中編・王様の耳はロバの耳 | ナノ
王様の耳はロバの耳 6


 ピシャーーーーン!!!!


 雷が落ちた。

 局地的に。

 ズバリ私の頭の中にのみだ。つまりそれだけ衝撃的な事態に直面したのである。

 目の前には、B5のノートが落ちている。

 詳しく説明すると、高校生が選ぶにしては地味な色合いで、真面目で面白みのない実用性にのみ特化した大学ノートだ。

 そして私の記憶が確かなら、14頁まで書き込まれたモノだろう。

 私はおそるおそるソレを拾う。パラパラとページを捲って確かめると、やはり思い描いたモノで間違いないようだ。きっちり書き込まれた『今日受けた授業まで』の中身。授業の内容もだが、字にも見覚えがありまくりだ。

 名前は無いけれど、間違い無いと断言できる。


「蔵馬君の、ノート、ダーーー!!(猪○風に) なぜ、そんなお宝がこんな処に!?」


 これは後から知ったのだが、こっそり彼の机から抜き取られたこのノートは、非ファンクラブの方達のすったもんだの末、弾き飛ばされてココに居たらしい。

 そんな理由など全く知らなかった私は、持ち主を思い浮かべた。いくら優秀な彼とはいえ、無くしたら困るだろう。きちんと届けなければ。


 ならないんだけど、ね……。


「……拾った御礼に対する一割って、どの程度かな?」


 面と向かって彼に寄越せとタカるのはカナリ勇気がいる。だが、このチャンスだけは逃したくない。気分はyeh yehでwow wowだ。survivalでdanceだ。懐メロだ。若干テンションが可笑しいですか。デフォルトです!


「よし! 早乙女 弥美、行きマース!」


 ビリ、ビリビリ……


 ふっふふふふふふふふ。

 勘違いしてはいけないよ、諸君! これは決して犯罪ではない! ちょっと前後しちゃったけど、あくまで御礼を先に頂いただなんだぁぁぁぁあああ!!

 首尾良く蔵馬君のノートから『白紙のページ』をゲットした私は、スキップに鼻歌まで付けて迷子の迷子のノートちゃんを届けたのでした。


 あくまでこっそり机にIN! 任務完了であります! 敬礼!


 追伸。彼の匂いは残っていませんでした。














 そして私はこの時、気付いていなかったのだ。この一連の行動を、余すことなく『彼』に見られていたことに。

 そんな『彼』の魔の手が私に伸ばされるのは、もうすぐ――。


++++


「なんて、大げさにナレーションぶってみたけど、海藤君も人が悪いよねー。クラスメイトを脅すことないじゃん」

「脅すなんて人聞きが悪いな。『見たよ』って言っただけじゃないか」

「その後『どうする?』なんて付けたら立派な脅しでしょー?」

「その回答が『お茶しようか』なんだからよく言うよ。それにしても、大人しくて病弱な転校生の君が、あんなに変態で面白い人だとは思わなかったな」


 そんなワケで、只今クラスメイトの海藤君とお茶してます。初めて喋ったけど、彼も良く喋る人だね。

 その上、言いたいことだけ言い終えた後に。


「ご馳走様って事でいいのかな?」


 などと確認を取ってくる。さっき私が纏めて払った分は返しませんよって事ね。まーしっかりしてますこと!


「へーへー。もちろん奢らせていただきますよ、ご主人様」


 まぁ、お茶を奢るくらいはいいんだ。だけどね。


「確認しておきたいんだけど、大人しくて病弱って、誰が?」

「早乙女さん、君だよ。転校初日に保健室に運ばれていったでしょ」

「……あー……なるほど」


 まぁ、実害は無いから別に良いか。


「それにしても海藤君。こうしていると、まるでデートみたいだね」


 学生で溢れかえるファーストフード店で、男の子とお喋りしているのだ。まわりがガヤガヤしているのも、学校帰りならではだねぇ。青い春ーって感じ。今の状況も実は中々楽しい。

 本当なら蔵馬君にバレたらマズイのだから、もっと焦らなくちゃならないんだろーけど。なんでだろうね、海藤くん相手にそんな必要はない気がする。勘だけど。

 そんな半ば勝手な思い込みから、つい軽口を叩く。

 私が口に笑みを浮かべたまま(恐らく)生温い視線を海藤君に向け居たら。コーヒーを飲みながらコンスタントにポテトを摘んでいた彼はその動きを止め、みるみる顔を赤らめていった。


 おや、まぁ。


「ウブだね、君」

「うるさいよ。オレは普段、真っ直ぐ家に帰って執筆活動をやっているんだ。こういう場所にあまり慣れていないだけださ」

「執筆活動? 小説家でも目指しているの?」

「目指しているんじゃなくて、現役作家」

「へーそれはすごい。じゃあ先生だ!」

「……そんな大した物じゃないよ」


 謙遜しながらも、満更でもない海藤君の様子が面白くって、私はついつい彼に水を向けた。


「まぁ、オレが普段書いてるのは、文芸批評や哲学論文だけど……」

「うんうん」


 のが不味かった、らしい。


「……だからあの作品の、○○の行動は明らかに一貫性を欠いているんだ。具体的に言うと、話の終盤直前まで××だった彼が△△な行動をとった。何が彼の行動を変える契機になったのか。これを理解するには過去の三つの場面を思い出す必要がある。一つ目は…………」

「へー……」

「……ここで重要なのは、□□が本当は行くことを望んで居なかったということだ。それを後から知った○○は□□を止められなかった事を後悔する事になる。つまり……」

「へー……」


 どうしよう。海藤君が止まらない。しかも表情は変わらず無表情のままなのに、滅茶苦茶目がキラッキラしてるよ! 輝いてるよ!


「……だから□□の行動がまるで呪いのように○○に受け継がれて行ったんだ。この連鎖を止めることが……」

「へー……」


 そして長い長い彼の演説を聴き終わった私が机に突っ伏してぐったりしていると、彼は満足した様子で、コーヒーのお代わりを貰いに行った。

 戻ってきた彼は、疲れ果てた私の様子を見て、一言。


「ちょっと難しかったかもしれないね、分かった?」

「……うん、良っくわかった。(ジャンルは違うけど)君も同類みたいだね!」


 私の言葉に渋い顔をした海藤君だけど、違うとは言わせねぇぞ!!!

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