短編 | ナノ
会いたいだけが理由じゃない


 ガヤガヤと騒がしい店内の一席を占領してしばらくすると、並々と酒が注がれた木製のジョッキが3つ運ばれてきた。
「それじゃ、今日の成功を祝って」
 ジョッキを持ち上げて見せると、意図を汲んだ黒鵺が同じように持ち上げた。しかし、この場に集ったもうひとり――蔵馬は既に口をつけている。
「ノリが悪いよ、蔵馬」
「そーだぜ、これくらい付き合えよ」
 2人がブーブーと文句を垂れると、ヤレヤレといった様子でこちらに杯を傾けた。
「「乾杯!!」」
 打ち付け合ったジョッキから、カンっと小気味良い音が鳴る。今日の仕事の成功と相まって一気に飲み干した。
「仕事のあとの一杯って、なんでこんなに美味しいのかしらね!」
 机の上に置かれた麻袋に目がいく。大変な重労働だったが、それに見合うだけの成果が得られたので最高に気分が良かった。
「いい飲みっぷりだな」
「そういう黒鵺もね。あ、おねーさん、同じの2杯追加ね」
「3杯だ」
 蔵馬が自分の分を持ち上げたので、笑って店員に注文を付け加えた。
「それで、今日の取り分だけど」
 仕事の後も顔を付き合わせていた一番の理由を切り出した。途端に場末の酒場が、厳粛なビジネスの場へと変貌する。
 魔界は無秩序が法と言っても過言ではない、弱肉強食の世界だ。その中身はアウトローな無法者ばかりで構成されている。と言っても法などないのだから、正しくは無法者という定義すらない。他者の利益を己の糧として生きる盗賊稼業が人気職となるのも、ごくごく自然の流れだった。
「今回は逃げる時に助けられたから7でいいわよ。庇ってくれてありがとね」
 儲けの総額を10割とした場合の話だ。彼女自身、えげつない自覚はあったが、これも食べていくためだ。せめてと、とびっきりの笑顔をサービスしてみたのだが、新しい酒に口を付けていた黒鵺がブッと吹き出した。
「いくらなんでも吹っかけすぎだろうが! 大体、オレたち3人でやった仕事なんだから3等分でいいだろ!?」
「何言ってんの、渋るアタシを無理やり引っ張り出したのはそっちでしょ。協力を得られるなら言い値でいいって言ったセリフ、忘れたとは言わさないから!」
「いや、確かにそうだけどよ……。え〜、ほら、同じ有翼人同士じゃないか、もう少しまけてくれよ、な?」
 彼女の背にある白い翼を指して、自身の漆黒の翼をはためかせた。
「そんなの関係ない。値切られるような半端な仕事したつもり、ないもの」
 そうでしょ? と蔵馬に視線を送る。彼は何を言うでもなく、麻袋の中から取り出した宝のひとつ――拳ほどもある青い宝石を眺めている。今回一番のお宝だ。
「確認のために聞くが、本物で間違いないんだろうな」
「もちろんよ!」
 宝物庫に集められた宝の山を思い出して、ウンザリした声を上げた。
「悪趣味なヤツだったわね、光りモノを集めたがるカラスじゃあるまいし」
 チラリと黒鵺に視線をやる。黒鵺は全くだ、とウンウンうなづいているだけで視線の意味に気づいた様子はない。
「ウチのカラスだってあそこまで酷いメクラじゃないさ」
「まぁ、確かに。多少の夜目はきくわよね」
 黒鵺の目利きを評してから、あれは酷かった、と溜息を吐く。
 今回のターゲットの、汚い金にモノを言わせた収集は、本物・偽物問わず集められ、広大な宝物庫がごった返すひどい有様だった。管理がなってない! と腹を立てたのは記憶に新しい。確かに本物もあったが、よくできた贋作も多数混ざっていた。彼女がヘルプで呼ばれた理由がソレだ。彼女の目利き――スピードと正確さ――は蔵馬も一目置いていた為、これまでもしばしばヘルプで呼ばれていたのだ。
「カラス?」
 首を傾げた黒鵺の問いかけはスルーされた。
「ともかく、それは本物の『青い惑星』で間違いないから安心して。よく出来た贋作も混じっていたけどね。ホント、我ながら予定時間内であそこにあった本物を全て拾い上げるなんて、よくやったと思うわ」
 グビリと酒を喉に流し込む。
「これか?」
 蔵馬が懐から宝石をもうひとつ取り出した。傍目には全くの瓜二つだ。
「は? それ、持ってきちゃったの!? ちょっと! いくら本物そっくりに見えても、絶対流しちゃダメよ! 一度傷ついた信用は中々回復しないんだからね!」
「分かっているさ、ただでさえ俺たちは駆け出しだからな。目が利かない宝具専門の盗賊なんて滑稽もいいところだ」
 無法の世界と言ってもルールはある。盗賊の世界でもだ。
 一度でも偽物を見抜けないまま流してしまったら、今後、いくら本物だと言い張っても誰も信用しなくなってしまう。もしくは足元を見られるようになる。
「分かっているならいいけど……、ソレはどうするつもり?」
「初めからよく出来た贋作として売ればいい。これだけの出来なら贋作とはいえ良い値がつく」
「はぁ、なるほど。あんたって小賢しいわねぇ」
「がめついよな〜」
「……他に言い方はないのか」
 蔵馬がコメカミをひくつかせた。
「褒めてるんだからいいじゃない」
「そうだぜ、友人って素晴らしいよな〜。ありがたいと思えよ」
「誰が友人だ」
 大きく溜息を吐く蔵馬に、二人はけらけらと笑った。
「……それにしても、ちょっと甘く見すぎてたかしらね?」
 彼女の目配せに、蔵馬と黒鵺は無言でうなづいた。
「見つけたぞ、お前ら! 大人しくしろ!!」
 大声と共に乱暴に扉が押し開けられ、数人の男たちが乱入してきた。
「お前らが城主様の宝を盗んだ盗賊たちだな!? 宝を返せ!!」
「はぁ? 一度盗んだものを返す馬鹿がいるか!」
「…………面倒だな」
 ウキウキと嬉しそうに臨戦態勢に入った黒鵺と、面倒だと言いながらもやる気をみせる蔵馬を尻目に、彼女は机の上の麻袋を引っ掴んだ。
「戦闘は専門外だから、あとはよろしく!!」
 翼をはためかせて、一気に飛び上がる。
「こらっ! せめて3割は置いてけ!!」
「今度渡すわ! また生きて会いましょー!!」
「まて! コラーーーー!!!!」
 黒鵺の怒声が響き渡るなか、蔵馬はやはり大きな溜息を吐いて2つの青い宝石を懐にしまいこんだ。


