- ナノ -

20:作戦成功?
あれから2日が経過した。一日中町の見張りをしていたが、イレブンの姿は見当たらない。海の男コンテストに紛れてイレブンがダーハルーネにくるだろうというホメロスの読みが外れたのではとやや不安になる。今日明日には出てきてくれないと遠征費が予定よりも嵩んでしまうし、長い任務に兵士達もだれてきている。
しかし、こういうときにこそ上官がしっかり気を引き閉めて見回りをしなければならないと、とルーナは頬をぱちんと両手で叩いてから宿屋を出た。

あちらこちらで身嗜みを整える若者や、筋肉に磨きをかけている荒くれがいる。そんな男達や観光客を呼び寄せようと露店の店主が声を張り上げている。
町の中央を流れる水路にはゴンドラに乗ったカップルが良い雰囲気になっているらしい。それぞれがそれぞれの時間を過ごしているようだ。

「お姉さま!お待ちください!あちらのお菓子も美味しそうですわ!」

「はいはい。セーニャが行きたいところに行ったら良いわよ」

緑色の服を着た若い女性と赤い服を着た年端もいかない少女がルーナの隣を通り過ぎていった。
魔導士なのだろう。かなりの魔力を感じ、ルーナはその二人を視線で追いかけ、振り返った。とあるスイーツの露店の前で物色している女性の脇にいる少女とぱちりと目があう。気の強そうなアメジスト色がこちらを睨んでいた。

「……?」

子供に睨まれるようなことをした覚えがない。不思議に思ったが、魔導士的に気に入らない雰囲気でも感じ取ったのかもしれない。特に気にすることなく、視線をそらし町の見回りを再開した。

背後で少女が女性に耳打ちして急いで駆けていったのをルーナは気づかなかった。


町を一周し、町の広場へ戻ってきた。不機嫌そうにしているホメロスに声を掛ける。

「ホメロス様、只今戻りました」

それにはちらりと視線を寄越すだけだった。周りの兵士達はホメロスの機嫌の悪さを察知してか一定の距離を保ったまま近付かない。ホメロスの機嫌の悪さは今に始まったことではないのでルーナは特に気にすることなく側に立つ。

円形の広場は海の男コンテストの会場になるようで、カラフルなガーランドが取り付けられ華やかな装飾がなされている。

「お兄さん、男前だねぇ。コンテストに出場はしないのかい?間違いなく優勝候補だよ」

コンテストの出場者を集っている小太りの男が機嫌の悪いホメロスに果敢にも声を掛ける。下手なことを言われると心証に悪いとルーナが気を利かせて間に入ろうとしたーー

「ふっ。この私が出場したら優勝は決まったような物だ」

ーーが、その必要はなかったようだ。お世辞を真に受けて、機嫌が良くなったらしい。前髪を払いながら、自身が一番かっこいいと思っているらしいポーズを取るホメロスにルーナは苦笑した。

「重要な任務があるので参加はできないんです。申し訳ございません」

「あー……そうかデルカダールの兵士様だからねぇ。勿体無いけど、仕方ないね。他の人に声を掛けてくるよ……おーい!そこのお二人さん!」

悦に入っているホメロスの代わりに返事をすると男は残念そうにしながらも納得し、丁度今しがた広場にやってきた次なるターゲットに声を掛けに走っていった。

「お兄さん達!おふたりとも、サラサラ、ツンツンと髪型が決まっていて男前ですねぇ〜!そんなに男前なのに見物とは勿体無い!ぜひ海の男コンテストに参加してください!」

その姿を目線だけで追いかけて、先にあったものを認識し、あっ!と声が漏れた。ホメロスも気づいたらしい。ぼそりとドブネズミめ、と呟いていた。

青髪の男がこちらに気づく。そしてこちらもその青髪の男が何者か気付いた。
あのいつぞやの盗賊だ。あの時の礼はたっぷり返してやらなければルーナの気がすまない。

「……フッ。逃亡者は人混みに紛れるもの。このコンテストを利用し、貴様をあぶり出そうと画策していたが、その必要はなかったようだ。まさか人目も憚らず堂々とコンテスト会場にやってくるとはな」

