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ノボリさんが戻って来た世界でみんなで生きる


「驚きました」
「はい」
「わたくしもですが、何時の間にクダリはあのように歳を」
「10年以上経っていますもの」
「はあ… それで、このわたくしとクダリによく似たベビーポケモンたちはなんですか?」
「あなたの甥っ子たちです」

「おじさん!」
「パパそっくりだネ!」
「パパより老けてます」
「ねむ…」

「シャーン デラシャアアアアーーーーーーン!!!!!」

シャンデラ泣いてる〜。と、子どもたちがケラケラ笑う。
シャンデラに抱きしめられているノボリさんは成すがままと言った様子だ。わいのわいのと騒がしくしたため看護婦さんに怒られてしまい、慌てて皆を連れて下がろうとしたわたしをノボリさんが「かまいません」と制した。彼が口元に指を宛てて静かに話しましょうというと、子どもたちはそのポーズを真似て「シー」と笑った。

子どもとは凄いものだ、初めて会ったというのにまるでずっと一緒にいたようにノボリさんに懐いている。目まぐるしくノボリさん構う四つ子だが、ノボリさんはその一つひとつに丁寧に答えている。その様子は、クダリさんが乗車するお客さんを相手にするときと同じで、なんだか笑ってしまった。どっちが似たのか、なんて聞くだけ野暮な話だろう。

「ありがとうございます、ミシャさん」

ノボリさんの上でぐっすり眠ってしまった子どもたちに、シャンデラがタオルケットをかけてくれる。彼に暖かいお茶を淹れていたわたしは、突然の言葉にすぐに反応することができなかった。

「あなたのおかげで、クダリは良き人生を歩めたようですね」
「…大袈裟ですよ」
「いいえ」

その言葉はやけに強く、そして優しい声をしていた。

「きっとクダリは、…クダリだけであったら。その人生の全てを、わたくしを探すことだけに費やしたでしょう」

ノボリさんは、シンオウ地方の奥深く…雪の深い場所で見つかったそうだ。目覚めてすぐは記憶が混濁して、自分のことすら分かっていなかったらしい。だが彼が纏っていた制服が何よりの身分証明となった、イッシュ地方のバトルサブウェイ…その聖地において、マスターの称号を持つもののみが纏うことができる制服。現地警察と相談し、可能性を考慮してクダリさんに電話がかかって来たのが先日のこと。

その後、起き上がることができるまでに回復したノボリさんは、クダリさんと電話通話を経て少しずつ記憶を取り戻していった。だが、行方不明になった瞬間と…いままでどこで何をしていたのかは、未だ思い出せないまま…イッシュ地方へ戻るために、クダリさんとわたしたちが迎えに来る今日を迎えた。

「そうなっていたら、わたくしはクダリに合わせる顔がありませんでした」
「そんな、…」
「わたくしにとっては大事なことです。わたくしのために、クダリの人生が浪費されるなどあってはならない」
「クダリさんは、ノボリさんのことを大事に思っています。それは、わたしだって同じです」

どこか突き放したような物言いが嫌で、彼の言葉に被せるように返してしまった。ノボリさんは少し驚いた顔をしたが、すぐにすみませんと朗らかに笑って見せる。

「言い方が悪かったようです。そうですね…なんといえば良いか。 _____理由は思い出せませんが、何らかの事故でわたくしは言付けも残さず行方不明になった。ですがわたくしのことです、記憶はありませんがどこにいようと同じように生きたはずです」
「同じように、ですか」
「ええ、わたくしは不器用なもので。できることといえば、これくらい」

サイドテーブルに置かれたハイパーボールを手にとる。

「どこにいようと、同じようにしていたはずです。場所が変わっただとか、記憶の有無など関係ありません。それはわたくしの生き方を変える理由には足らない」
「どこにいても、ポケモンバトルをしていたと?」
「ええ、お恥ずかしながらジャンキーなものでして。…でも、わたくしとクダリは違います」

眼を瞑り、何かを思い出す様にしてノボリさんは続けた。

「クダリは優しいですから、きっとわたくしのようには生きられない。もしあなたがいなければ、ありもしないわたくしの影を追ってどこかで死んでいたかもしれません」
「そんなことは」
「ありえないと? あなたもクダリの情の深さはご存じでしょう」
「…」

「もしそうなっていたら、わたくしは今のこの場で死を選んだことでしょう」

己の死について語っているというのにノボリさんの表情はとても穏やかであった。それは現実が、予想された未来とは異なっているからだ。

クダリさんは、ノボリさんがいうような未来は辿らなかった。とても悲しんで、とても苦しんだけど。それを抱えて、自分の人生を生きることを決めた。2人で生まれて、1人になって、また…2人になって。いまは、小さな手が4つ増えた。ノボリさんと離れたクダリさんの両手は、寂しくないようにとわたしと沢山の命が繋いできた。