*  *  *


「生きて会おう、か」
 クツクツと笑い出した蔵馬に、一緒にトーナメント表を眺めていた凍矢が訝しげに尋ねた。
「蔵馬、いきなりどうしたんだ?」
「ああ……いや、面白い組み合わせになったと思いましてね」
「そうか?」
 凍矢はサッパリ分からないという顔で首を傾げた。その隣では、酎と鈴駒が不思議そうに顔を見合わせている。
「よぉ! おもしれー相手でもいたかァ?」
 遅れてやってきた陣がトーナメント表を覗き込んだ。
 恒例行事となった魔界の大統領を決めるトーナメント戦に並ぶ名前は、彼らをはじめ、すっかり馴染みの顔ぶれ――幽助、飛影、棗、弧光、黄泉、躯などの名が連ねられている。が、新規で参加する者も少なくない。魔界に住まう者の性質か、一度は自分の天下を夢見て出場を果たすのだ。
「……死んだと思った者に再会する。魔界ではよくあることでしたね」
 その言葉にピンと来たのか、魔界出身の彼らはそろって蔵馬を小突いた。かくゆう蔵馬も、一時期、死んだと思われていた妖怪の一人だ。
 ふと、足元に散らばった、見覚えのある羽を見つけて拾い上げた。
 もう一度トーナメント表を見た。記された名を丁寧になぞると、顔を見たわけではないのに、不思議と間違いないと確信してしまった。
「友人、か……」
 おかしくて堪らない。意識するでもなく、蔵馬の口元はゆるやかな弧を描いていた。

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