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 Bitter WhiteDay with T.Hizikata

「帰ったぞー!」


バレンタインのチョコレートをリビングへと運び込めば、驚く親父と喜ぶお袋。


「今年はさらに増えたな……さすがは俺の息子だな、トシ!」

「ちがうわよ。私に似たからよ!ねぇ、トシ!」




チッ!……この能天気馬鹿夫婦め。




「人の苦労も知らねえで……そんなもんどっちだっていいんだよ!」

怒鳴る俺にお袋が心配そうに尋ねる。

「今年もありすちゃんに運ぶの手伝ってもらったの?」

「まあな。こんなことあいつにしか頼めねぇよ。あいつは俺に惚れねぇから面倒くさくなくていいんだよ!」

「はぁ……女の子にそんな言い方して……上がって休んでいってもらいなさいよ……気が利かないわねぇ……」




煙草に火をつけてソファでくつろぐ俺に業を煮やした親父が立ち上がる。

「俺がありすちゃんを呼んでくる」

玄関へ向かう親父の背中に言って聞かせる。

「こん中から有名どころのを見繕って、あいつに礼として渡せばそれでいいんだよ!」

今までだってそうやって来たんだ。

今年に限って何言ってやがる!




お袋は女同士だからか、事あるごとにあいつに味方しては俺をガキ扱いして叱りつける。

「まったくあんたって子は……一体誰に似たのよ!」

「たった今てめぇで自分に似てるって言ったばかりじゃねぇかよ。おいおい大丈夫かぁ?ボケるにはまだ早すぎるぜ?」

「親に向かってその口のきき方は何なのっ!可愛くないわねえっ!あんたみたいに愛想の悪い息子なんかより、ありすちゃんみたいな女の子が欲しかったのに!」

「産めるもんなら親父に頼んでもうひとり産んでみりゃあいいじゃねぇかよ!娘が出てくるか愛想の悪い息子がもう一人出てくるか、楽しみだな!」

「この……バカ息子っ!」




お袋をからかって遊んでいると、親父が厳しい顔でリビングに戻って来る。

客観的に見て、俺は親父に似ている。

特に怒ったときやきびしい表情のとき、自分でもソックリだと思う。




「ありすちゃんはもういなかった……トシ……夕刊を取りに行ったときはなかったんだが……郵便受けにこれが……」

親父からチョコレートだとわかる箱を渡されるも、心当たりはねぇ。

箱をひっくり返しても何の手掛かりもねぇ……バーコードもねぇってことは手作り……か?

「誰のだかわかんねぇ手作りのモンなんざ怖くて食えるかよ!捨てろよ!」

こんなもんホラーじゃねぇかよ!

何の罰ゲームだよ!




