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 The song of Life-生命の奇跡-

ついに迎えた、クリスマスイブ。
街中のイルミネーションは最高潮にその輝きを放ち、それぞれが大切な人と肩を並べて笑い合っている。

だけど、私は一人。
今日までに、歳三くんの記憶は戻らなかった。
いや正しくは、私についての記憶が、戻らなかった。

一年前のこの日、この光り輝くクリスマスツリーの前で私はプロポーズを受けた。
これからの人生を、歳三くんと歩めるはずだったのに。それはまるで桜の花びらのように、ひらひらと舞い散った。

事故で私に関する記憶だけを失った歳三くんは、今頃どうしているのかよく知らない。
固く口止めをお願いした歳三くんの部下の人たちや、何度かお会いした歳三くんのご家族とも一切会っていない。
多分彼らなりの気遣いなのだと思う。

あれから歳三くんとの思い出の地をたくさん巡った。
初デートをしたところ、未来について語り合ったところ、初めて歳三くんの肌の温もりをかんじたところ。
きちんとお別れができるように、そして記憶を取り戻してくれるように、願いを込めて。

「やっぱり……だめだったかぁ。」

涙で、目の前のキレイな灯りが全て滲んで見える。
今まで歳三くんが占めていたところは、どうすればいいだろうか。それより歳三くん以外の男の人と付き合えるのだろうか。

「もう少し……もう少しだけ、いいよね。」

カップルが丁度、ベンチを立った。
クリスマスツリーを右斜めから眺められる絶好の位置だ。
確かツリーの消灯は、23時だった。それまで、それまでは待ち続けたい。多分バチは当たらないだろう。

思えばあの事故がなかったから、今年はこのツリーをどう見ていたのだろうか。
もしかしたら、お腹に新しい命が宿っていたのかもしれない。
こんな家庭にしたいね、いつの日か語り合ったように、歳三くんと未来を見据えていたのだろうか。

時計が動く度に、ため息が零れる。
自分の意思でここに居るはずなのに、この時間がとてつもなく辛い。
いっそ早く、23時になればいいのに。とさえ思った。

「好きだよ……歳三くん。」

多分、十字架を一生背負い続けるのは私の方なのだろう。
歳三くんに仕返しするつもりだったけど、どうやら単なる言い訳のようだった。

「一生……好き。」

彼への想いが溢れたと同時に、堪えていた涙も一緒に溢れた。
とにかく下を向いて、必死に言い聞かせた。

歳三くんと、この先の人生は交わっていなかった。
これはお互いがより良い人生を歩むための、試練だって。間違った方向で幸せになろうとした、私に対する罰だって。

「そんなの、無理だよぉ……!」

去年のクリスマスイブと、同じワンピース。
嬉し涙と悲し涙を両方吸い込んだこのワンピースに、今年は悲し涙を重ねる。

目が乾いた頃、顔をようやく上げることができた。
辺りは閑散として、まるで嵐が過ぎ去ったあとのようだ。

どれだけ泣いていたのだろうか。
時刻はあと1分で、タイムリミットというところまできていた。

「……メリークリスマス……歳三くん。」

届かない言葉を、ひとつ。
視界の端で煌めいていた、イルミネーションが一斉に消えた。
だけどそれは、思わぬ方向へ私を導いた。

「と、しぞう………くん……?」

ツリーを挟んで反対側のベンチに座る、見覚えのある姿。
紛れもなく、それは私の大好きな歳三くんだった。

「うっそ…、幻覚?」

目を擦りながら、彼の方へ走る。
幻覚じゃないかもしれない、そう思ったのは歳三くんもこちらに気付きそして、意思を持って私の方へ走ってきたからだ。

歳三くんの少し手前で、速度を緩める。
ゆっくり近付いていけば、歳三くんが久しぶりに私の名を呟いた。

「思い……出してくれた、の?」

吐いた息は、歳三くんの顔が見えなくなるくらい白かった。だから一瞬、歳三くんがどんな表情をしているか分からなかったけど。格別記憶が戻ったようには見えなかった。

「…すまねぇ、正直お前のことはまだ思い出せてない……。」

くしゃり、と歳三くんが髪をかきあげる。
どんな表情を私に向けていいか、分からないようだった。

「じゃ、あ…どうして…?」

きっと歳三くんは、十分自分を責めたはずだ。だから私はそれ以上、歳三くんを責めないことにした。
その代わり、それでもこの場所に歳三くんが現れた理由を知りたかった。

「一年前目が覚めて、お前を一瞬だけ見た。お前に対する記憶だけないってのに気付いたのは、正確に言えばあれから数日経った頃だったと思う。」

あまりにも記憶が欠落し過ぎて、記憶喪失していたことすら歳三くんには判別できなかった。おそらくきっと、私という存在があったことを知り、そして初めて、自分の状況を理解した。

