- ナノ -

23:わだかまり
ルーナとホメロスが膝をついたのを見て、セーニャが縛り付けられていたカミュを解放する。

「カミュ様、ご無事ですか!?今、お助けいたします!」

その騒ぎを聞き付けたのだろう。捜索に当たっていた兵士達がステージへと集まってきた。味方が集まってきたことでホメロスの顔に余裕が戻る。

「悪魔の子、イレブンとその一味め!よくもホメロス様とルーナ様を!」

ルーナの側にもハーマンが駆け寄ってきて傷だらけのルーナを見て大慌てでベホイミを掛け、沈黙の呪いがかかっているのがわかるやいなや強引に超万能薬を口に突っ込んでくる。薬の強烈な苦味に顔をしかめつつも、呪いが解けるのを感じた。

「にが……」

「す、すみません!沈黙を治すにはこれしかないと思って!!」

確かにそうなのだが、あまりの苦さに口を押さえる。しかめ面をしたまま立ち上がって、イレブン達の動向を確認した。

「……私を倒しても、何も変わらぬ。貴様らはここで捕らわれる運命なのだ!」

一時は優勢にあったものの、再び追い詰められたイレブン達はじりじりと後ずさる。背後には海。彼らの退路は絶たれてしまった。

こちらの勝利は確定した。その筈だった。

「皆、安心して!もう大丈夫よ!」

シルビアが海の方に駆け出していき、そのまま華麗なフォームで海へと飛び込んでいったのだ。唐突の事に全員が呆ける。

「はっはっは!ここで仲間に逃げられるとはな。イレブンよ、貴様の仲間など所詮はその程度の繋がりだったということ」

心底面白いと言うようにホメロスは高笑いをした。彼の中ではイレブンを手中に納めたつもりでいるのだろう。

「ずいぶん手間を取らされたが、今宵のショーもここでおしまいだ。ここで大人しく私に捕まるか、海に落ちてサメのエサになるか……今ここで選ぶがいい!」

「ホ……ホメロス様!あれをご覧くださいっ!!」

兵士の一人が何かに気づき、声をあげる。そして聞こえてくる船の汽笛。月明かりに照らされてそれは姿を現した。

赤い帆を携え、あちこちに金の装飾品が付けられたきらびやかな船の舳先には先ほど海へと消えていったシルビアがポーズをとっている。

「皆おっまたせ〜!!シルビア号のお迎えよん♥さぁ、皆飛び乗って!」

シルビアの声にイレブン達が船へと飛び付くのはすぐだった。即座に兵士がその後を追いかけたが、甲冑を身につけた重い身体でジャンプできるはずもなく、勢い余った数人が海へと落ちていく。

「じゃーね、ホメロスちゃん、ルーナちゃん♪今宵のショーは中々楽しかったわ。アデュ〜♥」

煽るようにホメロスの言葉を使ってくる。遠ざかる船にルーナ達はどうすることもできない。今から船を動かしても追い付けないだろう。

「どうしましょう、ホメロス様……このままでは奴らに逃げられてしまいます……」

「フッ……薄汚いドブネズミ共が。このホメロスから逃げられると思うなよ……」

「……?何か勝算でもあるの?」

イレブン達があんなに遠くへ行ってしまったのに、ホメロスの顔から余裕はきえていない。不思議に思い尋ねたが、まぁ見ていろと答えようとしない。
遠ざかった蒸気船を見つめていると、海面が泡立ち膨れ上がり、大きな影が姿を現した。

「あれは……クラーゴン!?なぜ……?」

海へと逃げたイレブン達を阻んだのは大きなイカの魔物──クラーゴンだ。まるでこちらの味方をするようにタイミングよく海から姿を表したクラーゴンにルーナは疑問を抱く。
魔物が人間に協力するなんてほとんどない。勿論小さな魔物や人間が好きな魔物等、例外もあるけれど、あんな大きな魔物が手を貸すなんて考えづらい。

「クックック……私に逆らったことを海の底で後悔するんだな!さぁ、クラーゴンよ!思う存分その船をいたぶり、ネズミ共を海の藻屑にするがいい!」

「ホメロス様!どういうこと?魔物が私たちに手を貸すなんてあり得ないわ……」

「フッ……あの魔物と利害が一致しただけだ」

あまり納得のできる回答をホメロスはしてくれはしなかった。勝利を確信しているのか、ホメロスの口角は上がっている。

こうしている間にもクラーゴンはその太い触手を舳先に巻き付け、船をひっくり返そうとしている。確かにあの場所で海に転落すれば、あっという間に海の魔物のエサになってしまうだろう。
もしそうなってしまったら、なんとも後味の悪い終わり方だ。ホメロスには悪いが、あまり好きなやり方ではない。クラーゴンがこちらに手を貸す理由も不明瞭だからだ。

ーードン、ドン!

どこからか大砲を撃つ音がした。辺りを見回すと、イレブンの船をダーハルーネの商船が囲んでいた。

「あれは、ダーハルーネの商船……?まさかあの船は……!」

何度も何度も大砲は放たれ、クラーゴンは怯えたように海へと引っ込んでいってしまった。クラーゴンが大きな音に敏感で苦手だったのをそこで思い出した。

「クラーゴンが逃げたわ……ダーハルーネの民はクラーゴンの対処法方を知っていたのね」

「くそっ、どいつもこいつも役立たずばかりめ!」

ほとんど何もすることなく海に帰ってしまったクラーゴンに悪態をつき、腹立たしげにホメロスは船に向かって叫んだ。

「イレブンよ、聞こえているか!貴様だけはいずれこの手で捕らえてみせる!せいぜいその時まで、怯えて過ごすがいい!」

遥か向こうにある船に指を差しているホメロスを見てルーナは少し考えた。


この距離、イレブンに聞こえたのかしら……?



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