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 ずっとこのままで1

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松本良順先生のご紹介で、新選組屯所の女中として住み込みで働き始めて一年。

人斬り集団との噂に恐れおののいていたのは最初だけで、幹部の皆さんたちのお人柄に親しみを感じるようになってからは、毎日楽しく働かせていただいている。



最初は本当に大変だった……



食事も掃除も洗濯も、一応は当番が決まっているものの、殿方のなさることだけに何と言ったらいいのか……

屯所内の衛生状態に問題有りと判断なさった松本先生が、私に声をかけてくださった。


…………正直、お話をいただいたときは生贄に選ばれたみたいで迷惑だったけど。



私のおばあさまと母さまは産婆で、松本先生のところへも時々呼ばれて行ったりしてたから、私も幼い頃から人の身体のことは聞きかじってあれこれと学んできた。

そんなわけで、私は女中としての仕事のほかにも、山崎さんの手伝いをしたり擦り傷程度の怪我なら処置をしたりしている。

流行り病で二人があっという間に亡くなって途方に暮れていた私に手を差し伸べてくれた松本先生と新選組の皆さんには、本当に感謝してる。




私には幹部の皆さんが寝起きする棟の一角に小さな部屋を充てがわれている。

幹部の皆さんは、巡察の帰りに買ったという甘味をお土産だと持って来てくれたり、頭を掻きながら繕いものを頼みに来たりする。

時々、血塗れで帰って来ることもあるけれど、それ以外はその辺の普通の殿方と同じだと思う。




そんな中でも、陰になり日向になり私を支えてくれたのは副長の土方さんだった。

家族を失って天涯孤独の身になった私に、彼なりの思いやりや優しさを与えてくれた。


役者のような見目形、鋭く光る紫紺の瞳。


遠くからそっと見つめるだけで良かったのに、私の何をお気に召してくださったのかはわからないけれど……

「俺は、お前に惚れてる」

土方さんみたいなひとに抱きしめられて、そんなことを言われて、ときめかない女はいない。

「お前はどう思ってんだよ。ほら……早く言いやがれ」

『えっと……はい…あの……その……』

しどろもどろになる私の顔は恐らく真っ赤だろうな……ああ恥ずかしい……


何が何だかわからないうちに、土方さんと私は恋仲になった。




お茶を運んで行けば、少し膝を貸せと言われて横になり無防備な姿を見せてくれる。

労いの言葉と一緒に手を握ってくれる。

十四や十五の何もわからない娘ではないのだから、もっとあからさまな付き合いを求められるのかと思っていたけれど、土方さんは無体なことは何一つしないでくれていた。

屯所の中で、女中が夜な夜な副長室へ出入りするわけにはいかないし。



ほんの少しの寂しい気持ちと、大事にされる有難さの両方を感じながら、それでも私は幸せな毎日を過ごしていた。





そんなある日。



「ありす!ちょっといいか?」

厨で片付けをしていた私に、原田さんからお声がかかる。

『はい。どうなさいました?』

立ち上がり、原田さんの顔を見上げる。


「ちっと頼みてぇことがあんだけどよ。これを届けちゃもらえねぇか?」

手渡されたのは、お文だった。


聞けば、原田さんが良く買って来てくれる甘味屋さんの娘さんと恋仲なんだそうで。

照れながらその娘さんの話をしてくれる原田さんの顔は優しくて、男ぶりもさらに上がっている。


さすがは原田さん……桜色の薄葉で恋仲の女性に文を送るなんて。

『これは……素敵ですね』

笑顔でそう言えば、ほっとした顔をされる。

「そうか?良かった。んでよ……できたらその……返事を……」

言いにくそうに私の顔を見る原田さんは、普段の余裕のあるお姿とはかけ離れている。

『承知いたしました。必ず』

私が笑顔で応えれば、原田さんは嬉しそうな顔で巡察へと出かけて行った。



仕事が一段落したので、休憩の時間にその甘味屋さんへ行けば、娘さんがとても喜んでくれた。

原田さんから私のことは聞いていたらしく、ためらうことなくお返事を書いて渡してくれた。


屯所に帰って原田さんのお部屋に届ければ、まるで少年のような笑顔を見せてくれた。

こんなお使いならいくらでもしてあげたくなっちゃうな、なんて考えながら歩いていたら、土方さんに呼び止められる。



「随分とご機嫌じゃねぇかよ……ちょっとこっちに来やがれ!」

どうしたんだろう……

鬼の形相で睨みつけられ、心当たりのない私は不安になりながらも土方さんの後をついて行った。


副長室に入ると、痛いくらいの沈黙。

『あの………』

おっかなびっくり尋ねれば、刺すような視線と言葉。

「てめぇ……原田と何してやがった!もらった文の返事を渡したのか?餓鬼みてぇにだらしねぇ顔しやがって!」

『……は?』

突然何を言い出すのか、土方さんは大声で怒鳴りちらす。

「すっとぼけてんじゃねぇぞ!厨で受け取ってたじゃねぇかよ!大体てめぇは自覚が足りねえんだよ!こんだけ男に囲まれてんだ!少しは気をつけやがれ!」

ああ……原田さんとのことを誤解されちゃったのかな……これは困った。

『土方さん、あの…違うんです……』

何とか説明しようとするのだけれど、こうなってしまった土方さんに何を言っても火に油を注ぐだけで。

「何が違うってんだよ!てめぇも大概ひでぇ女だなぁ……あんな顔で文を受け取りやがって!この俺にいい訳なんざ通用するかってんだ!俺と原田を天秤にかけようってか?」

天秤って……ひどい……ひどいよ土方さん。

「おいありす!何とか言いやがれ!それとも何か?俺に言い当てられちまってぐうの音も出ねぇのかよ!」

奥歯を噛み締めて涙をぐっと堪える。

「てめぇは俺の女じゃなかったのかよ!そんな女だとは思わなかったぜ!他の男に愛想振りまく女なんざこっちからお断りだ!」

土方さんの大声とひどい言葉……もう……だめ。

『わかりました。今までお世話になりました……失礼します』

何も言わない私にも苛々するのか、土方さんは舌打ちしただけで私に背を向けてしまった。




自分の部屋に戻った途端、ぼろぼろと溢れる涙。

仕方ない……私はもう女中としても、恋仲の女としても不要ってことなんだから……


泣きながら着物や身の周りの物を風呂敷で包む。

もう…ここにはいられない。




土方さんからもらった櫛と簪を懐紙で包み、文机の上に置いた。

さよなら、土方さん。




厨の隅に置いてあった草履を履いて、誰にも見つからないように屯所を抜け出した。




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