REQUEST(70万打) | ナノ

by Thomas Mann
最果ての蝶のつづき | R-18



(水の匂いがする____、)

どれほどの時間が経ったのだろう。歩き続けた足は皮がそがれ、肉は腐り湧いた蛆も男の身に巣食う千の病に侵されて死に絶える。魔尼の宝珠を失った額の傷は癒えることなく、剥き出しの肉と骨は鴉に突かれて酷い有様だ。内臓に焼き鏝を押し付けられるような痛みにも慣れた、男に掛けられた隔絶の呪いは今もなお機能しており暗闇をいくら進もうと光ひとつみえない。

(光がみえる、)

眼球に嵌っているだけの目玉はとうの昔に役割を終え、ただの肉塊になり果てた。最後に見た景色など覚えていない、だが男の目には、鼻には、肌には、…心の底に、確かに感じるものがある。

(______ひつき、)

何千年と彷徨って、なおも鮮やかな記憶があった。
太陽の光、煌めき輝く水のゆりかご、どれも彼女が愛したものだ。

(クリシュナの野郎、嘘つきやがって ひつきが死ぬわけねぇだろうが、)

あれは男のためにとヴィシュヌ神が作り出し、ラクシュミーの加護を受けた乙女だ。高らかにそれらしい理由をつけて語られた呪いも不貞も捏造に過ぎない。それは誰より男が解っている、あれがそんな器用な女ではないことも、女が不器用にも精一杯男に尽くしてきたくれたことも。

このような無残な境遇に落とされても、誰より男が一番理解しているのだ。あれは自分の為だけに生まれた、たったひとつ唯一無二であると。

(迎えに、いってやらねぇと)

口では強がっているが、あれは寂しがりやなところがある。でも認めることをしないから、いつも男が折れて迎えに行かないといけない。男が躾けた獣たちは、彼女の傍にいるだろうか。自分が傍に入れない時に、寂しい思いをさせないようにと教え込んだ。泣いていないといい、彼女が泣くとどうしていいかわからなくなる。

____アシュヴァッターマン様、
声が聞こえる。彼女はいまでも、自分の進むべき道の先にいる。

男は酷い有様だった、辛うじて人の姿を保てているが生きているかも疑わしい。3000年という時空の檻を抜けたとして、宝珠が戻ってくるわけもない。前はそれなりに美丈夫で通っていたが、最早見る影もなければ戻ってくるものでもない。そんな姿で戻ったところで、彼女がどう思うか。

厭うか。恐怖するか。拒否するか。____泣いてしまうか、

ほろほろと、あの大きな瞳を揺るがして、か細い声で男の名を呼ぶだろか。ああ、結局その様が一番にしっくり来るのだから呆れる。泣くなと祈りながら、自分のために泣いて欲しいなどどの面下げて言うつもりか。地位も名誉もなにもかも失くしたというのに、ただひとつ妻だけは、彼女の愛だけは変わらずに己のものだと確信している。

(ひつき)

名前を呼ぶ、何度でも、この長い時間の中で彼女のことを思わなかった時はない。何もかもが曖昧な痛みと悲しみと憎しみが煮えたぎる窯の底で、それだけが男の理性を繋ぎとめた。その為だけに、男はこの死んだ方がマシと言えるほどの地獄に落とされたまま、死にながら生き続けた。

望むことはたった一つ、愛おしい女をもう一度この腕で抱きしめたい。それが叶った後でなら、死んでもいいと自分を許せる気がした。







インドにおける最も古く歴史ある祭祀の一族であり、今は排他された王族と関係を持ち政治的な発言権も有している…そんな支配階級の最足ると言って過言ではない一族に、アシュヴァッターマン・シヴァは産まれた。直系嫡子のみが受け継ぐことができる神シヴァの神名と合わせて、授けられた戦士の名は父ドローナが斯く在れと祈りを込めたものであった。

それが奇跡を呼び込んだのかは定かではない、だが事実として言えることがある。アシュヴァッターマンには幼い時分より、途方もなく長い時間を生きてきた記憶があった。幸福と言えた短い時間、地獄を称するに相応しい長い時間。どちらの記憶にも、中心にはたったひとり全てを捧げても良いと思える女がいた。

彼女を探しだすことは、最早命題であった。
どういうめぐり合わせか奇縁の友と再び巡り合うことはあったが、彼女は何時まで経っても見つけることができない。自国は諦めて他国も探し回った、それでも見つからない。あの柔らかい髪も、蕩ける瞳も、甘く微笑む唇も______何も、見つからない。

