したが、これなら大丈夫だろうと判断して彼女を託すことにした。残念だけど今回は解散だ。席を立って、伝票を手に取る。
「支払いはこちらが致しますよ」
「それでしたら、次回お願いします。今日は楽しかったので私に持たせてくださいよ」
 楽しかったのは事実だ。しかし、仕事の息抜きで来たハズなのに、もっと頑張らなくてはと思わされてしまった。思わず苦笑する。
「きっと近いうちに会えると思いますから」
 長谷部さんは友人の意向を聞こうとしたが、彼女の様子から今は無理だと判断したらしい。
「分かりました、お願いします」
「はい、それじゃ」
 一度背を向けたが、ふと思い立って振り返った。
「長谷部さん」
「はい、何でしょう」
「その子、人の失敗で迷惑をかけられても笑って許しちゃう子なんですよ。棚ごと、なんてせずに、大事にしてやってくださいね」
 と、言うと、それだけで殺せそうな鋭い視線を向けられた。緩む口元は自然と弧を描く。
「貴様……まさかっ!」
「ご心配なく。あと、2つ、3つ階級を上げないと会いにいけませんが、私は彼女の味方……というより、友人です。言ったでしょう? 大事な友人です、と」
 お互い歴史を守る国家機密の身です。立ち位置は少し違いますがね。と口元に人差し指を当てれば、彼は毒気を抜かれたのか、呆気にとられた幼い顔を見せた。どうやら聞いていた噂と本物とでは随分違うようだ。
「ただ、誠意を持って接してくださいね、とお願いしたくて。知ってました? 女は誠意が好きなイキモノなんです」
「……存じておりますよ」
 朗らかな笑みを見せた彼は、純粋にいい男だと思った。


誠意を持って口説きましょう

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