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百回負けても挑み続けて欲しいダンデ(原作前日談)


「なんで、諦めてしまうんだ」

それは、消えて無くなってしまうはずの言葉だった。
差し出した俺の掌を振り払って、走り去っていくトレーナー。じんと響く痛みも忘れて、他人事のようにその背を見送ることしかできなかった。…ああ、わかる。彼はきっと、もう俺の前に現れない。

(楽しかった、のに)

彼とはジムチャレンジで出会った。
バウタウンのトレーナーで、彼が繰り出すバトル戦略は俺が思いもつかないものばかりだった。初めて見る技構成、考えたこともない特性コンボ、彼とのバトルはそのすべてが星のように輝いていた。

彼が纏うきらめきは、俺を打倒すべく費やした努力と時間の結晶。___そんな美しく尊いものを見せられて、全力を惜しむことなどありえないだろう。

だから全力でぶつかった。それが彼にできる俺の最大限の賞賛と誠意であると信じていた。バトルの中で、俺たちができるあらゆる可能性、打開策を実行した。そうして辛くも勝利してきたのに、…彼には、それが伝わらなかったのか。俺の爆ぜてしまいそうなほど高鳴った鼓動の音も、リザードンたちの感嘆咆哮も。

_____「俺たちが、どれだけ____っ」
去る間際に、かけられた言葉だけが何度も頭の中で反響している。



「諦めないでほしかったの」

何時から、そこにいたのか。
かけられた声に弾かれる様にて振り向けば、声の主は思っていたよりもずっと目線の下にいた。きょとんとした顔でこちらを見上げる少女。その表情はあどけなく、俺は咄嗟に投げようとしてしまったリザードンのモンスターボールを、慌てて背に引っ込めた。

「ア___ ああ、そうだぜ! 彼のバトルはいつも俺を驚かせてくれる、とっても刺激的でそれでいてクールだ。だから彼の挑戦は何時でも歓迎したし、俺も負けないようにと色んなことを…」
「…」
「…だけど、きっともう会えなそうだ」

___俺だって。俺たちだって、“君たち”に負けないように多くの時間を費やした。
レコードが擦り切れるほど試合記録を見返して、地方の言葉で書かれた図鑑を何冊も読んで、バトルの反省を欠かしたことは一日だってない。フリーになった時間には新しい戦法をポケモンたちと試した、相手は俺のことを事細かに研究してくるだろうから。それに応えられるように、退屈なんて一秒もさせやしない。互いの持てる力の全てを出し切って、最高のバトルができるように。

俺(いま)は、何時だって昨日の自分以上の存在でなければならないと。

バトルの中でわかり合えていると思っていた気持ちは、何時だって俺の一方通行だ。回数を重ねるほどに、新しいトレーナーと出会う度に。次こそは。今度こそはと、高鳴る気持ちを抑えきれない。勝手に期待して、勝手に裏切られて、…何かに失望したように、彼らは去っていく。

広いフィールド、熱狂冷めやらないスタジアムの中に、何時だって俺だけがひとり残されていた。
ぐつぐつと、蜷局を巻いた彼らの感情と空っぽの死体だけ積み上がっていく。その繰り返しに慣れてきてしまった頃、ぼんやりと頭の奥に掠めるようになった予感。もしかしたら何時か、俺がボールを投げる先、…そこにいつか、誰もいなくなってしまうのではないかという____ ___、

「さびしいね」

「……」
____気付くまいと噛み潰した言葉を、ころりと転がるような少女の声が音にする。

まるで心の内を読まれたような気になって、返す言葉を失う。

「でも、しょうがないよ。だってあなた強すぎるもん」
「……ハ?」
「もうちょっと手加減してあげればよかったのに、相手の子も可哀そう」

クスクス笑う少女を前に、先ほどまで真っ白になっていた思考が一瞬で黒く塗り潰される。それは一瞬で炎のように燃え盛り、頭の中の線みたいなものがブチんと切れるのを感じた。

カッと視界が赤くなる。胸の内に溜まった煮えたぎる感情を、怒鳴り散らかそうとしている自分に気づいてぐっと堪えた。___ダメだ、そういうことはいけないと。感情的になり過ぎるところを直せと、ローズ委員長に何度も注意されたじゃないか。