癇癪を起して荒れる暇などなかった。諦めずに名前も知らない女を探し続ける執念に鬼気迫るものを感じたのだろう。本来なら所属する血族(ジャーティー)の中で内婚すべきだが、適齢期を過ぎても国中を飛び回る息子に父はなにも言わなかった。彼は誰もが認めるほどに父の仕事を良く手伝っていたし、小さい頃から我儘一ついわず完璧な息子であった。そんな息子がたったひとつ追い求め続けるもの、それを親であることを理由に奪うには、ドローナは息子を愛し過ぎていた。

…そんな息子が漸く見つけだした運命の相手が、遠いアジアの島国の年端もいかぬ少女だと分かった時は流石に泡を吹いてぶっ倒れたが。

すわ国際問題、一族の恥、歴史ある祭祀の裏の顔、なんて根も葉もない何万というスキャンダルが脳裏をよぎってはぎゅうと胃が縮んだが。そこは流石いうべきか愛する息子アシュヴァッターマン、きちんとTPOは弁えていた。

この少女…名を七森ひつきというらしいニホンの娘は、歳の割にしっかりとした子で。色々限界なアシュヴァッターマンを「めっ」と指一つで押し退けていたのを見て、ドローナと妻は心底ほっとした。ひつきは島国の出ということもあり、歳の割に小柄でどこもかしこも細い。

対して、アシュヴァッターマンは幼いころから自国でも右に出るものがいないほど完成された肉体を持ち、テロリストと単身無傷で渡り合えるほどバラモン戦士と名高い。そんな彼らが並ぶと大躯漢が異国のあどけない娘を無理やり手籠めにしているようで居た堪れない、だがどうやら内情は力関係は逆転しているらしい。

良かった!この子ならきっとうちの息子も安心だ!

「いつでもうちのお嫁さんに来なさい、歓迎するよ」
「本邸にもあなたとアシュの宮は用意しておきますからね」
「まあ、気が早いですわ」
「早いもんか、アシュはすでに君の為に家を建てて部屋も用意している」
「親父、ちょっと黙っといてくれや」

おっと、どうやらこれは秘密だったらしい。お茶目なおじさんのふりをして、すわブチ切れ寸前の息子をやりすごしシヴァ夫妻は自家用機で生国に帰って行ったのが数時間前の話である。




「楽しいご両親ですね」
「浮かれてんだ、漸くふらふらしてた息子が落ち着きそうだからな」
「まあ」

くすくすと笑うひつきが横たわるベッドに、アシュヴァッターマンも腰掛ける。積まれた枕の上に埋まる小さな体を押しつぶさないように覆い被さり、滑らかな肌を唇で楽しみながら額にキスをした。

「あなたの国の家には、わたしの部屋があるの」
「…ああ、だけどまだ足りねぇもんばっかだ」
「そうなのですか」
「ずっとお前がいなかっただろ」

止まないキスを受けてくすぐったそうに笑いながら、成程とひつきが頷く。

「あとリトゥとサマヤもいねぇな」
「リトゥとサマヤ…、ああ虎の子の」
「同じように生まれ変わっていればと思ったが見つかりやしねぇ。ああでも、アイツらが来たのはお前と結婚してからだったから、その内みつかるかもな」
「確かカルナ、というご友人からの贈り物ですよね」

キスの合間にああという相槌を含ませて、柔らかなひつきの唇に食いついた。どうやら機嫌が良いようで、細い指がアシュヴァッターマンの後ろ髪を撫でる。いたずらに髪を引く様子に焚き付けられて、舌で口をこじ開けると意外にもすんなりと侵入が許された。

小さな舌を何度も絡めては遊んで、柔らかい粘膜を舌先で擦った。すると気持ちいのか、少しだけひつきの身体が揺れるから調子に乗ってアシュヴァッターマンもキスを深めた。

熱い呼吸を重ねて、ひつきの舌先をちうと吸って離れる。すっかり情事の熱に浮かされたひつきの瞳に背筋が粟立つ、愛する女が欲をもって自分を見つめているのだ。興奮するなというのは無理がある。

「まるで答え合わせみたい」
「なにが」
「記憶の、ずっと  ン、わたしの妄想かと」

肩口から手を忍ばせネグリジェを落とす。剥き出しになっていく肌にキスを落として、吸い付いて恋しさの痕を残していく。再会した時より少しだけ大きくなった胸を手で優しく愛撫しながら、既に色づいている先に吸い付いた。

「行ったことねぇ国の叙事詩とまんま同じ妄想なんてありえねぇだろ」
「 ん、だけど わからなか、ったから」
「自分のことか」

アシュヴァッターマンに触れられて熱を持ち始めた胸を食みながら、逆手を裾の下に忍ばせる。風呂上りの肌はアシュヴァッターマンの手に吸い付くようで、そのまま誘われるようにひつきの一番柔らかいところに触れた。

