たかがチョコ、されどチョコ(秋山)

オフィスを出て秋山さんが待つスカイファイナンスの事務所へまっすぐ向かう
迷って買った金色のラッピングを施されたチョコは鞄の中に入っている
扉を開ける前にミラーを取り出し、普段より2割増しで艶やかなグロスが剥げていないことをチェックする、OK可愛い、さあ行こう


「何このチョコの山!」


扉を開けて一番先に目に入ってきたのは応接テーブルに乗せられたチョコの山だった
デスクが書類やゴミだらけなのはいつも通りとしてもこれは異常事態だ
しかもそのチョコときたらついこの間デパートでさんざん目にした高級ブランドチョコたちでざっと数えても30個はあるし、よく見たらいくつかは手紙が入ってる


「あ、それ?お客さんとかエリーゼの女の子たちから。
 まったくもてる男はつらいね」


秋山さんは慣れっこなのか平然とした様子で言い放つ
確かに昼はだらしない感じが出ているが、夜のライトアップの中では無精ひげはワイルドさを開いた胸元はセクシーさを醸し出している
あのセクシーなささやき声も最高に格好良いと思っていたのは私だけでは無かったか

この後食事に出て大事に持ってきたこのチョコレートを渡すはずだったが、
手の中のそれは急激に特別感を無くしつまらないものに見えてきた
テーブルにちょこっと細工して、まだデスクで探し物をしている秋山さんに声をかける


「秋山さん」

「なに?めいちゃん」

「私からのチョコはこの中のどれでしょうか」

「どしたの急に。それってテスト?」


そう、と返事をして秋山さんの行動を待つ
この特別な気持ちは私だけの物だと思っていたけど、秋山さんからみたらたくさんあるうちの一つなのかもしれない
チョコレートがそれを象徴しているような気がして虚しくなってしまった
せめて手作りにしていればこんな情けない気持ちにはならなかったかもしれない
ひとつひとつチョコレートのラッピングを見ながら考えているようだけど、まったく同じチョコすらあるのだ見つけられはしないだろう
そう思っていたのにこの男はあっさりと私のチョコを見つけてしまった


「これでしょ?めいちゃんのチョコ」

「あたり。すごいなんでわかったの?」

「他のチョコは全部一度見てるからね。あとはめいちゃんの好みとか俺が探してる時の視線かな」


秋山さんのすごい記憶力と観察力のおかげで、どこにでも売っているチョコが『私のチョコ』というただ一つの特別なものになった
それはとても些細なことだけれど、私のしぼんだ気持ちを浮上させるには十分だった


「それでは秋山さんにそれを進呈します。私の気持ち受け取ってください」

「そりゃあ光栄。それじゃお姫様お食事に参りましょうか」


うやうやしく手を差し出してくれるので私も芝居がかった素振りで手を乗せる。
フッと優しく笑ってくれるから、きっと私の落ち込みも浮上したのも全部お見通しなのだ
それでも付き合ってくれるのだから私は結構愛されているんだと思う
事務所のドアをくぐるときにやけに身軽な姿を見て聞いてみた


「あのチョコたち持って帰らないの?」

「あれは花ちゃんのオヤツ。俺はこれだけで良いよ」

さっきのチョコをプラプラ振って見せつけてくる
たかがチョコにこんなに振り回されるなんてバレンタインは罪深い日だけれど
出来るなら来年もこの人にあげられますように

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