そうして反論しない俺に気を良くしたのか、少女は両手で口元を隠しながら哂った。

「仲間外れにされちゃっても、しーらない」

俺に、レッテルを貼る。
ガラルチャンピオンでも、ダンデ・レオーネでもない、不名誉極まりない評価を。

「ッ____!」
「わあっ」
「…ならっ、お前は寂しくない立派なトレーナーだっていうのか」

言うだけ言って、満足そうにどこかに行こうとする細い腕を掴んで、力任せに引き寄せる。今思えば、自分より背丈の小さい女の子に対する振舞いではなかったと思う。けれど、そんなことを考えられるほど、当時の俺はオトナではなかったし、余裕もなかった。

「わ、わたしトレーナーじゃないよ。自分のポケモンいないもん」
「なら、トレーナーになれ。ここからなら4番道路が近い、そこで俺が最初のポケモンの捕まえてやる」
「え、ええ…、無理だよそんな」
「無理なもんか!」

顔を口いっぱいにして意固地になる俺に、少女は…ミシャは、困ったような顔で言う。

「わたしをトレーナーにして、どうするの」
「俺とバトルしろ。この先どうなったとしても、なにがあっても、_____百回負けたとしても、俺に挑み続けるんだ。俺に勝つまで諦めることは絶対に許さない____!」







「もう一回いいか」

真剣な顔で尋ねる俺の目の前で、金色のたっぷりとした尾が悩ましく揺れる。ドレスの裾を引くような優雅な仕草は誰に似たのか、金毛の主であるキュウコンは仕方ないというように柘榴色の目を伏せて頷いた。

許可を得られたので、遠慮なく金色のふわふわの尾に顔を埋める。体躯ほどある美しい9本の尾は、どれも丁寧にブラッシングされておりシルクのような手触りだった。彼女が孕む炎の熱がじんわりと伝わってきて、サンダルウッドが香り立つ。

(極楽だ…)

金色の極上の絨毯に埋もれて癒しを得ていると、突然ぐいと後ろから首根っこを引っ張られた。首にかかる熱い鼻息には覚えがある。振り向かずに「リザードン」と言い当てれば、俺のシャツを噛んでいるパートナーが低く不機嫌そうに喉を鳴らす。…どうやら、大層お怒りのようだ。

ぐっぐと、退けというように引っ張られるので、要求通りキュウコンから離れる。すると呆れたように俺を見て、威嚇するように尾で床を叩いた。

「悪かった、もうジャマしないぜ」

首筋を何時ものように撫でると、リザードンは漸く機嫌を直してくれたようで。のっそりとキュウコンと同じブランケットの上に座ると、仲睦まじいくキュウコンと鼻先を擦り合わせた。そうして、朱色の翼で隠すようにして二匹で丸くなってしまうから、これはとうとう俺は野暮だなと。…そっと、部屋を後にする。

「ミシャ」

リビングにいるはずの姿がなく、なんとなく名前を呼んでみるが返事もない。どうにも落ち着かなくてキッチンに入ると、庭の方から笑い声がした。誘われるようにして裏口から裸足で庭に回ると、オリーブのアーチの向こうに漸く探していた姿を見つける。

「そんなに動かないで、きちんと洗えないでしょう」
「グワッ」

ホースから溢れる水が、光に照らされてきらきらして。蒼く茂る草の上を、真っ白な足が踊っている。カメックスがぶるりと頭をふると、白い泡がそこら中に飛び散った。一際大きなかたまりが当たってメッソンが転げて、サルノリはシャボン玉になった泡を木の棒で叩く。

もう一匹が見当たらないと視線を巡らせていると、…どうやらカメックスの後ろに張り付いていたらしいヒバニーが高い声で鳴いて飛び出してきた。イタズラのつもりなのか、そのままがばりとミシャの顔に飛びつく。「わ、」とミシャが驚いて数歩下がり、そのまま足を滑らせるのが見えて、___俺は、慌ててミシャのところへと駆け出した。

幸い距離がなかったので、転げる前に助けることができた。キャッチしたミシャの肩を抱いてほっとしていると、顔に張り付いたヒバニーが俺を見る。鼻に泡をつけたマヌケ顔は無垢そのもの、先日タマゴから産まれたばかりの彼らは、まだ人間との接し方よくわかっていないのだ。

「ヒバニー、お前は後で説教だぜ。___大丈夫か、ミシャ」
「うっ、ダンデ…? 泡が、」
「ああ」

彼女の言わんとしていることが解ったので、取り敢えずヒバニーを掴んでカメックスへと放る。くるんと回ってカメックスの頭に着地してみせた自慢げなヒバニーを他所目に、掌でミシャの顔の泡を拭ってやる。

