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 JUDY

明日、幼馴染の総ちゃんが遠くへ行ってしまいます。


総ちゃん。
私の幼馴染みの沖田総司くん。

私が4歳の時に今の家に引っ越してきて、三つお隣さんの同い年の男の子。
引っ越してきたばかりで、ご近所に馴染めていなかった私たち一家を家族ぐるみで温かく迎えてくれた。
それ以来ずっと、隣にいるのが当たり前。

幼稚園に通ってた頃は、一緒に泥んこになって。

小学生の頃は、いい喧嘩相手で。ドッジボールでは何度も泣かせちゃった。

中学のときは、周りから夫婦だなんてからかわれてちょっと距離を置いたけど。

高校のときに、恋人になった。

大学に進学しても、当然一緒だと思っていたけど。神様は最後にいじわるをした。

総ちゃんは兼ねてから剣道を続けていて、その腕前は全国レベルだった。
ある時試合をみた、近藤さんっていう剣道のお偉さんが(何度か総ちゃんの口から聞いたことあるけど)自分の監督してる大学チームにぜひ推薦したいと、申し出てきた。憧れの人スカウトされて総ちゃんはすごく喜んだ。だけど一つ問題が。

近藤さんのチームがある大学は、私たちの住んでるところから、新幹線で2時間以上かかる。

会えない距離ではなかった。
けど私も短大に進学することが決まってたし、いくら相手が総ちゃんだからってそのために向こうの大学に通わせてくれるほど、現実は甘くない。

はじめは総ちゃん自身も、迷っていた。ううん、きっと私が迷わせていたんだと思う。だから最後は、私が背中を押した。
実際便利になったご時世だから、離れていても心を繋げる手段はたくさんある。総ちゃんのことは信頼しているし、と自分に言い聞かせた。だけどやっぱり、もやもやしていて。このまま総ちゃんが遠くに行ってしまったら、もし次会った時に、知らない総ちゃんの姿があったらどうしようとか。

きっと総ちゃんは、私が作り笑いしてるのを見抜いてる。
だけど何も言わなかった。その代わり、最後のデートは好きなところ行っていいよって言ってくれた。

最後の場所に、私は恋人になってから初めてデートした水族館を選んだ。隣には小さな遊園地もついていて、近くには異国情緒溢れる建物や、中華街があって、遠くには港も見える。総ちゃんは、そんな近くでいいの?って驚いてた。何処にいくつもりだったんだろう。

朝9時に家に迎えに来てくれた。この日のために用意した、総ちゃんの好きな青で統一した清楚なワンピースを身に纏い、出迎えた。よく似合ってるよ、そう言われたらお母さんまで顔を真っ赤にしていた。
1時間くらい電車に揺られれば、目的地に到着した。その間2人でスマホを覗き込みながら、今日の計画をたてた。ペンギンと、ふれあいコーナーは欠かせない。
水族館を一通り見たら、少し歩いて中華街へ繰り出した。色々なお店を食べ歩きした。一つ食べたと思ったら、あっちもこっちも美味しそうで。すっかり食意地張ったわたしに、総ちゃんは「いっぱい食べるきみが好き〜」と歌い始めた。見つめあって、笑った。
水族館での半券をみせ、今度は遊園地に戻った。ジェットコースターやコーヒーカップに乗ってたり。園内を移動しているとき、総ちゃんはずっと私の手を握っていてくれた。

これからこの温かさが、当たり前じゃなくなる。

おやつのソフトクリームを食べながら、ふと思った。今日はいつものデートじゃないんだ。

「そんな湿った顔、しないでよ。永遠に別れるわけじゃないんだから。」

総ちゃんは、私がなに考えているかお見通しみたい。

「……すぐに、いっつも、手を繋げないじゃん。」

ぽろり、を本音を零した。

「総ちゃんって、家の前で呼んでも出て来てくれなくなっちゃうし。」

「………僕は、君のペットになった覚えはないけど。」

「きっとこれから総ちゃんがみる景色は、私と違う。もしかすると私のこと、忘れちゃうかもしれない。」

「ありすちゃん、それ以上言わないこと。」

総ちゃんが私をたしなめる時は、少し怒っているとき。思わず我を見失ってた。ずっと閉まっておいたのに。こんな簡単に溢れてしまうなんて。

「ごめ…………」
「アイス、ついてる。」

ちゅっ、と私の唇をなめた。何も食べてないはずの口の中が甘い。

「この後は、さっき気になってたアレを乗りにいこう。そしたら、観覧車乗ろうよ。それで夕ご飯は、ここで食べて帰ろう。」

だから泣かないで、総ちゃんが微笑む。そこで初めて気付いた。私が涙を堪えていたことに。



時間はなんて残酷なのだろう。
楽しい時ほどあっという間で。
今朝方、家を出たことが遠い昔のことのように思えるけど、一方でもう夕暮れが終わろうとしていた。

総ちゃんの提案で、観覧車からサンセットを眺めた。サンセットなんて日本の海には合わないかもしれないけど、きっと今日みた夕日はどんなリゾート地のよりも美しいと思う。

総ちゃんとのファーストキスは、この観覧車の中だった。

初心に戻るかのような、軽めのキス。

その後は特に会話もしなかったけど、多分考えてることは一緒だった。

ついに、今日が終わる。と。




わけもなくフラフラと園内の夜景を眺めた。海の生き物をモチーフにしたイルミネーションとか、お約束の幸せの鐘的なやつとか。ちょっひ恥ずかしかったけど、幸せの鐘の前で、写真を撮ってもらった。フレーム付きで1000円。いつもなら買わないけど、今日はプライスレス。即買いした。

