チョコレートと千尋の憂鬱




1年A組出席番号2番の安齋はの心の中で自分自身に関心した。
入学当初から周りをざわつかせた、片瀬アキとこうして友達になることできた事を。


「安齋、これ食べていいのか」


アキは、少しそわそわしながら安齋に聞いた。
目の前には、たくさんの甘いチョコレートのお菓子が積まれていた。
どれも百貨店に売っているような高級なもので色とりどりなラッピングがされている。


「ああ。これ、全部お前宛だからな」


今まで影からアキを見ておりアクションを何も起こしていなかった生徒たちは、学内で安齋とアキがいつも一緒に居るのを見ていた。
そこでバレンタインデーに気持ちだけでもと、大量のチョコレートが送られたのだ。
本人ではなく友人である安齋に。

安齋も押し返す訳にもいかず、手作りのお菓子以外は全て受け取ったのだ。

アキは早速、バリバリと包装紙を破りチョコレートを食べている。


「美味い……」

「甘い物好きだったんだな。それより今日はここにいていいのか」

「別にいいけど」


今日は2月14日であり、恋人たちは愛を確かめ合う日ではないのだろうか。
安齋は、これまで恋人がいたことがない。バレンタインデーの恋人同士の過ごし方は想像でしかないが、こうして友達と過ごしたり、自分を慕う生徒達のチョコレートを食べるのは何か違うんじゃないか、と思う。

あの人は何も言わないのだろうか。
最近、たまに話すようになった風紀委員長。アキの友達としては認めてくれているとは思うが、あの人を怒らせるのが俺は何よりも怖い。

考えにふけっていると、アキが異様に静かなことに気づく。


「アキ?」

「ん〜……」


アキの頭は何故かユラユラと揺れている。


「おい……あ!」


安齋は思わず声をあげた。
アキの手元にあったのは、チョコレートの箱だ。
しかしそれは『チェリーボンボン』だった。
チョコレートの中にリキュールやブランデー漬けのチェリーが入っている。

もちろん、未成年は食べてはいけないものである。
しかもアキは2箱目を食べていた。
こんなものが紛れていたとは予想していなかった。


「おい、アキ。大丈夫か?えっと、水飲むか?」


酔っ払いで帰ってくる兄は、いつも水をくれ、と言っていたのでそれに倣ってみる。
アキの手からチョコレートを取り上げた。


「あっ、安齋。取るなよ〜」


こちらに手を伸ばしてくるアキだが、動きが完全に酔っ払いのため取られることは無い。


「う〜〜、安齋まで俺に冷たくするのか」

「は?」


アキは何故だか悲しい気持ちがこみ上げてきた。
なんだか涙まで出てきそうである。


「え、あ、おい、アキ泣くなよ?」


アキは決して人前で泣くようなタイプではない。
しかしその涙をみてしまった安齋はうろたえるばかりだ。
はっきり言ってどうしていいか分からない。アキはそんな安齋を無視して言葉を続けた。


「もう、2月だし。もう春がくる」

「……あ、もしかして先輩の卒業?」

「うん。置いてかれる」


ぽろぽろ泣き出すアキにティッシュを渡す。
やばい、どうしていいか分からない。
安齋は完全に困り果ててしまった。

机に置いてあるスマートフォンを手に取る。
この状況を見られたら、なんと言われるか怖い。
しかし、アキをこのまま目の前で泣かせている方がもっと恐ろしかった。

連絡帳を開き、1度も電話したことのない相手の名前を震える指で押した。


もっとチョコレートください


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