彼が悲しい影を追って、昏い道に戻ってしまうことがないように。

「クダリが選んだのがあなたで良かった」

でもいつだって、クダリさんはあなたのことを忘れたことはなかった。

「あなたがクダリを選んでくれて良かった、…彼の傍にいてくれて、本当にありがとうございます」

それは…わたしだって、同じだ。
頭を下げるノボリさんに、わたしは自分の心の奥深くに突き刺さったナイフが消えてくのを感じた。ずっと、ずっと罪を抱えてきました。クダリさんを愛している、愛しているからこそノボリさんを忘れて欲しかった。ノボリさんを追って、クダリさんに死んでほしくなかった。だからわたしはあの日、罪を犯した。ノボリさんからクダリさんを奪ったのだ。

ノボリさんがどこかで辛いことにあっているかもしれなくて。クダリさんは優秀な人だから、すべてを投げ打てばノボリさんを見つけられるかもしれない。その可能性を刈り取ったのはわたしだ、わたしは…“クダリさん愛おしさ”にノボリさんを殺すことを選んだ。

そんな罪の意識は、何時だってわたしの内から消えることはなかった。苦しかった、辛かった…自業自得であった。どれだけ新しい宝物が増えても、クダリさんの中にぽかんと空いている穴をノボリさん以外が埋めることはできない。その事実が垣間見える度、わたしは自らの罪を夢に見て懺悔する。

「わた、しは 」

___でも、そうでないと。彼はいう、
ありがとうと。この罪深い女を、彼はまるで救世主の様にいうのだ。一歩間違えば、己を殺していたかもしれない女に、なんておかしな人なのだろう。

「あなたに、祝福 してほしかった」
「…はい」
「結婚したら おにいさんと、呼ぼうと 決めていたんです」
「それは…、嬉しいです。わたくしずっと、妹がほしかったのですよ」

「あなたも、一緒です」

キズだらけで、しわがいっぱいになってしまったこの手を。もう2度と離さない、わたしとみんなでぎゅうと握り締めて生きていこう。

「帰りましょう、みんなの家に。 …兄さん、」

ノボリさんは少し驚いた顔をした後、わたしの手を握りしめてハイとだけ答えた。まるで根負けしたように笑うのが面白くて、わたしも泣きながら笑って確かめるように彼の手を握り返した。





それからそれから。これは、少しだけ後のおはなし。
ノボリさんはイッシュ地方に戻り、わたしたちと暮らすことになった。

地方を移動する程度なら問題ないが、まだ大事が明けたばかりなのだ。暫くは絶対安静ということで、すぐにでもバトルサブウェイ戻りそうな伯父さんが玄関から飛び出さないように、四つ子とシャンデラで鉄壁ガード中である。

ノボリさんが無事に戻ったことは、まずバトルサブウェイの古参陣に伝えられた。その日のうちに押しかけてきた職員たちは、みなノボリさんを見て滝のような涙を流した。「ボス」「ボスゥ〜!」「こないに痩せてもうて!」「ハゲてる」と、若干余計な一言が出た気もするが、まあ良いだろう。ノボリさんがショックを受けた様子で、そっと生え際を隠していたのは見えなかったフリをした。

彼の行方不明は、野生のポケモンによるテレポート事故ということで片付けられるらしい。納得していない様子だったが、兄が無事に戻って来たのだからそこが落としどころだろうとクダリさんは言う。

「僕、納得してないから」
「クダリ、それよりもあなた髪…」
「ぼく、納得、してない、から」
「あなた髪はどうして…」
「なにか思い出したら、すぐに!教えてよね!!!」
「かみ…」
(ノボリさん、髪のはなししかしてない…)

ちなみに、きちんと食事を摂って体づくりをしたら普通に髪は生えた。前髪を垂らせば別に生え際は気にならないだろう、日に日に伸びていく髪を見てほっとしているノボリさんにシャンデラがこっそり涙していた。君も苦労が絶えないねぇ。

「ノボリおじさん!」
「伯父さん、これおしえて!」
「ポケモンバトル教えてください」
「シャンデラともう一回バトルしてるとこ見たい」

ちなみに、四つ子はみんなノボリさんが大好きだ。ポケモンに関する幅広い知識と、何事も実践あるのみなノボリさんのスタンスは子どもたちに受けが良かった。クダリさんはどこか理論ありきのところがあるものね。

あとはまあリハビリを兼ねていたはずのバトルでパパを負かしたことが、彼への尊敬につながっているようだ。誰にも負けない無敗のパパしか知らなかったから、子どもたちは大層驚いた。元々シングルはノボリさんの方が強い、と聞いていたがこれ程とは…。そして意外にも、その結果に誰よりも驚いていたのはクダリさんだった。

「の、のぼ…ノボリ兄さん… 行方不明だったんだよね、…?」
「ええ」
「その間なにをして、バトルに磨きかかってない…?」

「…はて、なにをしていたのでしょうねえ」

意味深にわらうノボリさんに、クダリさんは冷汗だらだらであった。試合前に、さすがに10年ブランクの兄さんには負けないと豪語していた所為もあってショックが人一倍のようだ。

「バトルサブウェイには復職されないのですか」
「いずれは、と考えております。まあ今しばらくは休みを満喫いたします」

喜ばしいことに、やることもやりたいことも山盛りですから。
そういって、かつてのパートナーであったポケモンたちと四つ子に囲まれて笑うノボリさんは、とても満ち足りた笑みを浮かべていた。

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