◎ 今日の君と明日を待つ
北の冬は、早い。
朝日が差し込むカーテンを大きく開けば、そのは一面銀世界だった。
「ねぇ、歳三さん。もうこんなに雪が積もっていますよ。」
大きなキングサイズのベットの上で、まだ小さく寝息を立てている愛しい人に、私はそっと話しかけた。
歳三さんとは、ずっと同じ会社で働いてきた。
はじめは上司と部下、というだけ関係だった。でもいつの間にか恋人という関係に変わっていって、私達二人のより確固たるものになった。
もちろん、私情は仕事に挟まない。
だけどより相手のことを理解できるようになったのは、仕事においてもプラスだったと思う。
そのおかげかどうか分からないけれど、歳三さんは、北海道で展開する新しいプロジェクトのリーダーに抜擢されたのだ。
一度は別れも覚悟した。だけど、突然渡された辞令を見てびっくり。
なぜか私も、同じ場所に転勤となっていた。おそらく私達の関係を知っている、人事部の大鳥さんあたりの計らいだろう。余計なお世話なような、そうでないような。
慣れない北の大地に、恋人同士一緒に転勤となった。同棲する、という考えに至るのはごく自然だった。
「どうりで寒いわけですね。今日の晩御飯は、暖かいお鍋にでもしましょうか。」
いくら上司と部下とはいえ、歳三さんの仕事量の方が圧倒的に多かった。
新プロジェクトのリーダーとして、毎日激務の連続だ。
こういう貴重な休みの日は、恋人としての関係を満喫するより先に、彼の体を休めてあげるのが先決。既に時刻は朝の9時を回っていたけれど、そっと寝かしておいてあげるのがいい。
「歳三さんは、すぐに無理をするから……。なんだか放っておけないんですよ。」
それは、部下としても恋人としても。
多くの人から信頼を集めていることは、自覚している。だから、無理をしてしまう。
結局放っておけないといいつつ、そんな歳三さんの姿に惚れた私の負けだ。
「そんな歳三さんが、私は好きなんです。あなたとこの場所にこれて、本当に幸せなんですよ。」
先程まで自分が横になっていたところに、腰掛けた。
まだスヤスヤ夢の中にいるだろう、歳三さんの髪に指を通した。
男の人なのに、サラサラと小さくなびく。
(羨ましいな....)
歳三さんのその優美な容姿は、多くの女性を虜にする。
実際前の職場でも歳三さんを狙っていた女性は多くいた。
なぜ私が選ばれたかはわからないけど、理由はもう気にしないことにした。
「でも時々不安になります、歳三さんは私に何を求めているのか、わからなくなります..。」
私がここにいることは、今の歳三さんを満たすことができているのだろうか?
「歳三さんには、この世界がどう見えているのですか....?」
例えば、私がいなくなったら。
歳三さんにとって、この世界は変わらないままなのだろうか。
「あなたと同じものを見ていたい、そう思ってしまうのは私のわがままでしょうか..?」
白が白であるように。
同じものをみて、同じところで生きているのだと、実感できるのなら。
すうっと、彼の唇に吸い寄せられる。
まるで窓の外に降り積もる雪のように真っ白な肌に栄える、強い生命力を宿した真っ赤な歳三さんの唇。
自分の唇と重ねれば、呼吸を奪われて歳三さんが小さく呻いた。
眉間に皺を寄せるその姿も、とても魅力的だ。
私はどれだけ彼に夢中になれば気が済むのだろう。
「....わがままなんかじゃねーよ、この馬鹿野郎が。」
一方的なキスをしたあと、しばらく歳三さんの顔を眺めていると、ふとその目が開かれた。
すぐに私の頬に、歳三さんの温かい手が触れる。
「えっ、もしかして....起きていたのですか?!」
「まぁな。そういえば、今日の晩飯は鍋だってなぁ?」
意地悪そうに歳三さんが微笑む。
つまりその辺から筒抜けだったということだ。しれっとお鍋の具材を指定してくるあたり、さらに私に意地悪をする。
窓の外で、積もっていた雪が落ちる音がした。
まだ雪国に慣れていない私たちにとって、まだ少し驚く。
さらに鳥たちが羽ばたき、一気に静寂が私たちを包んだ。
お互いの手を握り締めたり、離したり。
慈しむように頬をなでたり、優しく微笑み合ったり。
歳三さんと触れ合うことが、この上なく私を満たす。
「そういや、さっきの続きだが....。」
視線が重なり合ったとき、歳三さんが呟いた。
「俺がお前と一緒にいたいのに、理由なんているのか?」
「えっと、それは...。歳三さんがなぜ私を選んでくれたのかと...。」
歳三さんの手が伸びて、私の額をピンと指で跳ねた。
そんなことに理由はねーよ、歳三さんのその言葉に私は少し落胆した。
「お前と一緒にいたい、それだけじゃ.....だめか?」
それは究極の果だと思う。
きっと歳三さんの中で、本能的に私を求めてくれているのだろうか。
考えてみれば私も、どうして歳三さんを好きになったかは正直よくわからない。
彼の人柄を間近で見ていたから思うことはたくさんあったのだろうけど、いざその理由を聞かれれば「わからない、ただ好きなの」と答えるだろう。
「それで、私には十分です.....。」
目を閉じて、歳三さんの柔らかな声を感じる。
空気は底冷えしていたが、心はぽかぽかと暖かかった。
「今日は休みだろ、もうちょっと布団入ってろ。」
そう言って、私の体は歳三さんの腕の中にすっぽり収められた。
仕事の時も、そうでない時も。私はこの腕になんど守られてきただろうか。
「.....あった、かい...。」
まるで赤子が愛を求めるように、歳三さんの厚い胸板に頬を擦り寄せた。
お布団のあたたかさと歳三さんの香りが、全身を包む。
「....この野郎、煽ってんじゃねーよ...。」
え?という私の声は、歳三さんの唇にかき消された。
起きたばかりでカラカラの口内に、ねっとりとした唾液が送り込まれる。
私の後頭部に、歳三さんの手が添えられ、さらに唇と唇の隙間がなくなっていった。
歳三さんと交わすキスは、魔法のキスだ。
五感全てが奪われていくようで、呼吸を奪われることすら惜しくない。
目の前がくらくらと、どこにいるのかがまったく分からなくなる。
「好きだ、ありす、お前を愛している。」
歳三さんは、ズルい。
こんなことを面と向かって言われたら、反抗できない。
いつの間にか私は、歳三さんの体の下にいて。
ベッドの上に散らかった髪の毛を、そっと歳三さんが整えてくれる。
そうすればすぐにパジャマのボタンが外されて、肌がひんやりとした空気に触れた。
そして歳三さんは迷うことなく、その露になった首筋に愛の印をつけた。
「朝から...するの?」
歳三さんからの愛に逆上せた顔で彼を見つめれば、口角をあげて笑った。
「お前とセックスするのにも、理由なんているのかよ。」
ただしたくなった、それでいいだろ。
早急に歳三さんの手が、私を攻め立てた。
今日の君と明日を待つ
(今日も明日も、その温もりを繋いでいこうね...)
end
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