- ナノ -

30:悪夢の始まり
朝起きると妙な胸騒ぎがした。嫌な目覚めに酷く不快な気持ちになり、ため息をつきながら身支度を整える。
ホメロスは何処かへ出ていったまましばらく帰ってきておらず、グレイグも三日ほど前に陛下を伴ってラムダへ向かった。もうそろそろラムダについた頃だろうか。デルカダールを頼むと言われたからには守り通さなければ、と固い決意をする。英雄も軍師もいない今、デルカダールを守れるのはルーナしかいないのだ。

眩しいくらいの朝日が窓から射し込む。なにも変わらないいつも通りの街並みだ。起きぬけの胸騒ぎを気のせいだと思い込むことにした。そうでもしなければやってられない。

机に向かい、昨日からやりかけだった書類の確認を始める。二人がいない分の書類までが此方に回ってくるためいつもの三倍の書類がある。早く帰ってこないと過労死しそうだ。

「はぁー……」

重いため息をつきながら、書類を眺める。机の引き出しから判子を取り出し、書類に押印していく。単調な仕事だがこれも大事なことだ。

半分ほど処理したところで集中力が途切れて手が止まってしまった。普段ならこんなことはないのに、だ。

「あぁ……もう……」

全く身に入らない。思うように仕事を進められず、うんざりする。一度外に出て気持ちを入れ換えるべきかもしれない。
再度重苦しいため息を吐き、席をたち、部屋を出た。

中庭にでも行けば、気分も幾らか晴れるだろう。

「ルーナさん、おはようございます」

「あら、おはよう」

兵士がにこやかに挨拶をしてくる。それに挨拶を返し、ゆっくりと中庭に向かった。

その途中だ。

ズドォォォン──

地響きと共に、城の窓ガラスが衝撃で砕け散った。太陽が天辺に昇ったばかりだったはずなのに、まるで夜のように陰る。素早く身を屈めたため怪我はないが、唐突の出来事に驚きを隠せない。急いで窓の外を確認した。

闇が、空を覆っていた。そして空に浮かんでいたはずの命の大樹が見当たらない。そして犇めく魔の気配が此方に向かっているのを感じて顔から血の気が引いた。

城のあちこちから悲鳴が響き、ルーナは我に返る。こうしてはいられない。先程の衝撃波で怪我をした者もいるようだ。

「よく聞いて!!無事なものは街の人を城のエントランスへ集めて!回復できるものは怪我人の回復を!」

大声で指示をだし、自身もベホマズンで複数の怪我人を一気に回復する。そばにいた兵士に城の回復薬をありったけ集めるように言い、それからルーナは軟禁しているイシの村の人達の元へ向かった。

道中も兵士を回復し、命令をだし、息つく暇もない。他の兵士の士気に関わるため、不安な顔は見せられない。ぱちんと頬を叩き気合いをいれてから、目の前の扉を開いた。

「緊急事態よ!急ぎ城のエントランスへ!」

「え?何があったんですか!?」

「説明は後!今は指示に従いなさい!」

城の地下に位置していたお陰か、牢獄の方まで衝撃波は来なかったようで何があったのか解らなかったようだ。しかし懇切丁寧に説明してやれる時間など今はない。一分一秒ですら惜しいのだ。

素早く牢の扉にかかっていた鍵をあけ牢から出るよう促し、エントランスまでの道を簡単に説明してから次の場所まで走り出した。



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