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 いま、さよならを告げよう1

「てめえなあ……、一体何時だと思ってやがる」

心底うんざりした口調で、そう言って。
隣のスツールに腰を下ろした貴方は、正真正銘の馬鹿だと思うんだ。


初老のマスターと、私。
他には誰もいない、午前三時の寂れたバー。
LINEで一つメッセージを送っただけで、息を切らしてやって来た貴方。

「何時だろうね。さっき充電切れちゃって」

真っ黒になったスマホの液晶を曲げた指の背で叩けば、大きな溜息が返ってきた。
それは、呆れているわけでも怒っているわけでもなく、安心したのだと。
知っていて利用する私も、大概馬鹿なのかもしれない。

「………で?」

初老のマスターは慣れたもので、貴方の前に烏龍茶の入ったグラスを置いた。
このバーでそんなものを飲むのは、きっと貴方だけだと思う。

「ん?」
「ん、じゃねえよ。俺をこんな時間に呼び出しておいて」

別に呼び出したつもりはない。
ただ、またやっちゃった、と送っただけ。

「……まあ、聞くまでもねえか」
「だったら聞かないでくれないかな」

この関係が始まってから、一体どのくらいの月日が経っただろうか。
頻度でいえば、月に一度くらいだと思う。

「今度はどんな男だったんだ」

別に、これといって特別な感情があったわけではなかった。
ちょっとお世話になったことのある先輩で、告白してきたから軽い気持ちで頷いた。
いつものことだ。
そんな、相変わらず適当な付き合い方をしたものだから、当然上手くいくはずもなく。

「クリスマスにね、私が友達と予定を入れたのが気に入らなかったらしくて」

馬鹿げた喧嘩である。
大体、クリスマスは恋人と過ごすものだなんて、一体誰が決めたのか。
残念ながら私にそんな可愛げはないというのに。

「喧嘩して、面倒くさくなってきたから彼氏の家を飛び出して適当にほっつき歩いてたら、なんか声掛けられてね、」

隣で黙って聞いている貴方が、いまどんな顔をしているのか。
見なくても分かってる。
さっきから引っ切りなしに煙草を吸い続けている理由だって、知っている。

「全然知らない人だったんだけど、流れで一緒に飲むことになって」

気が付いたらラブホにいたんだよね、と。
そう説明したら、貴方は盛大な舌打ちをお見舞いしてくれた。

「それで、えっとね、……名前忘れちゃったんだけど、その人がシャワー浴びてる間に逃げてみた。あんまり上手くなかったし」


人はこれを、不謹慎だと言うのかもしれない、なんて。
そんなつまらないことを考えていたのは、もうずっと前のことだ。
今の私には生憎と罪悪感なんてないし、恋人以外とはセックスをしないなんて少女漫画みたいなことも思わない。
やっちゃった、なんて言ってはみるけれど、実際に後悔しているわけでもない。
かといって、楽しんでいるわけでもない。
いつの間にかこんなやり方が、普通になってしまった。

自分で言うのもあれだけれど、それなりに可愛い顔立ちをしている。
外見にコンプレックスを抱いたことはない。
性格は多少捻くれてるかもしれないけれど、黙っていれば男は勝手に近付いてくる。
だから男に困ったこともない。

恋愛を馬鹿にしているつもりはない。
好きだ惚れた愛してる。
嘘くさい言葉を並べ立ててイチャコラするのが楽しいなら、別にやればいいと思う。
ただ、私には向いていない。
それだけのことだ。


「………で?」

セックスは、嫌いじゃないけれど。
上手くない男とするのは好きじゃない。

「んーー、ねえ。女らしくないだの可愛げがないだの、散々好き勝手言われてさ。いや別に、分かってるからいいんだけどね。で、つまんない男の下手なセックスに付き合ってさ。ひどい一日だったなあって思って美味しいお酒飲みに来たんだけど、一人で自棄酒もあれでしょ」

もう、何度繰り返しただろうか。
告白されて付き合って、飽きて別れて、適当な男とセックスをして、その中からまた彼氏が出来て、そして喧嘩して、また誰かと遊んで。
その度に、このバーで貴方と肩を並べる。

「お前は本当に学習しねえなあ、」

その言葉を、私はそっくりそのまま貴方に返してあげたいと思うんだ。




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