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 Tell me something

ねぇ何か言って。今日はあなたを独り占めしていいと。



『悪い、今日も遅くなる。先にマンション行っててくれ。』

携帯を見て、私は大きくため息をついた。今日も、左之助くんに会えないのか。
確かに今は会社全体が忙しい季節だけど、最近の左之助くんは働きすぎだ。
私は事務職だから、遠くから一般職の左之助くんをみているけれど、それでもひしひしとわかるくらいだった。

どんより気分のままタイムカードを切って、退社する。
会社をでで大通りをまっすぐ歩き、角を二つほど曲がれば、適度に明かりが灯ったマンションがある。そこが、左之助くんの住んでいるマンションだ。


左之助くんとお付き合いを初めて、1年が過ぎた頃、私たちは一緒に住むようになった。
正しくは左之助くんのマンションに、私が居候状態だけなんだけど。
左之助くんのマンションは、私たちが勤める会社からすごく近いから、ちょっと仕事帰りに寄っていくにはぴったりで、ついついここで過ごす時間が長くなってしまう。(そのだいたいは泊まっていっちゃうのだけど)
シンプルなシングルのベットは、二人で寝ても窮屈しないように、少し大きいサイズに買い換えた。私の食器や歯ブラシ、下着類から簡単な洋服まで揃っている。
もちろん合鍵だって持っている。

お揃いのキーホルダーをつけた合鍵を回し、暗い室内に入る。手探りでライトをつければ、朝の散らかったままの部屋が映し出された。
散らばった食器と昨日の洋服が、左之助くんの忙しさを物語っている。
昨日夜私が来た時もそうだった。最近は私より遅く帰ってきて、私より早く出社している。
一緒に寝てる意味も、正直言ってあまり意味ない。わざわざ窮屈な思いをして二人で寝るよりも、よっぽど一人で寝たほうが有意義だ。疲れがたまっているであろう彼のためにも、そっちのほうが今は良いに決まっている。
私が泊まらなければいいだけなのに、どうしても左之助くんのお言葉に甘えてしまう。一秒でもいいから、左之助くんに触れたい。だから今日もこうして来てしまう。

左之助くんは優しいから、私を拒絶しない。
どんなに忙しくてもこうやって連絡は怠らないし、怒りもしない。
もしかしたら、私がそっとしておくのを待っているかもしれない。
まるで空気が読めないかのように、こうして毎晩泊まっている私を、少なからずちょっとは迷惑に思っているはずだ。

シャワーを済ませて、パジャマに着替え、一人には大きすぎるベットに転がり込んだ。
ちょっとお互い忙しいだけで、こんなにも落ち込んでしまう。
私はつくづく左之助くんのことが好きなんだろうな、そう思った。好きだからこそ迷惑かけたくないのに、好きだからこそもっと一緒にいたい。

今日は、金曜日。いつもなら愛を確かめ合っている時間だけど、今はたった一人だ。
左之助くんはここ最近の休日の全部仕事だから、おそらく明日の土曜日も期待できないだろう。
週末は自宅に帰って、掃除をしなきゃ。ちょうどいいから、明日はお泊りせずに左之助くんを休ませてあげたい。

『お仕事お疲れ様。ごめんね、今夜も先に寝ています。』

返していなかった左之助くんからのメッセージ。簡潔に返信すると、私はすぐに目を閉じた。






小鳥のさえずりがする。微妙に開いたカーテンの隙間から、暖かな朝日が差し込んだ。
この日初めて目を開く。目覚めは悪くない、いい朝だった。
ベットの中で、軽く体を伸ばした。体の向きを変えると、最近見ていなかった姿を見つけた。

(左之助くん、今日はちゃんと寝られたんだ)

久々の愛しい人の姿に、胸が高鳴った。だけど今は、寝かしてあげるのが先決。起きた時にすぐにご飯が食べられるよう、朝食をつくることにした。
彼を起こさないように、ゆっくり掛け布団をずらす。足音を立てないように、床に足をつけ立とうとした。その時。

「ほら、もっとゆっくり寝ろよ。」


左之助くんの声とともに、ベットへ再びダイブした。
さっきと違うのは、すっぽりと彼の腕の中にいることと、不意に額に感じる彼の唇。

「ごめんね?起こしちゃった...?」

早くなった鼓動を彼に聞かれないようにと、冷静を装って問いかけた。

「ったく、起こせよ..。」

「あれ、今日も仕事?」

私が期待したのが違ったのだろうか。けれど割かし寝起きのいい彼は、人に起こしてもらうことをあまり好まない。(でもそれだけ疲れていたのかな)思わず左之助くんの逞しい腕を、きゅっと握った。

私の頬に、左之助くんの手が添えられる。
顔をなでるかのように、額にあった彼の唇が下へ下りていき、私のそれに重ねられた。
軽い、ウェークアップキス。

このキスは、そう。

「もしかして、仕事、終わったの?」

今日一日、あなたと一緒に居れるという、印だ。

「しばらく週末もゆっくりできなかったからな。今日休めるように、全力で片付けた。」

んで結局今週忙しくなっちまった、左之助くんはバツが悪そうに言った。

「すっごく嬉しい!大丈夫?無理してない?」

目の下のクマが、彼の激務を語っていた。本当はもっと休みたいはずなのに。

「お前さんといないと、俺の気が休まらねぇよ。」

私を抱く彼の力が、強くなった。
久々の温かい体温に、心休まる。

付き合いたての頃は、記念日毎にどこかへ出かけていた。もちろん出掛けることは楽しいのだけれど、それは当然お互いが一緒にいるからで。
一緒にいることが重要なのだとわかった頃から、こうしてベットの上でじゃれあうのが一番好きになった。何にもしないけれど、一番欲しいものを一番感じられる方法が、これだったのだ。

「じゃあ今日は、一日中一緒にいれるのね?」

「当たり前だろ。ここ数週間分の埋め合わせ、させてくれ。」

きっと埋め合わせといっても、特別なことはしない。だけど彼が言う「埋め合わせ」には「今日一日ずっと傍にいる」という意味が込められているに違いなかった。
一見すれば私たちは一緒に住んで、うまくいっているカップルなのかもしれない。
でもそれはあくまで、見かけだけであって。やっぱり大切なのは、ハートの方だ。
左之助くんが24時間を私に捧げてくれることが、その何よりの証拠。

「このまま、こうしていたい!」

嬉しくなって、今度は私からキスをした。
驚いた表情をした左之助くんに、ぎゅっと抱きつく。

「っ、んなことすると、俺がもたねぇよ。」

倍になって、左之助くんからキスが返ってくる。
徐々に深みを増したそれは、唇いや体全部が溶けてしまいそうで。
脳内の奥の方から、痺れていくのをかんじた。




「その前に、言うことがあるでしょう?」




その行為の前に、お互いの意思確認として。
左之助くんが、あぁと笑った。






「好きだ、ありす。」



私もよ、そう言い返せば、左之助くんの腕の中に溺れていった。




















end





















500Hit記念みや様よりリクエスト頂きました。原田さんで切甘(設定は任せていただきました)お気に召していただけましたか?
お持ち帰りはみや様のみでお願いします。ありがとうございました! ありす





















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