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 サロメ14

暖かな日差しとともに吹き込んできた柔らかな風が吹き込む。
ありすはうっすらと重い瞼を開いた。

「……目が覚めたか。」

状況を理解するのに、しばらく時間を要した。
ここはいつもの新選組屯所内においてありすに与えられた自室なのだが、そこに思わぬ訪問客がいた。隣の部屋の住人である、土方だ。

「起きれるか、それとも水でも飲むか。」

「いいえ、結構です………って、私…。」

「なんだ覚えてねぇのか。昨日お前の仲間とかいう野郎が…」

土方はまだ昨日起こった出来事を話し続けているが、それより先にありすは全てを思い出していた。
一切連絡の取れなかった仲間が突然現れ、自分を引き戻そうとした。そして屯所を出ようとしたまさにその時、土方が引き止めたのだ。下っ端の男はありすの本当の目的を声高らかに語ったが、ありすが父親のように慕っていた男の登場で事態は一変した。ありすにも知らない本当のうちの本当の目的がそこにはあったのだ。

「まぁ…いきなりあんなこと言われちゃ、意識ぶっ飛ばすとの無理ねぇか。…ありす、大丈夫か。」

「………はい。」

その男が語った真の目的とは、ありすや土方の想像を遥かに超えるものだった。
実はこの仕事の依頼主は、今は亡き芹沢鴨であったのだ。
芹沢鴨が要求したのは、土方の暗殺などではなく、ありすを自分の女として買うことだった。

ありすが父親のように思っていたあの男は、非常に冷血な男であった。美しく育ったありすは売ってしまえば金になる、そう思ってありすを預かっていたのだ。表向きは仕事仲間の一員としてありすに生活する術を教えてきたのであったが、それは何れ、主人となる男のために捧げるためのものだった。

芹沢鴨は、美しいありすを買うのに喜んで大金をだした。
しかし近藤一味ら、特に土方に、女を買いその女を一生屯所へあげることが許されるはずはないと予想したのだ。そこでいつもの女癖の悪さを逆手にとり、何時ものように酔った勢いでありすを屯所へ持ち帰った。土方の暗殺はあくまでありすが積極的に新選組の屯所に入り込むための、口実に過ぎなかったのだ。それから他の過去の女と同じように女中紛いのことをさせた後、羅刹を目撃させる。こうすればむしろ、土方たちはありすを外に出したがらないだろう、という算段だ。こうして芹沢鴨は、ありすを自分の女として傍に置いておくつもりだった。

つまり、ありすは仲間によって売り飛ばされたのだ。


「芹沢さんが前に、それらしいこと仄めかしていただろ。ようやく理由がわかったぜ…。」

「……すみません。」

なんと答えればよいのか分からず、ありすはただ謝るしかなかった。

仲間が迎えに現れたのは、芹沢鴨が殺されたことを知ったからだった。
ありすを買った張本人がいなくなれば、ありすを屯所に置いておく必要もない。むしろ芹沢鴨の他に、ありすを欲しがる人間がいたら、倍の金が入る。そこで早くありすを引き上げなくてはならなかったのだ。

「………お前は、悪くない。ただいいように使われちまっただけだ。」

「それでも、私は土方さんに隠し事をしていました。ましてやそれは…名目上でも、貴方を殺そうとしていたなんて…。」

ありすは掛けられていた布団を握りしめた。ここまで分かってもなお土方は自分を庇っていてくれていることに、駆け引きを越えた優しさに、少しの疑いと幸福を感じる。

「私の処罰はお任せします。何に使っても、殺してくださっても構いません。」

芹沢鴨の誤算は、ありすの土方に対する恋心だろう。それは芹沢鴨をまるで煽り立てるように刺激して、結果的に芹沢鴨自身を破滅へと追い込んだ。芹沢鴨だってたった一人の男だったのだ。

「馬鹿野郎、お前は俺を殺す素振りすらみせなかった。それどころか、新選組のために働いてくれたじゃねぇか。」

土方はありすの傍で、視線を合わせるように腰を下ろした。鬼の副長、なんて誰がその名を与えたのか不思議になるくらい柔らかな微笑みを向ける。

「土方さん、だめです。私なんかが貴方に優しくされてしまっては…いつか私に罰が下ります。」

「そんなお前を、誰が処罰するっていうんだよ。お前は、俺の立派な小姓だ。」

土方はくしゃりとありすの頭を撫でる。
全てに裏切られてた傷心に、土方の温かさがよく染みる。

「それでも自分を責めるんだったら、思いっきり働け。迷惑かけたっていうなら、新選組のためにとことん働け。いいな?」

ありすは強く頷いた。
今返事をするために声を出したら、間違いなく涙も溢れそうだった。

しかしありすにはもう一つ疑問があった。
いつから、どのくらいから土方が感付きはじめたかという事だった。

感情の波が一通り過ぎ去った後、ありすは思い切って問うことにした。

「あの、土方さん……!」

しかし返事はない。

「土方……さん?」

先程まで傍にいたと思っていた土方は、もうそこにはいなかった。
ただ障子越しに、土方の長い髪の影だけが過ぎ去っていったのを見た。

















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