「ただ、目覚めてお前を見たあの一瞬で、ありすが他の女とは違うと……特別な女だってことが、頭から離れなかった。」

「……うそ。」

「嘘、じゃねぇ。確かに周りも信じてくれなかったけどよ、あれから必死んなってお前を探した。もう一度会いたい、その一心で…な。」

周りの人たちの判断は正しいと思う。
歳三くんがもう一度会いたいと言ったところで、記憶が無いままでは私を傷付けるだけで終わるかもしれないからだ。
きっと歳三くんも、彼らの意図は理解している。だけど、それでも、こうして私を見つけ出そうとした。

「よく分からねぇが…クリスマスイブに、この場所に来ればお前に会える。そんな気がして、賭けてみることにした。」

「……間違ってないけど、どうせ誰かから聞いたんでしょ…?!」

歳三くんは、優しいから。
私を傷付けないようにしてくれているだけだ。そんな事の為に、「大切な女性」なんて言われてもバカにされている気しかしない。

「きっと、大切だと思っていた、の間違いだよ。本当に大切なら……そんな人の記憶だけ無くさないもん。」

歳三くんが伸ばした手を、拒んだ。
久しぶりに触れた歳三くんの手。すっごく冷たくて、思わず温めたくなる衝動に駆られる。
私が拒んだ手を、歳三くんは握り締めた。

「....そうかも、しんねぇな。」

明かりの消えたクリスマスツリーの前には、もう私たちしかいない。
冷たい空気だけが、二人を包んでいた。

このまま歳三くんと会うことなくお別れできたらよかった、とさえ思う。
結局のところ歳三くんの記憶は戻っていなくて、それでも尚私のことが「大切」だと気付いたと?

「...じゃあ、単刀直入に言う。俺は、もう一度ありすと一緒になりたい。」

「っ....。」

「そう思われても仕方ないか...だよなぁ。お前だけを忘れた罰だろうな、逆の立場だったら俺も、おんなじこと言うと思うぜ。」

でも、歳三くんはそう付け加えた。

「もし本当に俺が嘘を言っていると思ったら、気の済むまで俺を好きにしていい。殴り倒してくれても構わない。だから、どうか、俺のわがままに付き合ってくれねぇか。」

歳三くんが目覚めて、記憶を失っていることを知ってから約1年。
彼との思い出の場所を訪れるたびに、「歳三くんと一緒にいれたらいいな」って思ってた。
私を受け止めてくれる、未来を与えてくれる、温もりを与えてくれる。そんな男の人は、歳三くんしかいない。
「歳三くん」が隣にいればいい、私を求めてくれる歳三くんがいれば、それだけで私は幸せになれる。

今、目の前にそう思ってくれている歳三くんがいる。
すぐそこで手を伸ばしてくれている。
ならば私は何を拒むというのか。

「記憶は確かに失った。だが、お前を守りたいって気持ちだけは失くしてねぇ。」

なくした思い出は、またつくればいい。
空白の1年間は、来年から埋めていけばいい。
実現しなかった約束は、今から果たしていけばいい。

でもそれは、歳三くんがいなければ、できないことだから。


消えたはずのクリスマスツリーがもう一度、その輝きを放った。
柔らかな光が、私たちを祝福するかのように包み込む。まるで星屑が空からこぼれ落ちてくるかのように、光の欠片が舞い降りる。

とたんに照らし出される、歳三くんの姿。
去年となんにも変わっていない、その笑顔。
愛を捧げる人がいて、愛を捧げてくれる人がいる。
それだけで十分奇跡なのに。
記憶を失ってもなお、私を愛してくれている。まだこの人は、更なる奇跡を起こそうとでもいうのだろうか。

それなら、私もそれに応えてもいいのではないか。
いや今ここで、歳三くんの奇跡を握りつぶしてはいけない。

「.....もしもの時は、覚悟してなさいよ.....!」

軸足でくるり、と彼の方を向けば、1年前の続きがまるで再生されたかのよう。

「ああ、わかってるよ。」

もう一度差し出された歳三君の手を、今度はかたく取った。
強く絡められた指、そしてそのまま強く体を引き寄せられる。
大きな体、あんな事故にも負けず耐え抜いてくれた体。

「生きていてくれて、ありがとうっ....。」

その心臓が動いている限り、何度でもやり直せる。
なくしたものは、また取り戻せばいい。

「俺はこれからもお前を傷つける。それでも、それでも....俺と一緒にいてくれるか。」

「それで構わない。そばにいてくれるなら、それでいいから....!」

その先の言葉は、歳三くんの唇に飲み込まれた。
空白の時がなかったかのように、でもその空白を埋めるような、優しい口付け。
私は背伸びして、歳三くんの頭に手を回した。歳三くんも私の体をしっかりと抱いて、自分の方へ引き寄せる。
端から端まで互いの体温を感じあった。時々離れた唇の間を、輝きに照らされ銀色に光る細い糸が伝う。

ひとつ、見つめあった。
歳三くんの胸にそっと引き寄せられる。







「ありす、どうか俺と結婚してくれ。」





二度目のプロポーズに、私は強く頷いた。



end




The song of Life


それはクリスマスイブにおこった
ひとつの別れと、ひとつの奇跡

…and merry christmas















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