「期待なんてしてねーよ」(力也)
弟は学生時代ちょっとワルだった
短ランボンタン鉄板入りの学生カバン
集まってくる友達も同じようなもんだった
おっとりとした人の多い土地柄だったし、本人たちも公共物を壊したり落書きしたりなんかするタイプではなかったので町の人にも煙たがられることはなかった
おかげさまで弟もその友人たちも今では年相応に落ち着いて地道に働いている
あの子以外は
「おっす悪ガキ!今日も元気にブラついてるね」
「おす、せいの姉さん。それだと俺遊んでるみたいじゃないすか
よその組がうちのシマに悪さしてねえか見回りしてるんすよ」
「似たようなもんさー。さっきジュース貰ってたの見たよ」
パンチパーマに派手な花柄のかりゆしを纏い、チンピラ感丸出しのこの男は弟の友達の力也だ
歳を取ればみんな自然と落ち着くと思っていたのにこの子だけは本格的に極道に進んでしまった
極道といっても地域に根差した琉道一家だし、組長の名嘉原さんが良い人なのは知ってる
けど、やっぱり身近な子がそうなると心配でついつい声をかけてしまう
「ところで最近困ったこととか無いすか?
幹夫から変な男に付きまとわれてるらしいって聞いたんすけど」
「ああ、なんか最近本土から来たサーファーが何度も誘いにくるんさ。
断っても断っても来るんだけど、買い物してってくれるから無下に出来ないのよ」
「次来たら俺呼んでくださいよ!なあにちょっと脅してやれば諦めるだろ」
「やめてよお店の変な評判たったら困るさ。そんな事しなくても…」
他愛もないおしゃべりをしていると見知ったサーファー男がお店に入ろうとしているのが見えた
これはチャンスだ
レジの下に隠してあった箱を取り出し力也の手に押し付ける
えっ何すか、と取り乱す力也の唇に人差し指を当てて黙らせる
ちらとサーファー男に視線をやると入り口付近からこちらの様子を伺っているようだ
もう少し後押しが必要か
「力也は私の事 友達の姉としか見てないかもしれないけど、私はずっと力也の事見てたんだからね」
「せいの姉さんそれって「めいって呼んで」
チョコを持つ手を両手で包み込むと力也の顔色はみるみる赤くなっていった
なんだこれ凄く可愛い
このままキスしたらどんな反応するんだろうと悪戯心がムクムクと湧いてくる
「ね、名前呼んで?力也」
「…めい」
「嬉しい、ねえ目閉じて」
顔を近づけると目をグッと閉じて口を堅く食いしばる力也がなんだか愛しくなってくる
唇が触れる前に入り口のドアが閉まる音が聞こえたので、上げたかかとをそっと下した
後ろを振り向くと予想通りサーファー男は店内から消えていた
「やったね力也!サーファー男を撃退したさ」
「……は?」
「だからさっき言ってたサーファー男!お店に入ってくるの見えたんだよね
力也を恋人だと思っただろうからもう来ないでしょ」
まだ状況を呑み込めていない風の力也に説明すると明らかに気分を害したようだ
「ごめんね、キス期待しちゃった?」
「期待なんてしてねーよ」
そう吐き捨てて力也は店を後にした
「さっき言ったのは嘘でもないんだけどね」
最後の私の言葉は彼の耳に届いただろうか
また次に顔を出してくれた時にちゃんと謝って仕切り直しをしよう
また名字呼びに戻っていたら名前で呼んでくれるようお願いするんだ
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