落とし物 @


 その日、冷たい雨が降っていた。

 俺は、傘も持たず、夕暮れ時のお散歩に出てしまっていたので、雨で何もかもが、ずぶ濡れだった。秋の空は、本当に気まぐれである。

 雨が降られた時から、びちゃ濡れを覚悟していた俺は、慌てず騒がずゆっくりと帰路についていた。大きな公園を通り抜けると早く近道なので、俺は、するりと公園に入る。

 体が冷たい。服も重い。帰ったらまずお風呂に入ってあったまろう。雨の冷たさに、お風呂のお湯を恋しく思い、日常を歩く。いつもと変わらない道で俺は、『それ』を見つけた。

 『それ』というのは、今まで、見たこともないぐらい綺麗な男だった。真っ白いベンチに座って、虚ろ気に雨を見上げていた。その表情は泣いているのか、雨に濡れているだけなのか、よくわからなかった。

 よくわからない好奇心に惹かれ、俺はそいつに向かって話しかけていた。

「なぁ。大丈夫?」

 努めて、柔らかい声で聞いた。返事はない。

「おい。お前だよ」

 肩をつかんで軽く揺さぶると、ゆっくりとこちらに目を向けた。その目はうつろで、俺じゃない何かを見ていた。

「あ…あ…ゆつき…戻ってきたの?」

 小さな弱い声だった。小刻みに震えとても寒そうで。まるで、どこか傷ついた動物みたいにそいつは、疲れた様に笑った。その微笑は、とても綺麗で優しくて、俺は目が離せない。

 そいつの肩にあった俺の手をゆっくりとつかみ頬まで持ってくる。俺の手に、頬をすり寄せ長い睫毛が指に触れる。

「お…おい…」
「由月…僕、ずっと待ってたよ?ごほおびちょおだい?」

 急な男の行動に、俺はうろたえるが、すぐにその気持ちも消えてしまう。
 あいつの黒い目は俺を見ていない。

「由月…由月…ぼく、さむい…」

 そのまま、体の力が抜けて崩れていく。その体を、受け止める。ひどく軽い。頭の中で、病院。警察。などの言葉が浮かんできたが、それらを無視して、その軽い体の男を抱き上げる。



 こうして俺は、誰かの落とし物を家まで持ち帰る運びとなった。



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