そうすると、泡に隠れたミシャの顔が少しずつ見えてくる。小さな鼻、ふっくらとした唇、今は閉じられている瞼、その奥にある瞳の色が見たくて。催促するように、指の腹で彼女の目元を擦った。暫くして、どこか迷惑そうな瞳が漸く俺を映してくれる。

「どうだ」
「ありがとう、もうイタズラっこなんだから」

残った泡は、カメックスがロケット砲から少しだけ出した水で洗った。けれど手ごろな場所にタオルがないので、滴る水は指で拭うしかない。鬱陶しそうに髪を払おうとするから、俺はその手を遮ってミシャ頬に張り付いた髪を摘まんで耳にかけてやる。

「タオル取ってくる」と言えば、「ありがとう」とほほ笑むミシャの顔が良く見えた。水に濡れているせいか、ミシャの顔が酷くまぶしい。




「キュウコンはもういいの」
「ああ、俺がしつこくしたからリザードンにどっかいけって怒られたぜ」
「ふふ、それはダンデが悪いね」

カメックスの泡を落としながらミシャがくれる小言が突き刺さる。泣き喚くメッソンをタオルで拭ってやりながら、俺は「反省してる」と小さな声で返した。

「まさか、あの小さなロコンとリザードンが番になるとはな」

小さなロコンは、ミシャが初めてひとりで捕獲したポケモンだった。

なんだかんだあって、俺がミシャの両親を説得して師匠の道場に送り出してしばらく。初めてのパートナーとなったゼニガメと一緒にガラルに戻って来たミシャが、ワイルドエリアで初めて捕獲したきつねポケモン。ゼニガメのみずてっぽうでびしょ濡れになり、不機嫌そうに尾っぽを舐めていたのをよく覚えている。

その時には、すでに俺のパートナーはリザードンに進化していた。同じ炎タイプということで通じるものがあったのか、…いや、リザードンは小さなロコンをどう扱っていいか分からず戸惑っていることの方が多かったか。プライベートで遊ばせるときは、いつもロコンにマウントを取られていたように思う。思えば、その時から。リザードンはロコン…、キュウコンに対して特別な思いがあったのかもしれない。

赤毛のロコンが美しい金毛をまとうキュウコンになると、沢山のポケモンから求愛を受けるようになった。それを見て慌てたのか、公園の花をむしっておずおずキュウコンにプレゼントしに行ったリザードン。その背を見た時の衝撃は、いまでも忘れられない。

…お、俺たちはやっぱりパートナーだ、俺はお前を応援するぜリザードン…! と、隣で「ダンデと一緒のことしてる」と指差し笑うミシャの口を塞いで、俺はその時固く決意したのだ。

「本当に、あっという間だったな」

木陰の奥で、ドラパルトとミシャのポットデスが昼寝をしているのが見えた。他のメンバーも、きっとこの家のどこかでミシャのポケモンと一緒に休んでいるに違いない。

「突然なあに」
「噛み締めてるんだ、嬉しくてな」
「突然おじさんみたいなこというね。でも確かに、あんな可愛い顔をした男の子が似合わないヒゲを生やすようになっちゃうくらいだもん」

ミシャが腕に抱いたヒバニーとサルノリをガーデンテーブルの上に乗せると、イスに座っていた俺の頬を撫でて「時間の流れって残酷だなあ」と悲しそうな声で言う。指先がヒゲをなぞるのがくすぐったくて、俺は笑いそうになるのを堪えて反論する。

「誰のせいだと」
「わたしのせい?」
「君が俺のことカワイイかわいいというから、必死だったんだ」

意地悪な返しに、むっとする。ヒバニーとサルノリに誘われてテーブルに上がろうとするメッソンを離してやると、必然的に顔を上げてミシャと目線があってしまう。

「必死って、どうして?」
「…」
「だんまりで教えてくれないつもり、かわいい人」

ぐっと閉じたままの俺の唇を、ミシャが人差し指の腹でなぞる。まるで誘うような指先に背筋がざわついて、「噛むぞ」と脅してみたがきっとミシャには虚勢と知れてしまうだろう。

ミシャはにっこり笑って、触れた指で俺の顎をくいと寄せると。ちうとチークキスをくれる、…本当にこいつは飴と鞭の使い方がうまい。すっかり絆された俺は、大人しく彼女の言い付け通り三匹のベビィたちを世話するしかない。それをみたカメックスがぷすぷすと笑っている。やめろ、そんな目で俺をみるんじゃない。

