PKMN | ナノ

Ready?


「ラァイ」

ライチュウがおかしい。
最近やたらとわたしの周りを浮遊していることが多くなった。例えばソファに座れば、いつものお気に入りのベッドではなくわたしの隣にぴたりとくっつく。そして、ニコニコしながらお腹を撫でるのだ。え、わたし太ったかな?おやつのスコーン控えた方が良い?…不思議な行動に首を傾げていたのが一週間前、そうしてその理由に思いが至ったのが…今朝のこと。

『よ う せ い』
氷塊の海に投げ入れられたような心地だった。頭が真っ白でなにも考えられない。そんなわたしを放って、ライチュウはうっとりと、わたしのお腹を撫でている。

「ラァ〜イ」

エスパーの特性か、彼はわたしよりもずっと先に…この薄いお腹の中にいるイノチに気づいていた。切り分けたパンケーキをわたしのお腹にべちゃべちゃつけていた謎行為にも納得だ、彼は自分のエサを分け与えているつもりだったのだ。…生まれてくる、自分の弟分に。

「いやいやいやいや」
「チャア?」

なごんでいる場合ではない、どうするんだコレ。とりあえず、検査キットを隠蔽しなければいけない。そしてスマホ、スマホだ。ポケラインのアプリを開いて目的のアイコンをタップする、

___ごめんなさい、急用が入ってしまって
_____今日会えそうにないです

SENDの文字をタップする。返事は思いの他早く届いた、丁度スマホを触っていたのかもしれない。返って来た「イヤだ」の文字に、ヒュッと息を呑む。

___イヤだ
_____すまない冗談だ、わかったぜ

一瞬、世界の終わりが見えた…。続きにポップしてきたメッセージに、安堵の息がこぼれる。良かった…、これで時間を稼ぐことができた。動揺を悟られたくなくて、何時ものようにスタンプを送る。ゴメンナサイとあやまるワンパチのスタンプに、リザードンのOKスタンプが返って来きたのでほっとする。…この人は変なところで、妙な鋭さを発揮するから。

(…相手は、)

浮気した覚えはないので、1人だけ。
ライン画面にポップするメッセージ、送信者に登録されているDandeの名前に眩暈がしそうだ。

ああなんてこと。調子にのったのだ、欲張ったからこんなことになった。
_____ダンデの子どもを妊娠したなんて、口が裂けても言えるはずがなかった。だってわたしはトリッパーなのだ、この世界の人間ではない。この世界の人間ではないのに、“この世界”の人間の子どもを孕むなんて____それは、神の怒りに触れる禁忌なのではないか。

「チャア!」

ライチュウが鳴いた、自慢のエスパーでくるりんと宙返りするパートナー。わたしが不安な顔をしているのが解ったのだろう、丸っこい手でヨシヨシと頭を撫でてくれる。

「ごめん、大丈夫。大丈夫だよ、まずは…えっと」
____本当に妊娠したのか、それを確かめる必要がある。

それからダンデに言う?いや、あの…それは…できない。
ダンデと恋人関係になって、5年程が経つ。現役チャンピオン時代からの付き合いで、良好な関係であると自負している。ブラックナイト事件の直後は会うことも難しかったが…バトルタワーの運営が軌道に乗った頃、彼は以前よりも頻繁に連絡をくれるようになった。

「これは提案なんだが、君さえ良ければ…今年のクリスマスは、ハロンタウンにある俺の実家で祝わないか」
____そんなことを言い始めたのは、それからだ。

「エキシビジョンマッチに招待されたんだ、招待席のチケットを用意したから君に見に来てほしい」
「母に呼ばれて、来週ウールーの毛刈りを手伝うことになったんだが君もどうだ? 牧場に興味があると言っていただろう、俺が案内するぜ」

「そろそろ君との関係をオープンにしても良いと思うんだが…」

こまるこまる、それはとても、…困る。
アレコレと理由を着けてイベント回避されるのもダンデ的に限界だったようで。セックスで蕩けている時に「公表しよう」「明日、家族に紹介させてくれ」なんて言って、言質を取ろうとするから怖い。あまりにしつこいので、暫く夜の営みを拒否した。ダンデはぎゅうと眉を寄せてこわい顔をしていたが、生憎とダンデの手持ちもわたしの見方である。いつもポフィン作ってあげているもんね、買収したもんね。

「…せめて理由を聞かせてくれ」
____わたしが、異世界の人間だからなんて。言えるはずもなかった。

情けなく泣いてしまったわたしを、ダンデは大慌てで慰めてくれた。リザードンも手と翼をワタワタさせて慌てた。「ミシャはシャイが過ぎるぜ…」わたしを抱きしめたダンデが、ぐったりとした声で呟いた。…どうやら、わたしがシャイだから断られていると思っているらしい。都合が良い勘違いだった、ジョウト出身で良かった。

