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 Bitter Valentine with T.Hizikata

「うっわ……相変わらず、だね。」

トシくんに呼び出されて、彼のいる駅にまで迎えにいく。
改札をおぼつかない足取りで出てきたトシくんの両手には、大量のチョコレートが入った袋があった。

「悪いな、呼び出しちまって。これじゃあまともに歩けなくてよ。」

「いいよ、いいよ。毎年恒例だし。」

トシくんは、モテる。
そりゃあそうかもしれない。だって、べらんめえな口調の割には本当はすごく優しい人で、それからスラリとのびた体、あと瞳がすっごくきれい。他にもカッコイイところは、たくさんあるけれど、それは言葉で言い表せないくらい。

そもそもトシくんは、私の幼馴染。
二軒先のご近所さんで、同い年。幼稚園の時から一緒に遊んだり、通学もした。
鬼ごっこで遊んだとき、本気で追いかけて彼を泣かせたのはいい思い出だ。今だったら絶対に泣き顔なんてみせないから。

そんな彼の背中をずっと見ていたから分かる。トシくんはどんどん素敵な男性になっていって、随分その距離を離されてしまったなあって、思う。
私みたいな平々凡々な女の子じゃ、手が届きそうにないくらい、こうやって彼のとなりを歩いているのが不思議なくらい、遠くへ行ってしまった気がするのだ。

多分物理的な距離は変わっていない。こうやって社会人になった今も、幼馴染は幼馴染。言葉だって交わすし、昔みたいなボケとツッコミの関係も変わっていない。時折お酒も飲みに行くし、私だけに(多分、ね)話してくれる普段言えないことだって打ち明けてくれる。

「お前しか頼めなくてよ、助かってる。」




ねぇ。トシくんは、その言葉を分かって言っているの?
私もいつの間にか、「トシくんのことを好きになっていた」、なんて知ってる?




いつ頃か、なんて覚えていない。だけどそれは彼を間近で見てきたからこそかもしれない。
昔のやんちゃな姿からは想像もできないくらい男性らしくて、意識せざるを得ない。私が彼に向ける視線はいつからか、女性から男性に向けるものになった。

だからすごく皮肉なのが、この2月14日。
バレンタインデーの日はもうやってトシくんを、自宅の最寄駅にまで迎えに行くのが恒例になっているから。
両手いっぱいのチョコレートをもって帰ってくるトシくんの、荷物運び。それから仕分け。そして最後にお礼として、手作りのものはさすがに悪いから、ブランド品のものはこっそり分けてもらっている。

渡そうと思えば、渡せるし。
幼馴染の義理だって言ったら、それはそれで自然。
世の中のトシくんを想う他の女の子たちと比べたら、何倍も渡しやすい。

でも私は、絶対に渡さない。
そう決めたのだ。

「まったく世の女たちはチョコなんざ渡してどうするんだ。」

「やだ、これだからモテる男は失礼ね。こうやって自分の気持ちをチョコに託すの。ホワイトデーにね、たった自分にだけに特別なお返しをしてくれると信じて。」

「ったく...菓子メーカーの陰謀にまんまと引っかかりやがって。」

そういうトシくんの表情は、まるで本当にそう思っているみたいで。
女の子からの好意なんてものともせず、バレンタインデーをただ面倒な行事としか思っていない。
...もう少し喜んでいた方が、健全な気もするけど。