最後のイルミネーションは、少し坂を登った見晴らしのよいところにあった。地図を頼りに、こっちかなと歩き始めると、総ちゃんが先に行っていて。と言った。
トイレなら待つよ?と言ったけど、どうしても先に行っていてほしかったみたいで、仕方なく一人で坂を登った。隣で歩調を揃えるカップルが羨ましかった。あんなに総ちゃんといたのに、まだ一緒にいたい。

一人で、キラキラ飾られた遊園地を眺める。そのイルミネーションの一つ一つが、総ちゃんとの思い出みたいで。あんなこと、こんなこと。毎日一緒にいても、こんなに輝いているんだよ。
もちろん総ちゃんの夢は応援している。憧れの人の下で頑張る総ちゃんは、絶対かっこいい。いつも余裕こいて、実はすっごい負けず嫌いだから、すぐ無理しちゃう。

だからこそ、そばにいれないのが悔しい。これからこそ、支えてあげたかったのに。

「ありすちゃん。みーつけた。」

頬になにか、ふわふわした感触がした。慌てて振り返ると、なにか大きな柔らかいものに激突した。

「うわっ、落ち着いてよ。ごめん、待たせちゃったね。」

そのには、いたずらっ子のようにはにかんだ総ちゃんと、

「熊の、ぬいぐるみ……?」

愛くるしいまんまるお目々の、かわいいくまさん。総ちゃんに抱えられ、ぺこりとおじぎした。

「これを、ありすちゃんに渡したかったんだ。」
「私に、これを……?」

すっ、と差し出される。私はよくわからないまま受け取った。

「ちょっと無理かもしれないけど、僕が傍にいない間、この子が僕の代わりだよ。」

確かにちょっと可愛すぎるけど(うそだよ!)ふわふわの茶色の毛とか、なんとなく総ちゃんにみえてきた。

「君が見たこと、聞いたこと、感じたこと。全部この子に話してよ。僕に届くように、ね。」

さっきソフトクリームを食べていたときの会話を気にしていたのだろうか。それとも私が不安だったこと、気付いていたのだろうか。

「ありすちゃんのことなんで、何でも分かっちゃうんだから。」

総ちゃんの手が、ぬいぐるみを抱える私の手に重なる。僕はここにいるよ、と。

「ねえ、この子。お腹になにか入ってる……?」

ふと違和感を感じた。総ちゃんは、ふふんと鼻を鳴らした。こういう時は図星ってこと。さっそく、ぬいぐるみの背中についているチャックを下ろした。

中にはピンクのリボンがかけられた、白い箱が入っていた。かぱっ、と音を立ててその箱を開ける。
中には、シンプルな指輪がその輝きを放っていた。

「総ちゃん、これって………」
「学生だから、お小遣い前借りしてもぜんぜんいいやつ買えないけど。頑張ったつもりだよ。」

総ちゃんが指輪をすっ、ととって始めからそこにあったかのように、わたしの左薬指に嵌めた。

「これはね、僕なりの誓いの証だよ。」
「ちか、い?」

興奮しているわたしを、そっと宥めるように頭をなでる。すごく心地よくて、とろけてしまいそう。

「僕は女性ってのを、君しか知らない。だからね、遠く離れたとき新しい女性をみてしまうかもしれない。」

否定できなくて、こくりと頷いた。

「新しい生活が新鮮で、そっちばかり気を取られてしまうかもしれない。」

わかってる。わかってるよ、総ちゃん。

「君の予想以上に、すれ違いが起きてしまうかもしてない。もしかしたら、もう付き合っていないんじゃないかって思われるかもしれない。」

でもね、と続ける。

「いつだって君のもとに戻ってくるよ、だから君も待っていてね。っていう誓いの証。それが、この指輪の意味だよ。」

この時気付いた。不安だったのは、置いていかれる私だけじゃなくて、置いて行く総ちゃんもだった、って。

だから、もちろん。

「私も誓うよ!この子と一緒に、ちゃんと待ってる。総ちゃんが振り返ったら、必ず後ろにいるから。」

「ははっ、それホラーだよ。メリーさん?」

ちょっと重苦しい空気が、そんな冗談で軽くなる。目が合えば、照れ臭そうにお互い笑った。

気のせいかな。イルミネーションが、さっきよりも綺麗に見えるよ、総ちゃん。











デートのあとは必ず、お家の玄関まで送ってくれる。といっても総ちゃんは、3軒隣だから送るっていうか、まったく同じ帰り道なのだけど。

「明日、何時だっけ。」

「11時の新幹線だから、10時頃には出かけるつもりだよ。」

「そっか、わかった。じゃあ駅まで送ってくね。」

郵便受けの中身を出して、玄関の扉を開ける。

「ありがとう、今日は楽しかったよ。」

「私も。おやすみなさい、総ちゃん。」

そう言えば、おやすみ、と手を振り返してくれた。







玄関で大きくため息をついた。
けれど、昨日想像していたよりも、遥かに気分がいい。

それはきっとこの子がいるから。



「名前つけなきゃね。君の名前、教えてくれる?」



手元でぬいぐるみが、にっこり笑った気がした。


JUDY
(君のそばで笑っているから)





end
















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