罠(尾田)

カクテルの美味しいお店があるから少しだけ、なんて口車に乗って来てみればそこはホテルの高層階のラウンジ
夜景の奇麗なテラス席がリザーブされていた
あまりにテンプレートな状況に「下の部屋を取ってあるんだ」なんて言わないですよねとつい聞いてしまったが「そんな馬鹿な事するわけ無いだろ」と一笑された

濃い顔立ちで派手な衣服に身を包んだ尾田はとてもじゃないが真っ当な人間には見えない
女の喜ぶ事を知り尽くしている百戦錬磨のホストのようだとめいは密かに警戒していた
そんな状況でなぜ誘いに乗ったのかというと、めいがライバル社の人間だからである
強引なやり口で攻める立華不動産と対立はしたくないと情報を聞き出すよう指示が出ている
尾田が頼んだカクテルを飲みながら話を向けた

「ところで最近お仕事の方はどうですか」

「直球だね。ライバル社に教えるわけにはいかないんだけど、めいさんだけ特別に教えよう
 次は横山第二ビルの立退きと七福通りのレッドオイスターってバーの売買だ」

あまりにアッサリと教えてくれることに拍子抜けしつつ、更に話に相槌を打つ
胡散臭いと言えども職種的には先輩だ
役に立つ事をユーモアを交えて話してくれるものだからいつの間にか警戒が薄れてしまった

「めいさん」

隣で笑っていたはずの彼の顔が目の前にあって、唇同士がチュッと小さな音を立てて触れ合った
何が起こったのか理解できずにポカンとしていると、再び彼の顔と身体が迫ってきてそのままソファに押し倒されてしまった
ゆっくりとした柔らかいキスを繰り返すうちに、彼の腕をつかんだ私の手はいつの間にか外されて、ゴツゴツした指が絡まっていた
親指でなぞられた跡が熱い
角度を変えて何度も重なる内に体の芯がしびれるような感覚がこみ上げてきた
彼の下唇を軽く噛み目を開くと、彼の口の端が二ッと上がった


「駄目だよめいさん。ここはまだお店だ」


その言葉にようやく意識が外を向いたが他の席には誰も居なかった
雰囲気に流されてしまう前に火照った顔を冷やそうと席を立ったが、途端に膝から崩れて落ちてソファに逆戻りしてしまった


「れ?なに?」

「酔っちゃった?ちょっとアルコール強かったかな」


そんな訳はない
日頃から飲み慣れてるしカクテルの一杯二杯で酔うはずがないのだ
何か入れたのかと問いたくても舌が既に回らない、尾田はいつもと変わらないニヤけた顔で頬に触れてくる

「実はこの『上に』部屋を取ってあるんだ」

「……そつき…」

「本当の事を言わなかっただけだ
 大丈夫、優しくするよ」


フワフワと揺らぐ景色の中、柔らかい声音が耳の奥に響いてくる
罠だったのだと気づいた時にはもう遅い
悪魔のような彼の腕に抱かれながらフッと意識を手放した


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