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 Strong

『わかった。焦らなくていいから、気をつけて来い』

スマホの画面に表示されたメッセージを見て、大きくため息をついた。
駅ビルの女子トイレ鏡に、情けない姿が映る。手元の時計を見て、さらに落ち込んだ。

今日は歳三くんと、久しぶりの仕事帰りのデート、の予定だった。
普段はお休みの日でもバタバタしていて、ゆっくりなんてできないから。珍しくお互い仕事帰りに何にもない金曜日、明日までずっと一緒にいれるね、なんて前々から楽しみにしていたのに。

仕事が終わって身支度をし、お出掛け用のメイクをして。服も地味なスーツから、春色のものに着替えて。
意気揚々として乗り込んだ電車。全ての悲劇はここからだった。

ちょうど時間は帰宅ラッシュ、車内は多くの人でごった返していた。揉みくちゃにされて、それからすごく暑くて。薄々やばいな、とは思っていたけど、駅に降りてたまたま寄ったトイレで、自分のその姿に思わず驚いた。
セットした髪の毛は見事に崩れ、さっそくアイラインは汗で滲んでいて。少なくともこれからデートに行くような状態ではなかった。まして歳三くんの隣を歩くのだから、完璧にしていたかったのに。
とにかく直さなきゃって、慌てて待ち合わせに遅れることを連絡したのだ。

こうして歳三くんからの返事を確認したあと、直そうとしたのだけど、予想外の事態だったから準備は万端ではなかった。
化粧道具は持ち歩いていたけれど、メイク落としで顔を拭いたあとだったから、いつもみたいにキレイにのらなくて。それからブラシしかもっていなかったから、キチンと巻いたはずの毛先を元通りにするには足りなかった。
やり直せばやり直すほど、状況は悪化していくばかり。
気付いたら、歳三くんに最初に連絡して、早一時間が経過していた。

再びスマホが微かに振動する。歳三くんからだった。

『随分と時間が経ったが、大丈夫か?ケガでもしてねぇか?』

絵文字も何もないけれど、私を心配してくれる気持ちがすごく伝わってくる。普段どちらかというと、私は遅刻しないタイプだからよほど心配なのだろう。
ただ大丈夫なんだけど、この状況をどう説明したらいいかわからなくて、「大丈夫、ごめんね」としか送り返せなかった。

…とにかく仕方ない。ご飯を食べに行くなら、安めの居酒屋にしてもらおう。そしたらこんな雑な格好でもどうにかなる。そこらへんは女心が分かるようで分からない歳三くんに説明すればいい。まずは遅れたことを謝らなくては。

『安心した、俺は待ってるから、ゆっくり来いよ』

すぐに返ってきたメッセージ。
多分ずっと携帯を握りしめて、私からの返事を待っていてくれたのだと思う。
ちょっとだけ幸せな気持ちになった。

だけどその幸せな気分はあっという間に強制終了をむかえた。

歳三くんの待つ場所まで行く途中、勢い余って派手に転び、道のど真ん中で私は倒れこんだ。別に大して大怪我ではない。意識はもちろんあるし、大量出血してるわけでもない。ただストッキングが破れた(伝線ってレベルではないけど)くらいで済んだ。
それでも、どうしても出鼻挫かれたかんじが否めなくて。やっとの思いで最低限まで直した化粧も、否定されたようで、体が動かなくなってしまった。

本当に、最悪。
こうやってどんどん、歳三くんと一緒にいれる時間が減っていくのに。
早く行かなくちゃ、もう目の前だって頭では理解しているのだけど、それでもダメで。

自分が弱すぎて、嫌になる。
そもそも私は、歳三くんの隣を歩くのにふさわしい女性なのかなって、不安になる。
だって彼みたいに素敵な人の横を歩く女の人なら、もっと堂々できるんじゃないかって。ちょっと着崩れただけで取り乱すような人は、役不足なんじゃないかって。
そしてその度、「お前だから好きなんだ」って言ってくれる歳三くんに甘えてしまって、いつまでたっても成長していない。
歳三くんがどんな恋愛を私に求めているか知らないけど、お互いを高め合う恋愛なら、私は期待に応えられていない。

「ありす……!」

ほら、そうやって私を呼んでくれる声が、優しすぎて。

「大丈夫かっ、ありす?!」

添えてくれる手があたたかくて、多分歳三くんが呆れるまで、離したくなくなる。

「おい、ありす!」

「……歳三…くんっ……?!」

はっと現実に引き戻されれば、目の前には歳三くんがいた。今一番会いたくて、会いたくない人の姿が目にうつり、次の言葉に詰まる。
ひとまず差し出された手をとり、まずは立ち上がった。スカートを簡単に叩けば、ぱらぱらとゴミが落ちていく。

