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ノボリがいない世界でクダリと生きる未来


※一部アルセウスのネタバレ/捏造を含みます



サブウェイマスター、ノボリの行方不明。
その事件はライモンシティのみならず、イッシュ地方全域を揺るがした。前触れのない突如の失踪、本人の性格上自発的なもの考えることは難しく。バトルサブウェイは早期に警察に届け出を提出し、事件性が高いものとして捜査を開始した。

捜査が始まり、早くも三か月が経過しようとしている。
だが未だに、彼の人の行方は知れぬままだ。





「シャンデラ」

カーテンの向こう側をじっと見つめているポケモン、蒼い炎を揺らがせて彼女はいつも遠くを見つめている。わたしに気づいて少しだけこちらを見る。何度かその動作を繰り返し、諦めたようにするりとこちらに寄って来た。焦燥した様子で俯いている姿は見るに堪えず、そっと冷たい鉄腕に触れる。

シャンデラは鈴なりのような声で小さく鳴いた。わたしには、それが子どもの泣き声のように感じる。「もう休みましょう」と、幽体の身体を抱きしめて部屋を出た。

シャンデラは何時も、ノボリさんの部屋で彼を待ち続けた。朝も夜も、雨の日も、いつもいつも。ずっとこの部屋で主人の帰りを待ち続けている。見かねたクダリさんがシャンデラを説得し、その日からこうして朝夜にわたしが迎えに来るようになった。朝シャンデラをこの部屋に連れてきて、夜はハイパーボールの中で眠らせる。それがわたしの仕事のひとつだ。

「よろしくね」と、申し訳なさそうにクダリさんはわたしにシャンデラのハイパーボールを預けた。謝る必要がどこにあるのだろう、彼は何も悪くないのに。シャンデラだって何も悪くない。居なくなったノボリさんだって…きっと、悪くない。彼はそんな無責任な人ではないと知っている。誰も悪くないのに、どうしてクダリさんはまるで自分が悪いみたいな顔をするのか。

(今日も、遅い…)

見上げた時計は、すでに翌日へと時間を進めていた。
用意した夕飯は食べられそうにないと連絡があったので、タッパーに詰めて冷蔵庫に入れた。いつもは遅くても22時には帰宅していたが、最近はわたしが眠ったころに帰ってきている。そうして、わたしが起きるより早く出社していた。

彼はなにも言わないが、検討はつく。恐らく、周囲の反対を押し切ってノボリさんの仕事を肩代わりしているのだ。…期間限定でも良いから、代わりのサブウェイマスターを立てれば良いのに。彼は決してそこを誰にも明け渡そうとしない、まるでそこに座す主を待つ守り人のように。彼はいま、シングルとダブル両編成のサブウェイマスターを務めていた。

ダブル担当の時でさえ激務であった。それなのにシングルの支配人も務め、彼の残していったポケモンたちの世話をして、そんなの___。

(ノボリさんが帰ってくるのが早いか、)

___クダリさんが、壊れるのが早いか。
まるで死のレースゲームだ、このままで良いはずはなかった。狂い始めた歯車を無理やり合わせたところで、いずれ崩れてしまうことは目に見えている。きちんと全て整えてる必要がある、そしてそれは。決して、失った歯車を忘れることではないと、わたしは思うのだ。


「ッ __ 」

息を詰める音がした。深い眠りから目が覚める、寝返りを打てばそこにはクダリさんがいた。苦しそうな顔をしている、…ここのところ、こうして夜魘されていることが多くなった。時計を見れば、深夜の4時を示している。いつ戻って来たかは知れないが、まだそれほど眠れていないだろうに。