「ねぇ、なんやかんや言って、気になる女の子とかいないの?」

「馬鹿言ってんじゃねーよ。顔と名前が一致しないヤツが、ほとんどだ。」

「げっ、まじ引くわ。トシくんのために想いを犠牲にしてる女の子たちが本当可哀想...。」

そうね、本当にかわいそう。
トシくんに名前も顔も、覚えてくれないなんて。

「お前だってそうだろ?一回や二回しか会ったことねぇ男の名前なんて、覚えてるか?普通。」

「モテない人間はちゃーんとそういうとことで、おさえるんです!ほんとモテ男相手だと話にならないわ。」

「うるせぇな、別に俺だってモテたくてそうしてるわけじゃねぇんだから。」

大通りを抜けて、ひとつ裏道に入る。
寒いね、なんて言いながらコツコツと足音を響かせて歩く、帰り道。


「……ねぇ、じゃあ私の名前と顔は一致してるの?」

「何言ってるんだ。当たり前だろ。」

「じゃあ言って。」

「じゃあって…さとうありすだろ?」

ほらみて、私のことはちゃんと分かってるの。
だって私とトシくんの間には、ちゃんと「幼馴染」っていう特別な関係があるから。

そう得意気になる私を、怪訝そうな顔でトシくんは見た。
たかが幼馴染の名前がなんだ、そう言わんばかりに。

「どうした、今日のお前…何か変じゃねぇか。」

「そんなことないよ!ただ誰かさんみたいにモテる人はいいなぁって思っただけ。」

そうよ、変になっちゃいそう。
幼馴染という関係に縛られてこそ、伝えられない想いで心が張り裂けそうだから。

だってね、トシくん。
ここで私が貴方にチョコレートをあげたら、その紙袋の中に入れるんでしょ?
そしたら私、特別じゃなくなっちゃうじゃない。結局は名前も覚えてくれないような女の子たちと一緒にされて、そういう扱いになっちゃうんでしょ?

トシくんに、「好き」とさえ言わなければ。
私はあなたと幼馴染でい続けられる。
そうすれば、他の女の子たちとは違う「特別な関係」であり続けられるから。

「はい、きちんとお返しするんだぞ!」

「うるせぇ、あげてもない奴が何言ってるんだよ。」

途方もない自問自答を繰り返していたら、自宅にたどり着いた。私の家の、2軒先。
持っていた小さな方の紙袋を、トシくんに渡す。

「いいんです、私は。だって今更でしょ?」

それもそうだな、そうしてトシくんは温かな明かりの灯る自宅の扉を開いた。
ドアの隙間から、ご両親の「おかえりなさい」という声が聞こえてくる。
とても優しい家庭だ。私も家族ぐるみでお付き合いさせてもらっている。

「ああ、そうだ……、ありす。」

「ん、何?」

閉まりかかっていた扉を開けて、その向こうに消えかかっていたトシくんが姿を再び現した。
手にチョコレートは、もうない。

「....突然だけどよ。来月越すことになった。一応、お前にも伝えとく。」

「…それまた、急だね。もしかしてご家族で?」

目の前が真っ白になった。
これじゃあ、私が意地張っていた理由がないじゃない。

「…いや、一人でだ。そろそろこの実家出てこうと思っていて、な…。」

「そっか...会社、少し遠いもんね。」

トシくんが違う所へ行ったしまったら、こうして一緒に帰ることも、暇な時に押しかけることも、「特別」だから出来たことができなくなるじゃない。

「そんだけだ、引き止めて悪かった。おやすみ。」

「……おやすみ、なさい…。」

閉じられた扉に、小さく手を振った。
無駄に切ない、バレンタインデーになった。いや、されてしまった、が正しい。

冷たい風が雲の流れを加速させ、月が顔を出す。私を照らす月光が、妙に温かい。

(あーあ…やっぱりあげておけば、よかったなぁ…)

実はこっそり、トシくんのために作ったチョコレートを取り出した。本当は渡したくて仕方のない自分が、カバンに忍びこませていた。

渡さない、そう決めて毎年作り続けてきたチョコレート。

(もう二度と……あげられないかも、しれないから…)

行き場を失い手のひらの上で佇むそれをひとつ、思い切って彼の家のポストにいれた。
ラッピングのリボンにくくりつけた、メッセージカードを外して、から。

びりっ、と外した勢いでその場に舞い落ちたカードを拾い上げる。
読み返してみれば、伝えられなかった想いが文字になって、踊っていた。

(本当に遠くへいっちゃうんだね……)

玄関を出て数秒で見れたはずの、トシくんの姿がもうないなんて。





トシくん

あなたのことが、大好きです。
もちろん一人の男性として。


ありす












fin.




















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