それから暫く、この話題はタブーとなっていたが。よもやこんな方向性で事態が急変するとは思ってもいなかった。…ダンデに言えば、きっと大喜びするだろう。わたしを抱きしめてクルクル回るに違いない、リザードンに乗って一瞬でハロンタウンに飛んでダンデの家族にカミングアウトされるだろう。やることなすことオーバーな彼のこと、その日の内に号外でダンデ内縁の妻・第一子懐妊特集が組まれることは目に見えている。

ぶるり。
背筋が震えた、こわ。こわい…ぜったいそうなる未来が見えるのが、もうこわい。

「に、にげなきゃ…」
「ライ!?」

ミシャ は こんらん している !
ふらりとゴーストのように立ち上がったわたし、隣で驚いたライチュウがクッキーを落としていた。





ピコンッ
画面にポップしたゴメンナサイとあやまるワンパチのスタンプ、それを見ているダンデの頭に生えた双葉がひょこんと揺れた。

とりあえず、違和感がない程度の間を開けてリザードンのOKスタンプが返した。思うのは、画面の向こうで会話している恋人のこと、きっとほっとしているに違いない。端末をテーブルに放って、ダンデはゆるりとチェアに背を預けた。タワーのチェアとは違いキャスターもリクライニングも着いていないので、足で少しだけチェアを傾ける。ガラス張り天井から差し込む太陽がまぶしくて、ダンデは少しだけ目を眇めた。

「ウソだな」
「へぇ、なにが?」
「恋人からのラインだ」

あまりに何気なくカミングアウトされたため、一瞬ソニアはその話題を正しく理解することができず「へぇ恋人いたんだ」と天気の話をするように返してしまった。しかし抱えていた資料をテーブルに置くと、じわじわと違和感が込み上げてくる。いやいやいやちょっと待て、今この幼馴染はなんて言った。

「こ こここ 恋人!?」
「おっと」
「ダンデくん 恋人いたのぉ!!?」

ソニアが思い切りテーブルに両腕を突きたてたので、ティーカップが一瞬浮かび上がった。それを苦も無くキャッチしたダンデは、二日ばかりの徹夜疲れなどふっとんだ様子の幼馴染に「ああ」と何でもないというように返す。

「驚くことでもないぜ、君だっているだろ」
「エッ!? ま、まあねぇ… そりゃあ、いるけど。わたしとダンデくんじゃ違うでしょ」
「なにがだ」
「なんていうか、その そう、注目度! 話題性よ!」

指を突きつてくるソニアに、ダンデは分かりやすく嫌な顔をした。幼馴染相手だからこそ見せる、わかりやすい感情が乗ったそれである。かちゃんと、ティーカップをソーサーに戻しながらぼそりとダンデは返事をした。

「なんかその言い方イヤだぜ」
「それはしょうがないでしょう、だって前はチャンピオン、いまはガラルリーグ代表なんだから。諦めなさい」
「はあ」

溜息と一緒に、紅茶と一緒に出してもらったマフィンを手にする。適当に二つに割って口に放り込んでも、ここではマナーがどうと叱る人はいない。研究所の主たるマグノリア博士が居れば話は別だが、いまは生憎留守にしていた。だから代わりに孫のソニアが対応し、こうしてダンデが欲しかった資料をかき集めてくれている。

「で。いつからよ」
「なにがだ」
「しらばっくれない、恋人よ。いつから付き合ってるの」
「5年と4ケ月24日、…ちょうど4時間37分前からだ」

「… フーン」

この時点で、ソニアはすこしばかり違和感を覚えた。いや、目の前でもそもそマフィンを食べている男が、色々と規格外なのは10年も前から解っていること。いまさら言及するまでもない、とお気に入りのワンパチマグカップを傾ける。

「どこで知り合ったの?」
「ガラル」
「どんな子?」
「ノーコメント」
「ダンデくんの恋人ってことは、やっぱ強いトレーナーなの?」
「ノーコメント」

コノヤロウ。まったく答える気のない回答に怒りで拳が震えかかったが、ぐっと収めて会話を続ける。

「5年前ってチャンピオン時代からじゃない、いままで良くパパラッチにバレなかったわね」
「彼女はシャイなんだ、俺も邪魔されたくなかった」
「蜜月を? まあ、わからないでもないかな。アイツらしつこそうだし」
「…それを、いま少し後悔しているところだぜ」
「ほう」
「さっさと外堀を埋めてしまえば良かった」

最後のマフィンを口に放り、ぺろりと指に着いたカスを舐めとるダンデ。その様子が酷く燻っているように見えて、ふむとソニアは考える。ダンデのこういう顔を見るのはポケモンに関すること以外では珍しい。諸々あって面倒を極めたタワー建設とリーグ委員長引継の時だって、最初から最後まで卒ない笑顔で熟してみせたダンデ。その彼が、次の手を打ちかねている。

「てことは、おばさんにも紹介してないんだ」
「ああ」

ローズさんにも?、続こうとした質問は少し野暮な気がしたので引っ込めた。

「ほんっとうにクローズドなんだ。 うーん…、スクープにして欲しいなら、わたしがパパラッチに情報売ってきてあげようか?」
「それでどうにかなる問題なら、とっくに売ってるぜ」
「だよねぇ〜 ダンデくんてばそういう決断と行動力に関しては伝説のポケモン並だし。 ___そういえば、最初ウソがどうかって言っていたけど。…そんな恋人が可愛いなら、ウソのひとつやふたつ許してあげちゃう?」