そんな彼を起こすことに、一抹の罪悪感を覚える。だが、…きっといまが頃合いなのだろう。わたしはクダリさんの肩に手を添えて、そっと揺らした。

「クダリさん  クダリさん、起きて」
「 ゥ、 … ミシャ?」

グレイの瞳が、揺れながらもわたしを見た。確認するようにわたしの名前を呼ぶので「はい」と答えれば、彼は安心したように少しだけ眉間の皺を解いた。

「凄い汗、イヤな夢見ていたみたいだから」
「…うん、ごめん。君まで起こして」
「それは気にしないで、わたしもね…はなしたいことが、あったの」
「…? はなしたいこと、」
「うん、クダリさんに」

「はなして良い?」と訊ねると、クダリさんのぼんやりとしていた目が徐々に開いて行った。そうして焦燥した様子でわたしの腕を掴んだ。その力が強くて驚いたが、「イヤだ」という短い言葉に続きを遮られてしまった。

「イ  イヤ、だ きみまで 僕を置いて、 」
「クダリさん?」
「ダ、 ダメだ そんな、兄さん に、ミシャ ミシャまで、いなくなったら ぼ、 僕は __!」
「わあ」

とんでもない勘違いをさせてしまっている。慌てて「違うちがう」「そういう感じの話じゃないです」と捲し立てて、彼をぎゅうを抱きしめる。クダリさんは小さく荒い呼吸を繰り返しながら、「ち、ちがう?」と尋ねてくる。いつもの彼らしくない子ども返りしたような声音に、わたしの不用意な言葉がどれほど彼を動揺させたのか知れた。

「そう違うの、そういう悪いはなし… いや、聞こえによっては悪いかもだけれど。でもね、わたしとクダリさんがどうこうっていう話じゃないの」
「ぇ …あ、ごめん 僕、もしかして早とちり した」
「うんうん でもわたしの言い方も悪かった、ごめんなさい キスしていい?」

安心したように抱きしめ返してくれるクダリさんに聞いて見る。彼は返事の代わりに自分からキスをしてくれる、薄い唇が震えていた。ごめんね、と鼻筋にキスを返す。そのまま頬と目尻に、ママが子どもの時にしてくれたような親愛のキス繰り返す。そうすると漸く落ち着いたのか、クダリさんがほうと息をついた。

「ミシャ、話聞くよ。なに?」
「…出だしが悪かったから、今度にしようか」
「いや、いま聞く。このままじゃ気になって、僕眠れないよ」

ベッドから起き上がり、座り直したクダリさんが笑いながら言う。その表情に険はない、いつも通りの彼だ。ほっとしながら、彼の腕が誘導する様に従う。彼の膝の上に座って身を預ける、さてどこから話そうか。

「わたしね、色々考えたの… ノボリさんのこと」
「…うん」
「わたしはクダリさんのことしか知らない。ノボリさんとは何回かお食事しただけだから、でも昔より今の方が彼のことを知っている気さえする。彼の部屋を掃除をするときに、色々見えてしまうから」

本や雑誌の並び、冷蔵庫の備蓄、好きな調味料、備蓄の揃え方、クレジットカードの請求書、ダイレクトメール、…感謝のお手紙、…少ない私物の中に並んだクダリやサブウェイの仲間たちとの写真。ポケモンたちの育成のためにつけられた細かな日誌。

彼はポケモンとサブウェイを愛している、そうして。双子の弟のことも誰よりも大事に思っていた。

クダリさんがわたしを紹介するために、ノボリさんを交えて初めて食事をした時。彼はクダリさんが席を外した際に、わたしに「ありがとうございます」と言った。

___「わたくしは、これからクダリとあなたが紡ぐ未来が楽しみでならないのです」

気が早いでしょうと、少しだけ照れ臭そうに笑みを浮かべた様子はクダリさんとそっくりだった。素敵な人だと思った、そういって貰えたことがとても嬉しくて。わたしたちはきっと、一瞬で家族になれたのだと思う。