「……焦るなって、言っただろ…?」

歳三くんは自分のハンカチを出し、私の膝にそっと充てる。抑えられたところがヒリヒリした。微かに滲む赤い色が、見えた。

「どうした、そんなに慌てることねぇだろ。」

「……ごめんなさい。」

あんまり歳も変わらないはずなのに、私の方がずっと幼いみたいだった。きっとこれは、精神的なところに原因があるんだと思う。

「謝るだけじゃ、わからねぇよ。返事もなかなか来ねぇし……心配した。」

歳三くんの声が少しだけ怒っているようにも聞こえて、身を震わせた。そんな私を見て、歳三くんが今度は謝る。

「そらにさっきから、下向いてばっかりじゃねぇか…。痛むか?どこかで…休むか?」

ぎゅっと手を握りしめて、首を横に振る。
歳三くんは、もう訳分からないって顔をしていて、…申し訳ない気持ちでいっぱい。

「違う…の、ごめんね……その、今日…お化粧…ボロボロでっ……。」

こんな年齢にもなって、町中で涙を零した。
理由を説明しようとすればするほど、さっきまでの事が蘇って、嗚咽となって口から出ていく。

「挙げ句の果てにすっ転んで…っ、もう私、だめだめで…っ」

一通り事情を説明し終えれば、歳三くんは頭を撫でてくれた。
優しい手付きが、ぐちゃぐちゃになった私の心を解きほぐす。まるでもう分かった、怒ってないから、そう言い聞かせられているみたい。

「こんな私…呆れられちゃうって…」

それでもどこか、歳三くんの気持ちを信じ切れない私がいた。最低だけど、どうしても言葉で返してほしくて、違うって言ってほしくて。

「…どうせ、そんなところじゃねぇかって思ってたぜ…。」

「えっ……?」

今度はティッシュで、涙を拭いてくれた。ハンカチにはきっと私の血がついているから、歳三くんなりに気を遣ってくれたのだと思う。
霞んでた視界が一気にクリアになって、最初に飛び込んできたのは、歳三くんのあたたかな眼差しだった。

「いつもと格好が違ってたからな、色々直した跡もあるし。」

「や、やっぱり…バレてるっていうか、ダメだよね…。」

一番痛いところを突っ込まれて、狼狽える。
歳三くんは慌ててそれを訂正した。

「悪いとか変だって言ってるんじゃねぇよ、
むしろお前が無事でよかった。」

「…あんまり見た目が、無事じゃない…。」

あまりにも歳三くんが近いから、手で顔を隠す。でもそれはいとも簡単に阻まれ、私の両手はすっかり歳三くんにとられてしまった。

「見た目なんて、関係ねぇ…。お前はありのままでいいんだよ。」

そのまま、ぎゅっと握られた手。
歳三くんの体温がじんわり伝わってきて、胸が苦しい。

「お前はお前だ。ありすの全てに惚れてる俺が……今更どうにもこうにも言わねぇよ。」

「と、歳三くん…。」

「お前は、俺の横で笑っていればそれで充分だ。それさえあれば、どんな格好でも構わねぇよ。」

ほら、と促されれば、自然と口角が上がる。一粒だけ涙を流したあと、精一杯微笑めば、歳三くんは「それでいい」と呟いた。

ああ私、なんてバカだったんだろう。
歳三くんから愛される秘訣が、こんなにも簡単だったなんて。
でも素の私を見てくれるなんて、しかもそれが歳三くんだなんて、ちょっぴり贅沢かな。

ありがとう、歳三くん。
くだらないこと考えて、一瞬でも信じてあげられなくて、ごめんなさい。
やっぱり歳三くんの隣にいれば、何にも怖くない気がするの。


「……っと、こんな所で…言い過ぎた。」

周囲からの視線に気付いた歳三くんは、少しだけ頬を赤らめた。ただでさえ私が転んで注目を集めていたから、この場を通るほとんどの人が私達を見ていた。

「このままこの辺りを歩くのも…恥ずかしいな。」

髪の毛をくしゃくしゃと掻いた歳三くんは、さりげなくもう片方の手の指を、私の指と絡めたる。しっかり繋がれたそれは、とっても心強く感じた。

「…なんやかんや、私もこの状態は…恥ずかしいので…」

破けたストッキングを見せれば、歳三くんは目を丸くして驚いた。

「馬鹿野郎っ…お前、隠せっ…!」

「そ、そんなこと言われても無理だよっ!」

「…それもそうだな…すまない。」

寄ってきた居酒屋のキャッチをすり抜け、青になったばかりの信号を渡る。
なんとなく、どこに今向かっているか、予想できるようで出来ない。

「歳三くん…ごはん、どうしよう…?」

そう聞いた私に、歳三くんはちょっと嬉しそうな表情をしながらこう言った。




「今日はこのまま、二人っきりだ。その無防備な姿を見ていいのは、俺だけだからな。」



お前の全部を見せてくれ、その力強い歳三くんの言葉に、私は頷いた。





Strong
(シンデレラの魔法は
12時になっても解けないまま)

















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