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ワタルと遺伝子レベルで惹かれ逢う恋


(ムラムラする…)

生理前特有の興奮状態、しかも恋人は急な仕事で不在ときた。ハーブティーでリラックスして早いうちに眠ってしまおうと潜り込んだベッド。ワタルさんの身体に合わせた大きな寝台に一人で眠るのは寂しい、忘れようと枕に顔を埋めてすぐに後悔した。

(ワタルさんの匂い、)

いつもそこで眠っている人の香りがする。仕事の関係上、ワタルさんは香り付きのボディーソープや柔軟剤を使うことを避けている。だけれど、人間には体臭というものが存在して。人工的な香りではない、ワタルさんのお日様みたいな香りに眩暈がする。

(匂いで相性がわかるんだっけ、確か…HLA遺伝子?)

相手の匂いを好ましく思うのなら、そのパートナーとは遺伝子レベルで相性が良いという。無意識に自分と相性の良い配偶者を選び、相手の強い遺伝子を求めた結果だとか…なんとか。

(…う、なんか 変な気分…)

身体の…特にその、お腹の辺りが疼く。紛らわそうと布団に顔を埋めると、ワタルさんの匂いがもっとしてぶるりと背筋が震えた。無意識に足をすり合わせてしまう、衣服と擦れる感覚さえ気持ちいいような。…ワタルさんが、触ってくれる夜を思い出して、

(_____ダメだ!!)

がばりと起き上がる、…このままではダメだ。そんな、こ、ここ、恋人のベッドで、相手が不在なのにじ、自分を慰めるとか…なんかダメだ。

乱れたベッドをさっと整えて、彼の寝室を出る。空いている客間があるので、今夜はそちらを使うようにしよう。久しぶりに箪笥から出した布団はワタルさんのベッドに比べて冷たいような気がする。でもお陰で身体にあった妙な火照りが冷めた、ほどなくして訪れる眠気に従ってわたしは夢の中へと沈んだ。





フィールドワークをしていれば、寝袋もなしで夜を過ごすことだってある。実家が布団文化であったこともあり、セキエイ高原の端に購入した自宅では専ら布団生活であった。中にはベッドでないと眠れない人間もいるそうだが、洞窟の中で剥き出しの地肌の上に座って眠ることを思えば屋根があるだけで上等と言えた。

そんなワタルも今やすっかりベッド生活である。きっかけは恋人となった女性の存在で、初めて自宅に連れ込んだ時に「おばあちゃんの家みたい」と。ミシャは無邪気に笑っていたが、なんとなくワタルはそのことを忘れられなかった。

喉に小骨が引っかかっているような違和感。その正体が意固地な矜持であると解っていたので、ワタルは口を噤むことにした。だけどその後すぐにベッドを買ってしまったので、いくら鈍いミシャでももしかしたら感づいているかもしれない。

まあとにかく、ベッドの使用感には概ね満足している。一人ではどうということはないが、恋人と眠る時。殊、セックスにおいてはベッドの方が色々と都合が良い。ミシャとワタルが少し体格に差があることもあり、色々と要り様になるのだ。


(ミシャは…いるな、)

急な仕事の帰り、深夜に戻った自宅の玄関には小さなミュールがぽつんと揃えられていた。何かと荒事に巻き込まれることが多いため、ワタルの靴はどれもキズだらけだ。その中にある小奇麗な靴は酷く浮いている、だがワタルを穏やかな気持ちにしてくれるのも事実で。

自然と笑っている自分に気づき、慌てて口元を隠す。カイリューを先にボールに戻しておいて良かった、きっと彼は揶揄うだろうから。

彼女が居ると思うと、自然と足が速くなった。土と泥塗れになったためリーグのシャワーを借りてきてのが良かった、お陰であとは着替えてしまえばすぐにベッドに入れる。そうして寝支度をするために入った居間や洗面所、そこにふとミシャの存在を感じて下腹辺りが疼いた。

(いや… 流石に寝ているだろう)

ここの所は多忙が続き、ワタルの帰宅時間が中々ミシャと合わなかった。今日はそれでも予定が着きそうだったので、一緒に食事をして話をして…そうして、彼女が拒まなければ熱を交わしたいと。

仕事中は私情を挟まないようにしているため忘れていたが、こうして自分のテリトリーに戻ると思い出してしまう。それに際限が上手く利かない、コレに関しては何かにつけてワタルを甘やかそうとするミシャにも原因がある。

ワタルはミシャさえ頷いてくれるなら、このあと気が済むまで交じり合って、互いの境目がわからなくなるほど蕩けてしまいたい。だがそれはミシャの睡眠時間を削ることになるし、元々内勤中心のミシャは体力がない。予め誘いを入れていたわけでもいないのなら自粛すべきだ。

すわ導火線に火が着きかけている欲を収めるように、冷たい水で顔を洗って呼吸を整える。自分で慰めることも考えたが、できれば滾る熱はすべてミシャに呑み込んで欲しい。早いうちに次の予定がつきそうか、頭の中でスケジュールを思い出しながらワタルは寝室に入った。

(____、)

ふと、違和感を覚えた。___彼女の甘い香りがしない、
遠目から見てもベッドに誰もいないことが解る。ひとつひとつ思い出す。玄関に靴はあった、出かけているわけではない。触れたシーツは冷たく、寝て起きてここから移動したということも考え難い。

いつもミシャが好んで使っている色の薄いカバーの枕、顔を近づけてみればそこにミシャの香りが残っているのが解る。…少なくとも一度はベッドに入っている、その後移動したのか。

(我ながら、ガーディみたいだな)

ひとまず枕を置いて寝室を出た、この家で布団がある部屋は他にひとつしかない。
音を立てないように客間に移動すると、案の定。閉まっている襖の向こうから甘い香りがした、

中に入れば、小さく盛り上がった布団が見える。穏やかに眠るミシャの姿に、ざわついていた胸の内が鎮まるのがわかった。いなくなったわけではなかった、

(どうしてまた客間に、なにかあったのか)

それは彼女の口から聞くまで解らないが、同じ家に居て別れて寝るつもりなど更々ないわけで。眠る恋人の髪に指を絡めながら、彼女をベッドに連れて戻ろうか考える。…だがまあ、偶には布団で眠るのも良いかもしれない。ワタルはミシャを起こさないように、そっと掛け布団を捲った。

「ン…」
「…狭いな、」

一人用の布団だから当然か。足がどうやっても布団からはみ出るが、それほど気にならない。ミシャの頭を少しだけ持ち上げて、ワタルは自分の腕を忍ばせた。そうすると枕が固くなったことに気づいたミシャが、もぞもぞと動いてワタルの身体へとすり寄ってくる。肩近くの比較的柔らかい場所が落ち着いたのか、そこに数かい頭を擦りつけると再びすうと寝息を立て始めた。

大人しく腕の中に入ってくれた恋人の額にキスをして、ワタルもミシャの身体を抱きしめる。自分とは違う、甘い…花のような柔らかい香りが、胸いっぱいに広がった。

(ミシャの匂い、)

自分とは真逆の世界で生きている人間の香り、本来なら交わるはずはないものなのに。
これだけが、ワタルの心を揺れ動かすのだからしょうがない。

きっと明日の朝驚いて目を覚ますであろう彼女に、どうやって経緯を聞き出すか考えながらワタルはゆっくりと目を閉じた。

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