親父とお袋が痛ましそうな表情で俺に話しかけてくる。

「トシったら……ありすちゃんがくれたんじゃないの?」

「俺もそう思う。あの子ならきっとこうするんじゃないかと思うが……トシはどう思う?」

「んなわけあるか!知らねぇ間柄じゃねぇんだし普通直接渡すだろ!そもそもあいつが俺にチョコレートを寄越したことなんかねぇし、そんな素振りは………」





そこまで言ってはたと気づく。


俺に名前を言わせたりしたのは……


まさか……な。


だが、確かに様子がおかしかった。



もし、あいつが俺に惚れててチョコを渡したかったとしたら……一連の行動全てが納得できる。





改めてそれを見てみれば、光沢のある黒い包装紙に紫色のリボン。

箱を開ければ、手作りとは思えねぇ綺麗な仕上がりのチョコレートが並んでいる。

試しにひとつ食ってみると、甘さを控えた俺好みの味だった。

俺の好みを知った上でこんなもんを作れるのは、確かにあいつだけかもしれねぇ……





あいつを一人の女として見たことは、正直今までなかった。

いろんな意味で、俺にとってこの出来事は大きな転機になった。






それから数日。

チョコレートの件が気にはなったが、俺はあいつに事の真偽を確かめなかった。

どうせ近所に住んでるんだし、偶然会ったらそれとなく尋ねるつもりでいた。

だが、残業だの引越しの準備だのと忙しくしていて、あいつに会うこともないまま俺は実家を出て新生活をはじめた。

念願だった独り暮らしは気楽だし快適だが、時々ふっと思い出すのはあいつの笑顔だった……




ありすに会いてぇ。




まるで初めて恋をしたガキみてぇに落ち着かねぇ……笑っちまうぜ。





ホワイトデーの夜、今日こそあのチョコレートの意味を確かめようと俺はあいつの好きそうなモンを買った。

何がいいか必死に調べて考えて苺のトリュフとやらに決めた。

苺のパウダーがまぶしてある赤くてまるいそれが、あいつのイメージにぴったりだったからだ。




あいつの行動が俺の思った通りの理由なら、これを渡してちゃんと礼を言おうと思っていた。

他の女からのチョコレートを運ばせたことを謝るつもりだった。

そうすれば想いが通じると呆れるほど呑気に考えていた俺の余裕を、一瞬で打砕く光景が俺の目の前で繰り広げられている。




あいつの家の前には背の高い男。

その顔を見上げては楽しそうに話すあいつ。

どう見たってデートのあと家まで送ってもらったって感じだ。

男はあいつの頭を撫でたり、時々屈んで顔を近づけたり……やることがいちいちムカつくんだよ!




俺だって………ちゃんとわかってんだ。

あのチョコレートをくれたのがあいつだと決まった訳じゃねぇ。

あいつが俺に惚れてると俺がそう思い込んでいるだけで、何もかも全部勘違いかもしれねぇ。




さらに言っちまえば、受け取ったとも言わずに今日まで放置していたのも俺だ。

もう他の男のモンになっちまっていたとしても、俺にどうこう言える資格はねぇ。

もっと早く行動を起こしときゃ良かったと後悔してもいる。




男の手があいつの頬に触れようとした時、俺の我慢の限界が来た。

「おいっ!何やってんだ!!」

大声で怒鳴りつける俺へ向けられる二人の視線。

『トシくん……』

「てめぇ……こんな男と何やってんだよ!」

『トシくん……どうしたの?』

俺の様子を驚いて見つめるその顔に苛々する。

俺以外の男に馴れ馴れしくさせるこいつに腹が立って仕方がねぇ!




男がキザったらしくあいつに尋ねる。

「ありす……知り合いか?」

自分の女だと言わんばかりに呼び捨てにしてやがる。

『うん。幼馴染のトシくん。ご近所さんなの』

「へぇ……なんだ……ただの幼馴染か。ありすの彼氏かと思って焦ったぜ」

俺を睨みつけてそう言うこの男は敵意丸出しだ。




チッ!この男がありすに気があるのは間違いねぇ。

『……ちがうよ……トシくんと私は……そういうの全然違うから……』

全然違うだと……?

その言葉に俺の苛々が爆発する。

「うるせえっ!いいから早く来やがれっ!」





俺はあいつの手を力一杯握って、引きずるように今来た道を引き返す。


一刻も早くこいつを俺以外の男の目に触れねぇところに連れて行かなけりゃ気が済まねぇ。




こいつと手を繋いだのはいつ以来だ?

ガキの頃からいつも一緒で泣いたり笑ったり喧嘩したりしながら育ってきたんだ。

ずっと……ずっとそばにいたからわかんなかっただけじゃねぇかよ。




背後で男か何か言ってるが、そんなことはどうだっていい。

あの男の存在にこんなに腹が立つのは……こいつに心底惚れちまってるってことじゃねぇかよ。

ただの嫉妬じゃねぇか……今さら気づくなんざまったく情けねぇにも程があるってんだよ。








「入れよ」

『ここ……トシくんのお部屋なんだよね?……いいの?』

「おう」

『へぇ……ちゃんと片付いてるんだね……彼女さんが来てくれるの……?』

彼女さんだと……何言ってんだよ!

