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 罪の向こう 銀の幕

日曜日の夜。
溜め息一つついて、彼の家を出る。
冷たい北風がまだ身に沁みるその帰り道、私がここに現れるのを分かっていたかのように待っていたのは、トシくんだった。

「また…アイツのとこ行ってたのか。」

「また、って…。付き合ってるんだもん。当たり前じゃない。」

アイツ、とは付き合って一年になる、左之助くんのこと。
そして彼は、私が愛してやまないひと、だ。

トシくん含め、左之助くんとは同じ会社の同期。社会人になって、一番最初に付き合った左之助くんは、この会社で1位2位を争うプレイボーイだった。
そんな左之助くんに惹かれるのも、彼女になることも、それはすごく簡単で。今こうして彼から抜け出せないでいるのが想像できないくらい、容易いことだった。

「…顔、腫れてるぜ。」

「…玄関のドアに、ぶつけたの。」

左之助くんに会うと、必ず傷が増える。
だけどこんなこと、彼と付き合っていれば日常茶飯事だ。毎度心配そうにその原因を尋ねるトシくんにする言い訳も、いい加減ネタが尽きたくらい。

「嘘はやめろ。その言い訳は、先週も聞いた。」

「じゃあエレベータに挟まれた。」

左之助くんは、かっこいい。
隣にいれば、それだけで幸せになる。

付き合い始めて数ヶ月後、そう思っているのは私だけでないことを知った。

薄々は、分かっていたつもりだった。
左之助くんみたいな人が、私みたいな平凡な女の子一筋だなんて。
噎せるくらい香る、他の女の匂い。見え見えの、嘘そして言い訳。
でも私にも、プライドってものがあるから。「私だけを見て」そう言って、彼に縋り付いたら、左之助くんの手が私の頬を叩いた。
初めて彼が私に手をあげた瞬間だった。あの時はどうして殴られたか理由を必死に探そうとしたけれど。

「ったく…女に手をあげる気が知れねぇぜ。」

「だから、挟まったって、言っているじゃない。」

トシくんは何本目かの煙草をその場に放り投げた。私はそれを、見て見ぬフリをする。

決して左之助くんは、暴力的な人ではない。
手だって繋いでくれるし、セックスではすごく気持ちよくしてくれる。
ただそんな時、一瞬だけ左之助くんの「何か」に触れてしまった時だけ、殴られる。
でもそれは仕方ない、左之助くんは人よりちょっと、そう、ほんのちょっとだけ気性が荒いところがあるだけ。
それに、琴線に触れた私がいけないから。何度殴られたか分からないけど、何度蹴られたか分からないけど、全部私がいけないのだ。

度重なる彼の暴力に、理由を見繕う力も失った。
こう思えば、万事解決する。

「お前はなんで…そうアイツにこだわる?」

そう聞いたトシくんの声が、むしろ悲痛で。
もう一本煙草を口に咥えれば、立ち込める煙の香り。

「左之助くんは……煙草、吸わないもん。」

「なんだァ?それは俺に対する嫌味か。」

「左之助くんを悪く言った罰だよ。」

正確に言えば、答えなんて分からない。
何をされても思い出す彼の顔、温もり。それは私の中で、美しい思い出として昇華する。
嫌いなんて、なれない。そして彼を悪く言う人を、許せない。

結局のところ好きで好きで、仕方ないのだ。
他の人から見れば、酷いことされているって自覚はある。だけど、そうだからといって彼から離れる気はまったくない。

「完全に……依存してんな、お前。」

「左之助くん、エッチうまいからね。」

きっと誰かさんと違って、そうつけ加えれば、トシくんは盛大に私にむかって煙をお見舞いした。

「セックスくらい、付き合ってなくてもできるだろ?」

彼に溺れる理由は、体じゃない。そんなこと分かってる。
でもこのあたりで落とし前つけておかないと、左之助くんをこんなに好きになった理由なんて永遠にループするのだ。
泣きわめいても、反論することが出来なくても、されるがままにされ続けるのも、こうやって耐えていけるのも。

「じゃあ、聞くけど。トシくんは、付き合う女の子に理由を求めるの?」

「ちげぇよ。俺が言ってるのは、もっと割り切ってアイツと付き合えってことだ。」

まるで諭すように、トシくんは言った。
でもごめんね、私にはそんな器用なことできないの。
割り切るってどういうこと?そんな一時だけの「優しさ」なんて要らない。

99回酷い仕打ちをされてもいいから、1回の愛の囁きが、私は欲しいのだ。

「きっとさ、左之助くんは寂しいんだよ。」

まるで自己完結。
左之助くんはまだどこかで、本当の愛を知らなくて、もがき苦しんでいる。
彼から与えられる痛みの中で、なんとなく見つけた、心の影。

「だからね、私が助けてあげなくちゃ、傍にいてあげなくちゃ、いけないと思うの。」

彼には「温かい愛情」が必要だから、それを与えられる人に私はなりたい。
そんな存在になれるまで、私は彼を愛し続ける自信がある。
根拠はない、だけど湧き出てくるように自信がだけが、漲る。

「...お前、いつか自滅するぞ。」

「それ、どういう意味?」

トシくんの言葉の意味を聞き返したのは、きっとこれがはじめてだったと思う。
今までお説教のように言われ続けてきたトシくんの言葉は、私も心の隅っこで感じていたことだったけれど。

「今言ったようなことが、いつか間違いなくお前を追い詰めるだろうなってことだよ。」

「そんなこと、ない...。」

「逃げ場くらい、つくっておけ。」

遮るように放たれたトシくんの声色は、左之助くんの愛の言葉とは違った優しさが含まれていた。どこか懐かしい、蘇った昔の恋愛の記憶。

(ああ、そうか...)

トシくんはきっと、私のことを好きでいてくれているんだ。
左之助くんの渦から抜け出せない私を、救い出そうとしてくれているんだ。
それはまるで、差し出されたたった一本の蜘蛛の糸のように。

その糸を掴むことも、できるけれど、私はそれを拒むだろう。

「………あれっ。」

道路を挟んで向こう側、見慣れた姿に心が高鳴った。さっき自宅で別れたはずの左之助くんが、歩いている。楽しそうな表情は、つい数時間前にまで私に向けられていたものだ。

隣にいるのは、知らない女の人。

もしかしたら、あの女の人も左之助くんに殴られるのかな。
そんなこと考えて嫉妬した私は、もはや手のつけようもない。

左之助くんをみるトシくんが、むしろ彼女みたい。すっごい恨めしそうに、そして理解できないって顔。
そしてそんな左之助くんに焦がれている私にも、半ば諦めの視線。

「……逃げ場くらいなら、なってやるけど、どうする。」

「……逃げ場なんて、ないよ。」






差し出されたトシくんの腕をすり抜けて、私は道路の反対側へと飛び出した。







罪の向こう 銀の幕
(狂ったように、あなたが好き)










fin.






みや様

みやちゃーん!この度は、25000Hitキリリクありがとうございました。「原田に酷くされても別れられないヒロインちゃんに土方が優しくする」とのことで……あれっ、これは土方夢にはいっちゃうのかなっ……?!ごごごごめんなさい……!!
お気に召していただけたでしょうか?お持ち帰り苦情返品は、みや様だけでお願いします。この度はありがとうございました!
ありす






















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