ノボリさんは、弟の未来を心から喜べる人だ。そんな人だからこそ、戻ってきてくれた時にこの現状を見てどんな顔をするのか分かる。

「ノボリさんが戻って来たとき、笑顔でいられるようにしたい」

彼は、自分の為に犠牲になった弟を見ても決して喜びはしない。

「クダリさん。ノボリさんは、いまのあなたを見たらどう思うかな」
「…」
「あの人は、クダリさんとポケモン。それにサブウェイをとっても大事に思っているから、そのどれもが自分の所為でずっと悲しくて辛い思いをしていたと解れば、…多分、笑顔にはなれないと思うの」
「…そう、だろうね」
「…クダリさんの気持ちも解っているつもり、全部じゃないけれど。少しだけ、わかっている。 でも、わたし ____ ごめんなさい、わたし。 ノボリさんのためを思って壊れそうになるあなたを、黙って応援できるほどできた女じゃない」

気付いたら、言葉と一緒に涙が零れていた。ぼたぼたとおちる水たまり、それはわたしのものだけではない。クダリさんがわたしを抱きしめる、その肩が少しだけ揺れていて。ああ、彼も。彼もきっと、ずっと気づいていたのだ。気づいていても止められなかったのだ、…愛おしいからこそ。

「ご、 ごめん そう、だよね。僕も、解ってるんだ 兄さんは、こんなこと の、望んでないって。 でも、不安で 兄さんの場所に誰かが立つのも、兄さんの制服を違う誰かが着るのも まるで、兄さんが最初からいなかったみたいに、 」
「うん」
「最近誰も話さないんだ、兄さんのこと 警察もなにも、痕跡がないって どこにいるか解らないって、待つしかないって言うんだ」
「…うん」
「でも待って 僕が、のうのうと生きて 生きている間に、兄さん ひどい目にあってるかもしれない そう考えると、ただ同じことを繰り返しているだけじゃ苦しくて ハハッ ポケモンバトルしか能がないくせに、自分のポケモンたちを置いていくなんてバカだ なんで大事なもの置いてくんだよ、どうやって自分のこと守るつもりだよ いつもそう 肝心なところが抜けて、いつもいつも 僕を困らせて」
「うん」

「 _____ にい、さん っ! 」

その声は寂しくて辛い気持ちが沢山詰まっていた。
こうして話していても、きっとわたしはクダリさんが抱えている苦悩の半分も解っていないのだろう。わたしとは比べ物にならないほど長い時間を、二人は共有してきたのだ。当たり前のように、二人で生きてきたのだ。

だけど、わたしたちも生きていかなければならない。

優しくて強くて、清廉で高潔な人。
あなたが失われたことは悲しくて仕方ない。だけれど未来のあなたのためにこそ、今は少しだけ過去のあなたを忘れることを許してください。思い出だけで生きていくには、悲しすぎる。

「いつか、きっと」
__あなたに会えることを願って、わたしたちは生きていく。






それからほどなくして、わたしとクダリさんは結婚することを決めた。
沢山話を重ねた結果であった、同僚の人たちは驚きながらも祝福してくれたという。元々結婚式には興味はなかったが、必要であると思い盛大なパーティを開いた。クダリさんの両親も遠い地方から遥々イッシュ地方に赴いてくれて、自分のことの様に喜んでくれた。

…ノボリさんのこともあって、とても穏やかでいられないだろうに。それは今ばかりは忘れたというように、暖かな腕で抱きしめてくれた。だからわたしは我慢できずに、わんわん泣いてしまった。そんなわたしを、クダリさんが困ったように、わたしを慰めてくれたのを覚えている。

ノボリさんのポケモンたちは正式にクダリさんが引き継いだ。多くはそのままサブウェイのバトルポケモンとなったが、シャンデラだけは違った。彼女の気持ちを尊重し、シャンデラはわたしと一緒に日々を過ごすようになった。他にも変わったことはある、正式に新しいシングルのサブウェイマスターが任命されたのだ。

就任式で自ら「代理」と冠言葉をつけたらしい彼は、元々ノボリさんの部下であったらしい。シングルトレインのバトル専門の職員で戦績も良く、人望もある。ノボリさんと比べると声量がまだまだ足りないかなあ、とクダリさんが面白そうに笑って教えてくれた。その表情に、あのくらい陰りはもう存在していなかった。

