- ナノ -

28:刹那の共闘
ミルレアンの森はシケスビア雪原を経由した先にある。当たり一面は雪で覆われており、真っ白すぎて目が痛い。そして凍てつくように寒い。まだそこまで吹雪いていないのが救いだ。
すぐ近くでスノーベビー達が雪に穴を開けて遊んでいる。その可愛さに癒されつつ、ざくざくと雪を踏みしめて進む。

「はぁ〜寒い〜……」

年間を通して比較的過ごしやすいデルカダールの気候に慣れているとこの寒さはきつい。油断していると口癖になりそうなくらい寒いという単語が飛び出す。

「俺も寒い」

「その鎧キンッキンに冷えてそうね……」

確かにルーナの服装も中々に寒いが、グレイグの鎧も外気で凍てつくと身体をかなり冷やしそうだ。互いに寒い寒いと身体を震わせながら、先へと進む。

時折襲いかかってくるごうけつぐまやメイジももんじゃを返り討ちにしつつ、寒さに凍えながらも道中に即席のキャンプを作り一泊し、ようやっとミルレアンの森の入り口へとたどり着いた。

ミルレアンの森は針葉樹が生い茂り、枝葉に白い化粧をしている。魔物も雪原とはうって変わってオークやオークキングが姿を現すようになった。

「少し吹雪いてきたな……」

「これ以上酷くならなきゃいいけど……心配ね」

風に混じる雪が増えてきていた。やや視界も悪くなってきているし、これ以上強くなると魔女退治どころか遭難の危険性も出てくる。それに、ずっと寒いところにいて体感温度がおかしいが、気温も心なしか下がったような気がする。

やや足を早め、さらに奥へと進んでいく。

半ばほど進んだところだった。唐突に吹雪が強くなった。目の前が白に埋め尽くされる。
顔に打ち付ける雪を腕で庇うが、あまり意味はない。危険を感じ急いでグレイグに声をかけた。

「グレイグ……!ちょっと、まっ……」

しかし、返答はなかった。それどころか前にも後ろにも誰の姿も見当たらない。すぐそばにいるのかもしれないが、視界が悪すぎて確認できない。
吹雪がやむまでどこか岩影でしのがなければ凍死してしまいそうだ。白い息を吐き出しながら、吹きすさぶ雪の中を突き進む。

「っとに、凍死なんて洒落にならないわ……!」

寒さで死にそうになったらメラでもギラでもなんでもいいから火属性の魔法で身体を暖めよう。背に腹は変えられない。

数十分か、一時間ほどか正しい時間は定かではないが、ひたすらに猛吹雪の中を突き進んでいると打ち付ける雪の強さが唐突に和らいだ。白く染まっていた視界は元に戻り、世界を正しく映す。

『ムフォフォムフォフォ!』

奇妙な鳴き声をあげる魔物と、それに対峙する見覚えのある菫色の長髪の後ろ姿が見えた。すぐに状況を理解し、杖を構えて補助魔法を唱えながらそばへと駆け寄った。

「ルーナ!無事だったか!」

「凍死するところだったけどね」

さらっとピオリムを唱えつつ答えた。
しゃくれた大きな口元にはノコギリのようなギザギザの牙が見えている。あんな牙に噛みつかれたらかなり痛そうだ。
ムンババは新たに増えた敵、ルーナに苛立ったように太く大きい腕を地面に叩きつけて唸り声をあげた。

「こいつが恐らくシャール様が仰っていた魔獣だろう」

かなり手強いぞ。とグレイグが剣を構える。ルーナも杖を構え、攻撃に備えた。

独特な鳴き声をあげ、ムンババは後ろ足で地面を2、3度蹴るとこちらに向かって突進を繰り出してきた。即座にサイドステップを踏み、攻撃を避ける。大きな図体には似合わず、それなりに速度はある。ピオリムをかけてなかったら危なかったかもしれない。

突進した後ほとんど間髪いれずにムンババは反対側に避けたグレイグに向かって大きな口を開けて噛みつこうとした。

「くそっ!」

大剣で大きな牙を防いだ。グレイグもそれなりに馬鹿力だが、ムンババもかなり力があるようで押されている。

「メラミ!」

寒冷地帯に住む魔物だ。火属性の魔法が効くだろうと予想し、メラミを唱えた。

『ムフォーーー!』

その予想は正しかったようで、メラミを受けたムンババは悲鳴をあげてグレイグから離れた。黄色の立派な鬣についてしまった火を消そうとしたらしい。巨大な身体をこちらに転がしてきた。

「っく……!」

予想もつかぬその動きにルーナは突き飛ばされる。雪がクッションとなりそこまで大したダメージではなかったが、冷たさに震え上がった。すぐに身体を起こしたが、少しコートが濡れてしまった。

「大丈夫か!?ルーナ!」

少し離れた場所でグレイグが身を案じてくる。それに首を縦に振って答えた。濡れたコートが身体を冷やすが、戦闘が終わるまでは耐えれるはずだ。

真っ白な視界の端に見覚えのある紫色が見えた気がしてルーナはそちらを確認した。

「イレブン!」

どうやら一人だけのようで周りに仲間の姿はない。恐らく吹雪ではぐれてしまったのだろう。
イレブンはこちらの様子を見て暫し逡巡したが、背負っていた大剣を構えた。どうやら加勢してくれるらしい。

想定外の人物の登場に気を取られたグレイグがムンババに体当たりを喰らい突き飛ばされた。何とか受け身は取ったようだが、苦々しい表情を浮かべてくそっと悪態をついている。

「ベホイミ!」

ルーナがグレイグに回復魔法を唱えているとイレブンがすかさず前に飛び出し、興奮状態のムンババへ渾身斬りを繰り出した。鋭い斬撃を喰らったムンババは数歩後退し、苦しそうに鳴き声をあげる。

「フォローするわ!バイシオン!」

グレイグにかけていたバイキルトが解けかけているのに気づいて補助魔法をかけ、イレブンにもバイキルトをかける。隣でグレイグが体勢を立て直し、ムンババに向かって駆け出した。

剣士二人と魔導士一人。編成としては悪くないメンバーだ。ルーナは二人の後ろで補助と回復に回った。手が空けばメラ系魔法を唱えて確実にダメージを与えていく。

イレブンが増えたことにより、戦況はかなり有利に変わった。

二人がかわるがわるにムンババを切り刻む。徐々に動きが鈍くなってきた。後もう少しで倒せそうだ。

「はぁあああ!!!」

最後の一撃はグレイグが決めた。グレイグの大剣に両断されたムンババはか細い悲鳴を上げて倒れ、その身体を紫色の霞に変える。そこまでは通常の魔物と同じだったが、その後が違った。

「えっ?あれは……」

霞は消えず、そのまま何処か空へと飛んで行った。その不可思議な光景にルーナは首を捻る。

あの魔物を倒してはいけなかったのではという考えが何となく頭を過った。



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