女のウソはルージュのようなもの、自分を魅力的にするためのエッセンスのひとつだとソニアは思う。だがダンデが求めているのはそういった返しではないだろう。それに、ソニア自身ダンデとまだ見ぬ彼の恋人の関係性をもう少し深堀したいところだ。どこか潔癖なきらいのあるこの幼馴染がなんと答えるのか、疼く知的好奇心を抑えてちらりと端目で様子を伺う。

「いや、これはそういう類のウソじゃない」
「おお断言するか。なに、確信でもあるわけ?」
「彼女のウソはなんだって解かるさ」

まったくもって要領の得ない答えであった。…別にそういう、エスパーポケモンみたいな答えが聞きたかったわけじゃないのだが。みょんみょんとダンデの頭の双葉がレーダーのように動いているような気がするが視なかったことにして、話を続けた。

「じゃあ、どういうウソだったの」
「変な方向に考えを暴走させているが自覚がなくそれをこちらに悟らせないようとしている類のウソだ」
「え、具体的すぎない、こっわ…」

普通に引いた。幼馴染でなかったら警察に通報しているレベルである。

「…やはり、一度彼女のフラットに寄った方が良さそうだ」
「あー…良くわかんないけどそうしたら? あ、じゃあこの資料は」
「スタッフを手配する。悪いが、彼らに渡してくれ」
「オッケー」

テーブルに放っていたブルゾンを羽織り、さっさと出ていこうとするダンデの背を慣れた様子でソニアは見送った。だが、はたと思い出したことがあり、少し大きな声で彼を呼び止めた。

「恋人のこと! 何か必要そうなら手伝うけど、どうする」
「いや、いい。変なことを話して悪かった、忘れてくれ」
「別にわたしは良いけど、困ってるんじゃないの」

「……できる限り、優しくしてやりたいんだ」

解るだろう。と、言い残してダンデは研究所を後にした。相変わらず嵐のような幼馴染だ、クッキーを1枚口の放りこみながらソニアは思う。

(まあ、いつものダンデくんの調子で行ったら、ね)
_____だてに長く幼馴染をしているわけではない。

子どもの時から一緒にいて、なにかと吊るんできた二人だから解る。田舎の子どもたちがする悪巧みほど、無垢で悪辣なものもない。ソニアは頭が良かったし、ダンデは運動神経に優れていた。おまけに気の合う2人が組めばどうなるのかはお察しの通りだ。いまだに互いしか知らない秘密事も沢山ある、宝の地図は頭の中に。ヒミツはすべて小さな宝箱に詰めてあの田舎街に置いてきた、そうして2人は大人になることを選んだ。

そこに今更ひとつ増えたところでどうということはない、それはダンデも同じだろう。だがそうしないということは、つまり…。そういうことなのだろう。

「いやあ〜、まさかあのダンデくんがねぇ」

本人が居なくなって気が緩んでしまう。思い出したようににんまりと顔が笑った。優しくしたい、そうだろうとも。そうしないと小さくてか弱いポケモンは逃げてしまうから、

いまダンデは生来の大きな翼と牙を一生懸命隠して、かわいらしい彼女に無害を装っているのだ。それも5年も、彼にしては耐えている方だろう。そのあたりはローズ元委員長の仕込みだろうか。

だが上手くやり過ぎた。
もうダンデは我慢できない、それを彼女も薄っすら感じているのだ。だから、“彼女はなんらかのウソをついた”___のだろうと、ソニアは推測する。まあ、その嘘もダンデにはお見通しであったようだが。

「力加減間違えて、かわゆい恋人を食べちゃわなきゃいいけど」

なにせ、恋人と付き合った日を分単位で数えているような男なのだ。可愛すぎて、気付けば食べてしまっていたとダンデが言っても、驚きはしないだろう。

そんなことを考えながらにしにし笑って、くいとマグカップを煽ったのと。後ろでバタバタと何かが落ちる音がしたのは同時だと思う。驚いて振り向けば、そこには床に尻もちをついて手に持っていたファイルをバラまいているホップがいた。兄と同じ色をした目が動揺に揺れているのを見て、ソニアは背筋がひゅっと冷たくなるのを感じた。

「ほ、ほほほ ホップ、いつ からそこに…」
「さ っき、ソニアなんか話してるみたいだったからお客さんいるのかと思って…」
「そう、あ、アハー 気づかなかった、ごめんね!」
「兄貴に、恋人って」

あ。こりゃダメだ、バレてーら。
諦めてあはは〜と空笑いするソニアを、ホップはしばらくの間呆然と見ていた。だが数秒後、導火線の火が着いた爆弾のように飛び上がって「ど どどど どんな人なんだぞ!!」とソニアに詰め寄ることになる。

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