そうしてクダリさんの仕事も落ち着きを取り戻したころ、喜ばしいことに懐妊した。これはわたしたち以上に、シャンデラの転機になった。妊娠にいち早く気づいたもシャンデラで、いつも窓の外を見ている彼女がソワソワした様子でわたしの周りをうろつくようになったのだ。お腹をじっと見ているので、クダリさんとまさかと思いながら病院に言ったらこれだ。もう本当に、ゴーストタイプって謎が多い。

産まれた子どもは、なんと四つ子。しかもみんなクダリさんとそっくりで、わたしの遺伝子どこいった状態である。初めての育児、それも四人同時という事実に絶望したのも束の間であった。

「シャンデラ、エメットはどこ!」
「シャーン」
「インゴ!トーン! また僕の制服にイタズラして、これで怒られるの何度目!?」
「シャーン シャーン」
「も、もうスクールバスきちゃう わーーー アンディ、あなたなんでまだ着替えてないの!?」

「シャーン」

シャンデラの種族値に「子守」の項目があれば、600族に違いない。
誰に似たのか自由でマイペース極まりない子どもたちを、シャンデラはいつもまとめてくれた。目を放せばすぐにいなくなるエメット、ぶそくりインゴ、イタズラ大好きトーンに、真面目なようで抜けているアンディ。みんなシャンデラのことが大好きで、お昼寝の時間も彼女がいれば愚図ることなくベッドの中に潜った。

いつしかシャンデラもそんな四つ子の勢いに負けたように、笑顔を見せてくれるようになった。それがとても嬉しくて、わたしはクダリとバレないようにこっそり泣いた。だからといって決して彼を忘れたわけではない、ノボリさんが居なくなった日は、クダリさんと一緒にずっとベランダで夜を眺める。その煌めく星の中に、愛するマスターを探すように。

____そう、いつだって世界が変わってしまうのは突然だ。
目まぐるしい世界で生きているから、わたしたちはいつだって大事なものが戻ってきたことに気づくのが遅れてしまう。



「はい、え … はい、僕は弟です。何かありましたら代わりに、…  はい、はい _______ え、」

家族分の目玉焼きを焼いていると、待ちきれないうようにエメットが足にしがみ付いてくる。既にトーンは飽きてしまったようで、シャンデラにぶら下がってトーンと一緒にきゃあきゃあと遊んでいる。インゴに配膳を手伝ってもらっていると、突然二階から大きなものが転がり落ちるような音がした。

「キャア、 な なに!?」
「なに、たのしいこと!?」
「パパが落ちました」

「ッ 、あ ミシャ、 い いま、  で、電話 」

いつも朝はぴしっとスーツを着ているクダリさんが珍しく、全身よれよれである。まるで幽霊でもみたような顔で震えているから、火を止めて慌てて近寄る。近くに寄れば、ブツブツと「信じられない」「そんな」「だって」と独り言をつぶやいているのが聞こえた。

「ど、どうしたのクダリさん だから地下鉄に籠りすぎるのは良くないっていったのよ」
「パパ、頭おかしくなったの?」
「ちが、ちがうから そうじゃないから! べつに地下鉄は大丈夫だよ、慣れてる!」

トーンに茶化されながらクダリさんが、そうじゃなくて!と声を上げる。

「電話!」
「どこから?」
「シンオウ! シンオウ警察!!」
「また遠いとこね、警察なんてどうし…… て、」

まさか。ありえない、でも。ふと、込み上げた可能性に、言葉がしぼむ。いや、そんな。え。声にならないわたしを察したのか、クダリさんが喜びを隠しきれない顔で何度も頷いて見せる。そんな、ならば早く伝えなければ。

「シャンデラ!」
「シャンデラ、シャンデラ! 兄さんが、____!」

ずっと待っていた子に、あなたの大事な人が見つかったことを。

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