「盗賊も悪魔の子も二人纏めて捕まえてあげるわ」

杖を取り出し、二人を睨む。
ホメロスは聞きたまえダーハルーネの民よ!と大きな声で周囲に語り掛けた。

「私はデルカダール王の右腕、軍師ホメロス!そして……あの者こそ悪魔の子、イレブン!ユグノア王国を滅ぼした災いを呼ぶ者だ!」

周囲にいた人々がどよめき、指を差されたイレブンを見る。ロトゼタシア最大の王国であるデルカダールの軍師の言葉は絶大な効果があった。
人々のイレブンを見る目は恐怖に怯え、近くの者は距離をとろうと後ずさる。

「ちっ……!逃げるぞ、イレブン!」

盗賊とイレブンは逃げようと素早く踵を返したが、もはや遅い。彼らの背後にはホメロスの声を聞いて素早く集まった兵士達が距離を詰めていた。

十数人に詰められて、二人は広場の中央へと追い込まれる。二人の周囲を兵士が取り囲んだ。この囲みで逃げられる訳がない。

「さぁ、忌まわしき悪魔の子、イレブンよ!大人しく我が手中に落ちるがいい!」

ホメロスのその一声で兵士達が攻撃を開始する。だが、彼らもじっとはしていない。それぞれの武器を構えて反撃している。

「こうも上手く行くとはな」

「油断は禁物よ。兵士だけでイレブンが倒せるとは思えないわ」

自身の思い描いた通りに事が進んだことに喜びが隠せないのかホメロスの口元が緩んでいる。そんなホメロスに進言しつつ、兵士達の戦いのなり行きを見守る。
何人かの兵士は彼らの攻撃を喰らってダウンしていたので、回復魔法を掛けて復活させた。

「くそっ!いくら倒してもキリがねぇ……!」

「無駄なあがきはやめるんだな。さあ大人しく……」

捕まるが良い。ホメロスがそう続けようとした瞬間だった。

「待ちなさぁ〜いっ!!」

第三者の大きな声が割り込んできた。そちらを見ると奇妙な服を着た青年と先程町中で見た赤い服の少女が腰に手を当てて立っていた。

「アタシのイレブンちゃんに、おイタをする子はお仕置きよっ!」

「お仕置きよっ!!」

二人してポーズを決めるかのようにビシッとこちらを指差し、睨んでくる。
ホメロスは第三者の介入を想像していなかったらしく、警備の者は何をしている?なんて兵士に言っていた。予定外のことが起きると頭が回らないホメロスにルーナはすかさずフォローする。

「イレブンの仲間よ!早く捕らえなさい!」

ホメロスの代わりにルーナが兵士に指示を出す。一拍置いてから兵士達が動き出したが、あちらの方が早かった。

「ほらほらっ!サッサとどかないとヤケドするわよ!」

少女の手の中に赤い火の玉が生み出されるーーメラだ。にまりと少女は不敵な笑みを浮かべるとメラを次々に打ち出した。
狙ってるわけではなく数打ちゃ当たるとあちこちに飛ばしているようだ。それでも兵士達に効果は絶大で、ほとんどの兵士は火の玉に情けない悲鳴をあげて腰を抜かしてしまった。

「デルカダール兵ともあろうものが狼狽えてどうするの!マジックバリア!」

四方八方に飛ばされる火の玉に恐れおののく兵士達を叱咤しつつも、マジックバリアで全員の魔法防御を高める。
子供とはいえ、彼女の内から漏れ出る魔力の強さはルーナと同じかそれ以上だ。宮廷魔導師という称号をデルカダール王から頂戴してからも、ずっと魔導の能力強化は怠らなかったのにあんな子供と能力が同じなんて努力が足りなかったのだろうか。

苦い表情をしつつも、ホメロスを庇うように前に出て杖を前につきだす。

「これ以上ホメロス様の邪魔はさせないわ!マヒャド!」

氷塊が少女と青年の頭上に出現する。が、メラ系の呪文をぶつけられ、いとも簡単にきえさった。

「ドルクマ!!」

「!?」

背後でホメロスが闇の魔法を放った声に驚き振り返る。魔法の行く先を目で追うと先程少女と一緒にいた緑の服を着た女性がイレブンと盗賊を先導していた。

「イレブン、あぶねぇっ!」

盗賊がイレブンを庇い、ドルクマを胸部に受け倒れた。動きが止まった彼らを取り囲もうと兵士が走る。

「カミュ様っ!」

「俺のことは構うんじゃない!イレブン、お前だけでも逃げるんだ!」

その言葉にイレブンとその仲間は一斉に走りだし、姿を眩ませた。


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