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 僕等バラ色の日々-7

エデンのリンゴを口にした
アダムとイブは楽園から追放された

知らなければ永遠の楽園
知ってしまったが為に与えられた罰


もがき苦しめ
そして誘惑に負けろ



僕等バラ色の












目の前に現れた土方さんは、例のごとく口に煙草を咥え、その黒髪を風にたなびかせた。

「土方さん、あんたが頭下げてくれたんだろ。」

「……なんの話だ。」

「ありすの話だよ。」

私は生きた心地がしなかった。左之助くんと土方さんがすぐそこで対峙していて、まさに一触即発。フリとはいえ現在の彼氏と、親しげに私の名前を呼ぶ元カレ。理由はそれだけじゃないと思うけど、空気はピリピリしていた。

「俺が千鶴との縁談話をもちかけられて、危うくありすの話がつぶれそうになった。でも土方さんが……あの土方さんが頭下げたって、千鶴が言ってたぜ。」

「…きっとその千鶴ってヤツの見間違いだな。」

土方さんは、美味しそうに口から煙を吐いた。彼の笑顔は、どうにも挑発的だ。憎いほど、美しい。

「俺は、何も、してねぇよ。ただ今後のメリットを考えて行動しただけだ。」

そう土方さんは吐き捨てると、携帯灰皿を取り出した。あれは、私が貸したやつ。いつの間にか、自分のものにされていた。

「ちょっと待って、左之助くん、土方さん。どういうこと?」

「どーもこーもねーよ。土方さんが、お前為に骨折ったんだ。」

距離的に左之助くんと土方さんのちょうど間に立っている私は、二人の表情を交互に見た。多分全てを理解している左之助くん、そしてそれをひた隠す土方さん。唯一明確なのは、とにかく二人は私の味方をしてくれた、ということだと思った。

「…野暮なことは言わねぇよ。ありす、まだ原田とできてたなら、早く言え。余計なことしちまったじゃねぇか。」

あくまで土方さんは、左之助くんの言葉に返事はしなかった。その代わり私に、手にしていた携帯灰皿を投げる。それは返す、と聞こえた気がした。
実際、状況がよくわからない。つまり左之助くんは私の為に奮闘してくれたわけだけど、不可抗力な縁談話をもちかけられて、おじゃんになりそうだった。そこで土方さんが裏で動いて、なんとか話を残してくれたということ?左之助くんがそうした理由はさっきまでなんとなく聞かされていたけど、土方さんは本当に今後の為だったの?

「…土方さん、何でありすに拘る?何で付き合うフリなんて馬鹿なことをした?」

「…暇だった、それだけだ。」

ああそうか。この色男には、女性と付き合うことすら暇つぶしなのか。確かに恋愛なんて余裕のない時にするものじゃないけれど、あのつまらないセックスも、馬鹿みたいにお決まりなデートも、すべてこの人の戯言だとでもいうのか。ちょっとだけ、がっかりしたけれど。それに付き合った私も、私。

「嘘だな、付き合うフリなんて素知らぬふりしてできるかよ。」

「……何が、言いたい。」

「土方さんだって、ありすが、好きなんだろ。」

左之助くんが、一歩その距離をつめた。
じりじりと少しずつ、私の方へ近付いてくる。その大きな手が、そっと私の肩に触れた。

「……原田。俺が、小賢しい真似でもしてるって言いてぇのか。」

「ああそうだ。フリでもいいから、ありすを自分のものにしたかったんだろ?」

気がついたら私は、左之助くんの腕の中にいて。付き合ってた頃と変わらない、香水の匂い。まだそれ、使ってたのね。確か、男女共用できたからって、お揃いでつけていたの。
別れた後はそんな思い出も悔しくて、葬り去りたいくらいだった。でもね、今、すごく心穏やか。千鶴ちゃんと天秤にかけられていた事実を知ったからこそ、赦せているかもしれない。左之助くんは、私だけのものじゃないから、その行為一つ一つが懐かしく、そして愛おしくすら思える。

「原田………てめぇっ…。」

顔を上げれば、そこには土方さんがすごい形相で立っていた。まさしく、鬼。ここに来て吸った2本目の煙草は、無残にも踏み潰された。

「土方さん、なんか文句あるのか?」

左之助くんは、まだ土方さんを煽り続ける。

「当たり前ぇだろ。ありすは俺の女だ、気安く触られちゃあ困る。」

初めて聞いた、土方さんの言葉に今度は囚われた。俺の女。今まで散々だったけれど、そう思っていてくれた事実を知って、心が揺らぐ。その目で、何度私だけを映した?ベッドの上で囁く愛の言葉は、嘘じゃなかった?結局土方さんを求めていたのは私で、いつか心の通じ合った行為ができるんじゃないかって、期待してた。言い換えれば、土方さんをもっと理解したかったの。

ねぇ、私、わからないの。

「……土方さんも、左之助くんも……酷いよっ…。」

目の前にいる二人に対する想いがとめどなく溢れてきて、もう大混乱。
私が嫌われていたわけでも、ただ都合のいいように使われていたわけでもなく。ただ二人が何も言わないで、私に優しくなんてするから、いけない。

「何にも知らなかった私が、馬鹿で、悪者みたいじゃないっ……!」

無機質なアスファルトの上に、涙が何粒が落ちた。静かに、だけどしっかりと。拭えば拭うほど、止まらなくなる。

泣くな、そう言ってくれる左之助くんにも。左之助くんから無理矢理私を引き離し、ハンカチを差し出してくれた土方さんにも。

「私、どうすればいいのっ……」

とんでもない過ちを犯してしまったみたいで、顔を見ることができない。

「……お前の、好きでいいぜ。」

「……付き合うフリなんてつまんねぇことさせて、悪かった。」

ハンカチ越しに、背を向けてその場を立ち去る姿が見えた。二箇所ある、屋上の扉にそれぞれが向かっていく。


体はひとつ。
私はどちらへ向かうのが正しいのか。















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