◎ Sweet Valentine wthi S.Harada
とろっとろに溶かしたチョコレートを掬い取り、小さなマシュマロに丁寧にコーティングしていく。チョコレートが固まらないうちに可愛くデコレーションすれば、一つ完成。これをあと何個が作り、それから包装紙でラッピングすれば、完璧。
今日はバレンタインデー。
女の子が想いを込めて作ったチョコレートを大切な人に渡す日。
私ももちろん、大切な人に渡す予定がある。付き合って一年が経つ、恋人の左之くんに、だ。
バレンタインデーは、女の子から男の子へ気持ちを伝える日。だから今日は私の家で、左之くんをおもてなしすることとしていた。
特別どこかに出掛けない代わりに、私がフルコースのディナーをふるまうことにした。二人でロマンティックな雰囲気に浸るのもよかったのだけど、こうやって素朴なバレンタインデーを過ごすのも、いい。
そして何より肝心なのは、チョコレート。
左之くんに見られては困るから、今日は夕方まで仕事で家にいないということにしていた。…実際は、お休みをとったのだけど。
そうすれば先に家に来られることもないから、チョコレートも準備できる。
「ふふっ、左之くん喜んでくれるかなー。」
鼻歌交じりに、左之くんの名前を呟いた。
たったそれだけで幸せな気分になれる。
「さーのくん、さーのくん、左之くん...」
「どうした、俺の名前ばっかり呼んで?大丈夫か?」
「ぎゃあああああお化けええええええ!!」
突然背後から声をかけられ振り向くと、そこにはなぜか左之くんが立っていた。
予想もしていなかった出来事に、思わず大声を上げてしまう。
「おい、お化けは失礼だろ!お前こそ仕事だったんだろ、お化けはどっちだよ!」
「あ、ごめん。え...本物..本物おおおおおおお!!?!?」
まずい、今の状況を一番見られてしまっては困る人物に、この状況を見られてしまった。
慌てて台所に散らばった調理道具をかき集め、自分の背後に隠す。ひきつった笑顔で左之くんを迎えれば、左之くんは目をまんまるとさせた。
「あ、あのですね...その....ちょっと立て込んでおりまして、見られちゃ困るというか...。」
「なんだよ、よくわかんねぇな。何隠してんだ....。」
ひょい、と左之くんが背後を覗き込む。
逃げ場も何もないので私はただ黙って目を閉じた。
チョコレートがたっぷりついたゴムベラ、それからボウル。何と言ってもサランラップの上に並べられたマシュマロが、今まで私が何をしていたかを主張している。
「もしかして俺……覗いちゃいけねぇもの、見ちまったか?」
「……内緒で作ろうと思ったのにぃ……。」
頬を膨らまして、左之くんに目で訴えた。
別に内緒にしているとチョコレートが倍増美味しくなるとか、そんなことはない。それに左之くんだって大方予想がついていると思うけど。「サプライズ」というのが、私の楽しみでもあったのだ。
「わ、悪い!俺何も見てねぇから!」
「い、いいよ。気にしないで。それより左之くんもこんなに早く、どうしたの?」
確かに合鍵こそ渡してあるから、家に入ることは簡単。だけど本来私はこの場所にいないことになっている。それなのに左之くんがこんな早くに来た理由が知りたかった。
「それは……な。」
今度は左之くんが追い詰められている。
不意に左之くんの左手の方から、ビニールや紙が擦れる音がした。
「え……バラの、花束……?」
ふと目を遣れば、左之くんの左手にはバラの花束が入ったビニール袋があった。
数え切れないくらいのバラが、キレイに咲き誇っている。
「これを、飾っておこうと思ってな。」
左之くんは丁寧に花束を取り出すと、そっと私に差し出した。甘い香りが、鼻を擽る。
それがあまりに美しくて、思わず開いてしまった口を手で覆った。
「バレンタインデーって、気持ちを伝え合う日だろ?俺も……なんかしねぇと気が済まなくて、な。」
まぁバレちまったけど、そう呟いた左之くんに私は思いっきり抱きついた。
そうやっていつも私のことを大切にしてくれるところ、すごく好き。
「すごく嬉しいよ!左之くん、ありがとう!
「お互いサプライズのつもりだったけど...いろんな意味で気が合っちまったな。」
左之くんの大きな手が、私の髪を絡めとった。優しく指を滑らせてくれるのが、この上なく心地よい。
「それじゃあ....作りたてのチョコ、食べる?」
何だかこうしていたら、さっきまでムキになってチョコレートを隠していた自分が馬鹿みたいに思えてきた。
サプライズが大事なんじゃなくって、きっと相手の為に何かをすることが大切なんだと思う。
「はい、あーんして!」
そう言って出来たてほやほやの想いの詰まったチョコを差し出した。開かれた左之くんの口に一つ放り込めば、すぐに「うまい」と言ってくれる。
「すげー甘い。」
「だって私の気持ちが詰まってるから、ね?」
左之くんの唇が微かに触れた指先が、熱い。
ほんの少しかすめただけなのに、じんじんと熱を持って、どうしようもなくなる。
私、どこまでこの人にどきどきすれば気が済むのだろうか。
「左之くん、口にチョコついてるよ。」
本当はそんなことなかったけれど。
私は背伸びして、左之くんの唇をそっと奪ってみた。ちろり、と舌を出せば左之くんも応えてくれる。水音が心地よい、艶かしい口付け。
「ん……ん、左之くん…。」
角度を変えて、下唇に吸い付いたり軽く噛んだり。ついでに左之くんの手が、やんわりとスカートに触れる。
「チョコもいいけど、俺はこっちが食いてぇ、かな。」
「もぉ…左之くんのえっち、すけべ。」
「仕掛けてきたのはそっちだろ?」
こうして冗談を言い合って、視線を絡めればそのまま壁に押し付けられた。逃れられない、まあ逃れる気もないのだけど。
「チョコに私……高くつくよ?」
「上等だ、ホワイトデーは100倍返しにしてやるよ。」
fin.
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