玉座の間ではすでに佐官達も三枝の槍を片手に集まっており、入ってきたルーナをじろりと見る。その居心地の悪さを陛下に敬礼をすることで消し飛ばして、自身の待機位置へ向かった。
ルーナがホメロスの横に待機して数分もしないうちに再び扉が開かれた。ぼんやりしていた意識をすぐに覚醒させ、そちらに視線を投げる。
少しばかり緊張した面持ちの勇者は両脇に控える兵士達をなぞるように見た。透き通るような水色の瞳がルーナを映す。が、すぐにそれは見慣れた金髪に遮られた。
「旅の者よ。ようこそ、デルカダール城へ」
芝居がかった口調と恭しい動作でホメロスが勇者に挨拶をする。胡散臭い微笑みを浮かべるホメロスを勇者は一瞥し、それから陛下へと視線を向けた。
勇者は王の前で止まる。その手には淡く光を放つユグノアの首飾りがあった。
「よくぞ来た旅の者よ。わしが、デルカダールの王である。こうしてそなたが来るのを長年待っておった。ようやく会うことができ、嬉しく思うぞ」
心にもないことを。このあと勇者を捕まえる手はずになっている。まあまだ今の段階では首飾りを持った一般人という可能性もなくはない。
「その首飾りをたずさえ、王であるわしに会いに来たということは、そなたは自分の素性を知っておろう。もしそなたが本物の勇者であるならば、恐らく手の甲にアザがあるはず」
その言葉に勇者は左手の甲に視線を落とした。この場にいる全員の視線が集中する。陛下の言う通り、その手の甲には不思議な紋様をしたアザが浮かんでいた。あれが勇者の証なのだろう。
それを見て陛下は立ち上がり、言った。
「うむ。そのアザこそ勇者のしるし!そなたこそあのときの赤ん坊……皆の者よ!よろこべ!今日は記念すべき日!ついに伝説の勇者が現れたのじゃ!」
うぉおおお!ーー
兵士が陛下の言葉に雄叫びをあげる。勇者はその声に驚いたのか、振り返っていた。
まだ興奮冷めやらぬ兵士達を陛下は手で黙らせて、勇者を見下ろす。
「……時に勇者よ。そなたはどこから来たのだ?そなたをここまで育て上げた者に礼をせねばならん。教えてくれぬか?」
「えっと……イシの村っていう、デルカダール地方の南にある渓谷にある村で育ちました。昨日やっと成人したので、ここを訪ねました」
イシの村。勇者の説明を聞き、ルーナとホメロスは顔を見合わせる。あの渓谷地帯に村があったとは初耳だ。だからこそ勇者の存在は今の今までわからなかったのだろう。
「ホメロス、ルーナ、しかと聞いたな?」
「はい。しかと聞きました。あのような渓谷地帯にそんな村があったとは……」
「ホメロス、ルーナよ!わかっているな!?あとは任せたぞ!」
「「はっ!」」
陛下の命令を受けたホメロスが兵士に手で合図をする。ルーナもその背についていく。その間勇者を見すぎたのか、視線を察したらしくぱちりと目線が合う。何の悪意もない純真な瞳がルーナの心を傷つけた。彼はきっと優しい青年なのだろう。勇者であるというだけで殺されるのだ。
「ルーナ、あまり情をいれるな」
玉座の間を出ると同時に目の前から発された言葉にルーナははっとした。ホメロスはルーナの心情などお見通しだったようだ。
「わかってる……けれど……彼は何の罪もないのに殺されるのよ?」
「勇者であることが罪だ。お前が心を痛める必要はない」
あまり納得はできないが、ホメロスの言うことも分からなくもないので小さく頷く。背後で陛下が勇者を捕らえろと命令するのが聞こえた。
1個小隊に指示を出し、イシの村に向かう準備をさせる。ここからの距離から考えるに3日もあれば任務を完了できるだろう。あまり気乗りはしないが。
「ルーナ!ちょっといいか!」
勇者を地下牢へ放り込んだらしいグレイグが少し離れた場所から呼んでいる。その騒々しさにホメロスが眉間にシワを寄せ、呼ばれていないのになんだ?と問う。
「なんでお前が返事するんだ……話があるんだ」
「私に何か言いたいことあるの?」
手をこまねくグレイグのそばに駆け寄り、尋ねる。ホメロスを呼ばない辺り、ルーナにだけ伝えたいことがあるのだろう。
「いや……イシの村のことなんだが……」
言いづらそうに、グレイグは声を潜めた。
「あいつはきっと村人を皆殺しにするつもりだろうから……止めてほしい」
「あ……それは……」
「何の罪もない村人を殺すのは忍びないだろう?」
それは確かにそうだ。勇者を育てた村だから滅ぼすだなんて、あんまりにもあんまりだ。勇者が罪なのはまだ理解はできるが、育てた村が罪だなんて無理矢理過ぎるとは思う。
「ホメロス様が私の意見を聞くかわからないけど……」
「俺も後から向かう予定だ……間に合わなかったら、頼んだぞ」
その意見には賛成であった。グレイグの目を見て、ルーナは頷いた。
prev ◎ next