「うるせぇ黙れ。てめぇに確かめてぇことがあんだよ……これを見ろ。これが何だかわかるか?」

捨てることが出来なかったあの包装紙とリボンを手渡せば、俯いたまま黙り込む。

「おい!わかるかって訊いてんだ!早く答えろ!」

優しく訊いてやりゃあいいのはわかっちゃいるが、どうにも感情をコントロールできねぇ。

『これは……チョコレートのラッピングに使ったもの……だよ』

あいつは消え入りそうな小さな声でこれがチョコの包装紙だと確かに認めた。





ホッとしたと同時に、どうしてもこいつの口から聞きてぇ言葉がある。

「俺のためにお前が作ったチョコレートだな?」

『………………』

「答えろ!」

『……そう……だよ。トシくんのために私が作ったチョコレートだよ』

「お前は俺のことどう思ってんだよ!」

『言いたくない………』

「言えよ……何で俺のためにチョコ作ったか言えよ!」

俯いていた顔をあげて、俺を睨みつける強い瞳に一瞬たじろぐ。





何に怯えてんのかわからねぇが、素直になれねぇでいるこいつの心には何かが重くのしかかってるんだろう。


『言いたくないっ!私は幼馴染のままでいいのっ!このままでいいのっ!』


この言葉が俺を好きだって言ってるのと同じだって気づかねぇのか?


何かを堪えているように震える身体に手を伸ばしたくてたまんねぇ。


「いいわけねぇだろ!俺は……幼馴染のままなんざ冗談じゃねぇんだよ!ありすが好きなんだよ!」


『うそお……』


「この状況で嘘をつけるかってんだよ!ありす……お前はどうなんだよ!言えよ!」


手首を掴んで俺のそばへと引き寄せる。


『好き……私もトシくんが好きっ!ずっとずっと大好きだったのに……トシくん全然気づいてくれなかった……ばかぁ!』


泣き出したありすの身体を抱きしめて、髪を撫でながら優しく言って聞かせる。


「ごめん……な。それからその……嫌な役目を押し付けちまって悪かったな……許してくれ。チョコすげぇ美味かったぜ、ありがとうな」





ありすの唇を指でなぞれば、視線が絡まる。

声には出さずに口の動きだけで愛してると告げてからそっと重ね合わせた。

随分と面倒臭え遠まわりをしちまったが、これで良かったのかもしれねぇな。

今まで泣かせてきた分も、俺が守ってやらなきゃな。




「ありす……これからもそばにいろよ。俺のそばで笑ってろ」

俺を見上げるありすの瞳に酔っちまいそうだ。

「今日からお前は俺の女だ。いいな?」




ぽろぽろと涙を零しながらうなづくありすを抱き上げて寝室へと連れていく。

『ちょ……トシくん……そんないきなり……待ってよ……』

俺の意図を察して慌てるありす。

「いきなりじゃねぇし待てねぇ。諦めて俺に抱かれろ。いいな?」

真っ赤になって照れるありす。

その顔がますます煽ってるってわかんねぇのか?




ガキの頃は一緒に風呂に入ったこともあった筈だが、目の前にいるのはどこからどう見ても大人の女だ。

白い肌と柔らかな身体の線……こんなに華奢だったか?

胸も……こんなに……女らしい身体だったか?




恥ずかしがるありすを組み敷いて、俺はその身体中にキスをしてやった。



俺を受け入れて甘い声で俺を呼ぶ。

我を忘れて求めあう。



やっと俺のものにできたことを実感する。







俺の腕の中にあるありすの寝顔にそっと触れる。



間に合ってよかったぜ……

あの男……危ねえとこだったな。



「目が覚めたらキッチリ説明してもらうからよ……覚悟しとけ」






それにしても……

このことを知ったあの能天気馬鹿夫婦の喜ぶ顔が目に浮かぶが……


ま、いい親孝行になんだろ。








Fin.

*









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