あの日の続き(大吾)

今時バツ1なんて珍しくも無いと思っていたが、周囲の目は変わってしまった
「夫に逃げられた女」という扱いに耐える生活よりかは古巣の東京に戻ろうと、旧友に挨拶に来たところ「コネがあるんだ」と住み込みの仕事を紹介してもらえた
貧乏生活をしているのだから自分こそ紹介してもらえと言ったが、今の生活にも結構満足してるんだというのだからまだ続きそうだ
別れ際に「今度同窓会でもしようよ」と声をかけられたが、地元を離れて長い今ではみんなの消息など分からないので曖昧に笑うしかなかった


どうせ人生やり直しと昔の生活を思い出すものは処分して、トランク一つとボストンバッグだけ持って東京・神室町の地に降り立った私を待っていたのは黒塗りの高級車
運転手にドアを開けられて出てきたのは昔の面影をほんの少し残した堂島大吾で、ああだから同窓会、とその時に品田の言葉を理解したのだった
その日からせいめいは堂島邸の住み込み家政婦をしている


***

クリーニングから戻ったスーツとネクタイを仕舞おうと、衣裳部屋に入ったところで大吾と鉢合わせた
白いシャツとスラックスを身に着けた彼は見栄えが良く育ちの良さがにじみ出ている


「失礼いたしました」

「いや、いい。せい、ネクタイを選んでもらえないか」

「かしこまりました。いつもはシルバーやグレーが多いので、こちらはいかがですか?落ち着いた色ですが艶があって、ホラお似合いですよ」

「ああ頼む」


許可を得てさっとネクタイを締める
思った通り彼にはよく似あっている


「だが、敬語はやめるように言ったはずだ」

「ほかの方に示しがつきません」

「同級生だろ」

「そう、そして恩人でもあります」

「冷たいな。キスまでした仲なのに」


少し顔が曇るのを見て罪悪感が沸いた
この顔には弱い
正視しないよう大吾の背中に回ってジャケットを広げた


「あれは……もう昔の事です」

「じゃあもう一度してみるのはどうだ」


大吾が振り返りめいの両腕を掴む
痛くはないが正面に立ってしまうと有無を言わせない眼力に動くことが出来ない


「めい」


彼の右手が肩のラインをなぞってそっと上に上がり、顎をスッと持ち上げた
触れるだけの一瞬のキス

目を開くと頬を緩める大吾の顔が見えて照れくさい
そっと髪の隙間に通された大吾の指が気持ちよくて自然とまた目を閉じてしまう
唇に二度三度とキスが落とされるたびに小さくちゅっちゅっとリップ音が聞こえてくる
その背中に腕を回してたくましい身体に身を寄せる
優しいキスは頬や耳まで続き、くすぐったくて身じろぎをするとめいの背中に回る腕に力が入った
唇が離れても抱き合ったまましばらくそのまま大吾の体温を感じていた

「優しくなりましたね。前はもっと強引だったのに」

「色々経験したからな」

遠い日の出来事が思い出される
あの時まだ二人は高校生で、突然のキスにめいが逃げ出したきり別れ別れになってしまった


「今日は逃げないでくれるか?」

「でもご予定があるでしょう」

「会食は延期にしてもらう」

「駄目です。今出来る事をしなければ」

「ああ、でもこっちの方が重要事項だ」


再度重なった唇は深く繋がり、握りしめていたジャケットはいつの間にか床に落ちていた
合意の返事の代わりにめいは先程締めたばかりのネクタイの結び目を解いた



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