「それで、弟くんのところには何時いくの」
「ホップな、…来週の予定だ。彼らはホップとその友達の初めてのパートナーになるんだ。そう思うと、別れもさびしくないな」
「お友達?」
「ああ、隣に引っ越してきた子で良い瞳をしているらしい。まあ、俺はまだ会ったことないが」
「そう、どのくらいでダンデの所まで来てくれるか楽しみだね」
「それは…すこし気が早すぎないか、」

大人になった俺は、昔ほど餓えてはない。いや、心臓の奥にある焔はいまもなお滾り、その勢いは衰えることを知らない。けれどその衝動を分かり合える好敵手とも出会えた、…だからだろうか。頭の中で、もう一人の自分がもう十分だろうと、囁くときがある。けれど、俺はまだだ、と返す。

底知れない欲望が満足する日は来るのだろうか、少なくともいまだ。俺は、その先にある流れ星に手を伸ばし続けている。

「早くないよ、それになってもらわないと困る」
「どうしてだ」
「だってそうしたら、わたしはやっとお役ごめんになれるもの」

「…………………ハァ?」

薄暗い思考は、ミシャの言葉の所為で霧散してしまった。
あまりに素っ頓狂な声を出したからか、ミシャが珍しく本気で驚いた顔をしている。どうやら意味が解っていないらしい、だから俺は椅子から立ち上がる勢いで捲し立てた。

「それはどういう意味だ。まさか俺が負け………る予定はないが。もしそうなった、もう無敵のチャンピオンじゃなくなったのだから、君は自分がいらなくなると本気で思っているのか?」
「え、違うの」
「違う! 全然、まったくこれっぽちも違うぜ! ああクソ、まさかそんな勘違いをしているなんて。君は本当にどこまでお気楽なんだ。だからいつも決まりパターンで俺に6タテされるんだ」
「それいま関係ある? さすがにこれはわたし怒っても許されるよね?」

苛立ってひりつく肌を収めたくて、誤魔化すようにとぐしゃぐしゃと髪を掻いた。俺のただならぬ様子を察知した三匹が、慌てた様子でテーブルから飛び降る。そのまま日光浴しているカメックスの後ろにぴゅうと隠れるのをみて可哀そうなことをしたと思う、だがこれでミシャと確り話ができる。

「約束を忘れたのか」
「どれのこと」
「最初のだ。約束しただろう、君は。君だけは、この先どうなっても俺に挑み続けると」

立ち上がり、ミシャの腕を掴んで向きなおらせる。鼻先がくっつくほど顔を近づければ、ミシャの瞳いっぱいに俺が写った。大人になったと思ったのに、その顔は…小さい頃と変わらないまま。ミシャの言葉を借りるなら、餓えた獣のような顔をしていた。

「…百回負けても?」
「まだ47回しか負けてないだろ」
「十分だと思うけど、むしろ毎回手加減なしで容赦なくコテンパにされながらも挑み続けてあげたわたしに感謝すべき」
「あと53回だ」
「ふーん…、ならその回数を熟せば、もう挑まなくてもいい ____ん、」

あまりに生意気なことばかりいうから、ミシャの小さな口に噛み付くようにキスをした。舐めた唇から、彼女の好きな甘いミルクティーの味がする。俺の好みじゃないけれどもう一度味わいたくて。なんどか繰り返して、名残り惜しくも離れれば…はあと、彼女のミルク色の吐息が零れた。

「これが立派なトレーナーがすること?」
「…また口を塞がれたいか」
「宜しければ、今度はわたしが塞いであげましょうか。誰も挑んでくれなくなるのが怖いチャンピオンさん」
「………………」

俺が、ふたりでいるときにそのレッテルで呼ばれたくないことを知っている癖に。ひくりと強張る俺の顔を見て、ミシャが満足そうに微笑みを深める。屈んだ俺の首の後ろに腕を回して、擽るように髪を掻き分けて首筋を擽る。

だからお返しというように、俺も彼女の細い腰に腕を回して、濡れたシャツの下に手を忍ばせて括れを擽った。くすくすと、ミシャが擽ったそうに笑う。パラソルの下だというように、やっぱりミシャが眩しくて堪らない。もっとちゃんと見ていたいのに目を開けていられなくて、俺は仕方なく瞼を閉じてミシャに口付けた。ああやっぱり、____俺は、攻める方が性に合っている。

(なんて、)

彼女には、お見通しだろうけれど。
短い草の上に彼女を押し倒して、ひとつに交わるようにキスをする。嗚呼俺にも、リザードンのような翼があれば良かった。そうしたら俺に蕩ける君の瞳を、ずっと隠しておけるのに。

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