◎ 愛に似てる
あの時の僕は愚かだった。だって、君を手放してしまったから。
「あのさ、今日で僕たち終わりにしよう。」
あの時に戻れるなら、僕は喜んでこの言葉を撤回したい。
大学を卒業して内定をもらった会社に適当に入社した。小さいころから「かっこいいね」ねんて言われていたからもう慣れているけど、その会社先でも僕の噂はすぐに広まった。今年の新入社員にすごい美男子がいるとか、その他もろもろ。もちろん言われて悪い気はしないし、なんといっても女の子には困らない。可愛い女の子はむこうからやってくる。
とにかく、可愛い・すぐにセックスさせてくれる・貢いでくれる、それさえ揃っていれば彼女なんて誰でもよかった。むこうから告白してくれれば、こちらから別れを切り出すのに苦労はいらない。適当に遊んで、頃合いを見計らって次の女の子へ。だけど僕が「イケメン」だったから、そんな風にしていても誰一人僕を責めなかった。女の子の方が努力不足だった、ただそれだけ、だ。
だから、君も同じだと思っていた。
見た目は、どちらかというと可愛いより、清楚。仕事も自分の力でこなす、あまり男性に媚びないタイプ。
それでも恋愛に関しては、他の女の子と同じだと思ってた。仕事上の飲み会で勢い任せに付き合いはじめたけど、君のそんな性格を知ったのはそれからだった。
最初は、すごく面倒だった。
君は特別可愛がられようとしない。オシャレなレストランより味のいい居酒屋を好むし、休日はほぼすっぴん。
これじゃあ甘い雰囲気にもならないし、僕がいい気分になれない。
君と付き合うことは、僕を満たさない。
そう決めつけてしまったのは、僕が上辺だけの恋愛をしていたからだ。
でも当時はそんなこと気付きもしなかった。それに気付いたのは、君と別れて、数年が経った頃だとは想像もしていなかった。
そして僕は他の女の子とも関係を持ってしまった。
隣の部署で働く雪村千鶴ちゃんは、君と正反対。彼女は自分をいかに可愛く見せるかを知っている子だった。そう、飾らないありのままを見せる君とは正反対だ。なんでかな、男って弱いんだよ、こういう女の子。それが着飾っているものだとも気づかないで、惚れ込んでしまう。
そんな千鶴ちゃんと事が進むのは早かった。僕が少し好意を見せれば、千鶴ちゃんはすぐに僕の「彼女」になることを望んだ。色恋事に物足りていなかった僕は、喜んで彼女の告白を受けたのだった。
そうだね、君は薄々感づいていたのかもしれない。
だけど何も言わなかった。その代わり、ずっと何かを考えているようで、それがすごくもどかしくて、別れ話を切り出した。
***************
「ほら沖田くん、仕事始まっちゃうよ。」
昼休みが終わる直前、僕は机に突っ伏して寝ていたところから目を覚ました。君と過ごした1年にも満たない短い時を思い出させる夢を見た。
起こしてくれたのは、君だった。
「ああ、ありがと。昨日遅くてさ。」
別れてからといっても、僕たちの関係にさほど大きな違いはなかった。
仕事では同じ部署だから必ず言葉は交わさなくてはならないし、飲み会の席だってある。だけど特別気まずい雰囲気もなくて、あのとき恋人という特別な関係の呼び名があったかなかったか、それだけの違いだった。
「あのさ、同じ部署の人にはもうじき伝えようと思うのだけど。」
君が少し小さな声で言った。
「私、結婚することにしたんだ。」
一応、沖田君には最初に伝えようと思って、君は照れ臭そうに微笑んだ。
この歳になると周りのちらほらと身を固めているみたいだけど、彼女にももうそんな時期がくるなんて、少々予想外だった。
「仕事は?どうするつもりなの?」
「うん、辞めることになると思う。」
誰よりも仕事に精を出していた彼女が辞めてしまうのは、会社にとっても大きな損害になるだろう。だけどそれ以上に、僕にとって、君との本当の別れになるという事実が、僕の心に暗い影を落としていた。
「あのさ、君と別れたこと後悔してるって言ったら、どう思うかな?」
自分でも言うつもりはなかったけれど、彼女がいない未来を思ったら、心の片隅で思っていたことが口から零れた。
「千鶴ちゃんと、浮気したくせ、に?」
切れ長い君の眼が、大きく見開かれた。まったく当然の反応だ。あれほど散々に扱っておいて、別れ話を切り出したのは自分のほうなのに、何を今更「別れたくなかった」と。
「馬鹿だよね。君と付き合っていたのは、恋じゃなくて愛だったんだって、気が付いた。ほんと、最近なんだけど。」
僕は、「恋」しかしていなかった。恋は、勢いに任せて始まって、猛スピードで盛り上がって、そしてすぐ飽きる。だけど「愛」は違う。愛はその人のすべてを受け入れる力、だと僕は思う。この2つの言葉の意味の違いに、僕なりの解釈を完成させるには大きな代償を払いすぎた。
君の場合は、間違いなく愛だった。
実はね、あれだけ文句ばかり言っていたけど、君が自分の好きなことを話してくれる時、すごく嬉しかったんだよ。僕に本心を見せてくれているみたいだったから。それに飾らない君に心安らいでいたのも事実。その分二人の時間は単調だったけど、それがかけがえのない時間だったんだ。
「本当、遅いよ沖田君。私は初めからそのつもりだったのに。」
「君も、僕を愛してくれていたの?」
「ふふっ、内緒。」
ああなんで、あんなに暖かい幸せを手放してしまったのだろうか。
「それじゃあ、君から別れ話を切り出さなかったのは?」
「さぁ?なんででしょう?」
なんとなく僕にはわかった。彼女自身も、一生懸命僕を受け入れようとしてくれたんだ。その傷付いた心で、懸命に僕を赦そうとしていたんだ。
ビジネススーツにしては珍しいフレアスカートをふわりと舞い上がらせ、彼女はその場を去ろうとした。
「待って。」
今日が永遠の別れでもないのに、この瞬間、今、伝えておきたいことがあった。
「結婚おめでとう。君の幸せを願ってる。」
緩やかな君のヒールが、動きを止めた。ずっと下を向いたままだったけど、君がどんな表情をしているかは手に取るようにわかった。
「あの時は、ひどいことして、ごめんね。」
何も言わないことをいいことに、一方的に僕は謝った。ごめん、本当にごめん。
「分かってくれたなら、それでいいよ。」
吐き捨てるように、君は言った。
そして就業時間になり、慌ただしくなったオフィスに吸い込まれていった。
(沖田くん、今でも貴方のこと愛してるのよ)
end
1000hit感謝祭フリリク企画で、Ria様より頂戴しましたリクエスト作品です。沖田さんで千鶴ちゃんと?浮気からの別れ話そしてその数年後、激激切で最後は救いがあるお話、でした!
いかがでしたでしょうか?最後は愛を語らせる怒涛の展開となってしまいましたが、激激切………になってますでしょうか。
お持ち帰りはRia様のみでお願いします!この度はありがとうございました! ありす
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