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 nonsense




「今日も一日お疲れ様でした。」

カチン、とビールジョッキを重ね合わせた。

会社近くの居酒屋、ここは私とトシくんにとってのオアシス。今週一週間がようやく終わったんだな、そう思わせてくれる。

トシくんと付き合って一年が経とうとするけど、目立った喧嘩はしたことがない。多少、というかかなりトシくんはモテるけど、それももう慣れた。男女の関係において、なんとなく最初不安だったことは、たいていの場合時間が解決してくれる。

だけど、時間が経てば経つほど大問題になることが一つ。

それは私の方が、二つほど年上だってことだ。

普段一緒の仕事場では、私が上司になる。トシくんとの出会いもそうだった。やたら仕事のできるすごいヤツがいるからいじめてやれ、なんて突然組まされて、今に至る。何がどうしてこうなったかはよく覚えてないけど、トシくんの口説き文句が半端なかったことだけは覚えてる。なんでまた、年上のおばさんに。

幸い私は童顔だったから、服装次第では年二つなんて見た目ではどうにでもなった。
だけど、どうにでもならないこともある。急速にやってくる肌もろもろの老化、太りやすくなった体、時折感じる二年の空白。
よく考えてみれば、二年の差は大きい。だって私がハイハイしてる頃、トシくんはまだ受精卵にすらなっていないのだ。私が生まれて一年すぎたころ、トシくんはようやく卵割をはじめたってところかな。これは、でかい。

選ぶ化粧品は、全部マイナス5歳を謳ったものにした。こうすればいろんな意味でトシくんより年下になれるから。
当のトシくんは年齢なんて関係ない、なんて言ってくれるけど。男の子が考える以上に、女の子にとって年齢ってのは重要だ。あれ、私って年齢的に女の子じゃないか。

「今日、このまま泊りに来るか?」

「えっ、うん!行く行く。明日休みだし。」

トシくんは、偉い。
いくら彼女の方が年上だからって、いい意味で甘えない。
私の自宅に転がり込んでくることもないし、デート代はむしろトシくんの負担の方が大きい。

だいたいの週末は、いつもの居酒屋で飲んだ後、トシくん家に行って私だけ飲み直す。(だってトシくん、お酒弱いんだもん。)
むしろ転がり込んでいるのは、私の方かもしれない。トシくん家にしょっちゅう泊りに行くから、お泊まり道具一式は揃っている。私専用の食器だって置いてもらってる。せめて出来ることっていったら、朝ごはんを作ってあげるか、煮物を作り置きしとくくらいだ。

「じゃあ帰り買い物してこう。明日の朝ごはん作るから。」

「悪いな、この前の卵焼きまた食いてぇ。」

「そんなことないよ、いつも泊めてもらってこっちもごめんね?」

というか。
ごめんね、こんなおばさんを。










トシくん家は、会社から電車で二駅ほどいったところの高層マンションの一室だ。つまりいつもの居酒屋さんからも、電車で二駅。酔いを適当に醒ますにはちょうどいい距離にある。
しこたま飲んだ日は、除いて。

部屋のレイアウトは、非常にシンプルだ。ユニットバスに、簡素なキッチン、リビングルームにはベットと一人には広すぎるソファ。ただし、景色がめちゃくちゃいい。

「おじゃまします……」

靴を揃え、ひんやりとしたフローリングに足を踏み入れた。
浴室からは、すでにお湯が流れる音がする。

「さっさと風呂入るだろ?適当にお湯ためてるから、入ってこい。」

トシくんが一日身に纏っていたスーツを脱ぐ。煙草の匂いがかすかに香った。

私は、自分のお泊まり道具を取り出す。これらが入っているのは、ベットの横の小さなタンス、上から三番目だ。
新しい下着、それから寝間着、バスタオルまで出した時、重大なことに気付いた。

「うっそ………化粧水が、ないっ!」

愛用の、めざせマイナス5歳肌!化粧水がない。慌てふためくトシくんが何事かと近づいて来た。

「どうしよう……化粧水、なくなってた。」

空になったボトルを振って、トシくんにみせる。

「化粧水なんざ、どうでもいいだろ。要は保湿だろ?蒸しタオルでも被せとけばいいじゃねぇか。」

「えっ、だめだよ!ってか違うし!一日でもこういうのは怠っちゃいけないの。」

「よくわかんねぇなぁ…」

「特に私みたいな、おばさんはね、必要なのよ。」

自分の鞄に入っている、化粧ポーチもひっくり返す。もしかしたら、何かのサンプルくらいあるかもしれない。

背後で、ネクタイが解かれる音がした。
見つからなかった化粧水に落胆しつつ、後ろを振り返ると、そこにはワイシャツのボタンを大胆に開けたトシくんの姿があった。

「あ、あれ。先お風呂入る?」

だけどトシくんは、私の方に近づいてくる一方。
ぐいっ、と手を掴むと、唇まで数センチのところまで引き寄せた。

「ありすは自分が年上ってことを気にしてるみてぇだが……」

口からは、さっき飲んだビールの匂いが少々。

「俺の中で、上か下かって言ったら、ありすは下だ。」

「すみません、あの意味が分からないんだけど……」

トシくんが、にんまりと口角をあげて笑った。
再びトシくんの手に力がはいったと思ったら、その瞬間私の身体は宙を舞った。そして着地したのは、ベットの上。

「トシ…………くん?」

視界に現れたトシくんに、腕の自由を奪われる。そしてすぐに塞がれる、唇。

「分からせてやるよ、すぐにな。」

「上か下かって………そっちのこと!?」

反論しようとする私の努力もむなしく、再びトシくんの唇が重ねられた。
酸素が奪われる苦しみと、歯列をなぞられる甘さが、私の脳髄から狂わせていく。

「トシくん……….、シャワーだけでも……」

唇を離し、顔をあげた瞬間のトシくんと目線が絡み合った。こういう時、彼は実に艶やかな表情をする。





「そんなの、しなくて構わねぇよ。」

さっさと俺に抱かれてろ、ぶっきらぼうにそう言ったトシくんに、逆らう術など私にはなかったのだ。



nonsense
(そんなこと意味がないって囁いた)



end









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