「それとも俺のことか」
「ァ、 待って 」
「もう待つのは飽きた」

夢の中で長い時間を、そしてこの世界に生まれて十数年。アシュヴァッターマンとひつきの年の差はその数だけ、アシュヴァッターマンが孤独に過ごした時間の重さと同義だ。

その時間を思い出しているのか、まるで病に侵されたように苦しい顔をするアシュヴァッターマンにひつきは困ったように笑った。燃えるような真っ赤な髪、その熱に溶かされたような金の瞳も、幼いころからひつきの記憶に在るものと瓜二つだ。

自分の姿もそうだというのだから、運命というものは恐ろしい。この現実は、どちらか望んだ世界なのか。果ては、まったく違う誰かの願いか。どちらでもいいと思う当たり、自分も随分とこの突然現れた異国の男に絆されている。

「本当にずっと、おおきなこどものままなんですから」

困ったように笑うひつきを見て、アシュヴァッターマンの顔がくしゃりと歪む。
2人にしかわからない記憶は最早慰みではない、絆を確かめ合うための大事な宝物だ。




初めて出会った時、ひつきの身体は男を受け入れるにはなにもかも未熟な状態であった。だが長い時と拗らせつづけた愛おしさの反動で、アシュヴァッターマンはすぐにでもひつきと溶け合ってしまいたかった。それは酷く身勝手なワガママな欲だと自制したが、それは男に限ったはなしではなかったらしい。ひつきもまた、等しくアシュヴァッターマンと溶け合うことを望んでいた。

だから互いの身体を慰めあうことから始めた。アシュヴァッターマンは、ひつきが少しでも苦なく自分を受け入れられるようにと余すところなく奉仕し、ひつきもまたそんな献身的な姿に心打たれて彼が苦しくないようにと熱を解く手伝いをした。

その時点で彼が随分と精力有り余るタイプと解っていたので、ひつきも覚悟はしていたのだ。だがいくら覚悟していたとしても…規格外相手には、意味のないことであったりするもので。

「は ぁ、ン おく、 ば っか、り ン」

体格差を埋めるために体の下に入れこんだ枕が、アシュヴァッターマンが動くたびにズレて落ち着かない。深く穿たれた熱が、ひつきの最奥を押し上げて擦るように何度も同じ動きを繰り返す。一定の間隔で与えられる快感は、安心感も相まって骨の髄まで優しくひつきを溶かそうとする。

「とけ、 ちゃ う っ!」
「どろっどろに溶けとけ、その方が 気持ち良くしてやれるからな」
「いや、 もうはいんな、 いっ」

アシュヴァッターマンが腰を落として、自重で更に深みへと入り込もうとする。ぐぐと彼の熱の先が、ひつきの一番大事なところを押し上げる。すわ突き破りそうな重さが怖いはずなのに、何度もそうやって愛されたこと体が覚えているのか。むしろそれを望むように、ひつきの膣がきゅうと彼の熱を締め付けた。

「ン、 は はやく、イ って」
「ハッ やなこった」

いつまでも生温いお湯につかっているような、終わらない気持ち良さも度が過ぎれば拷問のようだ。どこかに飛んでしまいそうな理性の先を必死に掴んでいるひつきに対して、アシュヴァッターマンは手放せというように攻めの手を緩めない。

終いにはひつきの足を肩にかけて、より深く熱を埋め込んでくる。亀頭で子宮を押し上げられ、お口のところを擦られると視界がチカチカした。小突くように子宮の口を何度もイジメられると、じわりと子宮から愛液が零れ落ちてしまう。それが解ると、アシュヴァッターマンは大きな手で腹の上から子宮を撫でる。まるでイイ子だと褒める様な手つきに絆されて、ひつきの身体から力が抜ける間を見て接合を更に深めていく。

苦しいはずなのに、彼が恋しいというように亀頭の先に愛液が絡みついて子宮とのキスを深めた。ダメ押しというように、アシュヴァッターマンが腹の上から子宮を撫でる力を強めた。膣の中を熱で穿つのに合わせて、外から子宮を揺らすように愛撫される。そうされるともういよいよ限界で、身の内で堪えていた質量の波が一気に解き放たれるのを感じた。

「 イ、く ___ ン!」

膣に溜まった重さのようなものが弾けて、じわりと全身に広がっていく。秘豆を愛撫されるときの痺れるような絶頂とは違う、膣で子宮で、イった感覚。蝕むように体中に広がっていく甘さを帯びた酩酊、身体だけではない心まで泥のように溶かす熱に、僅か残っていた理性もとろりと解けてしまう。

ひつきの身体を包んでいる快楽とは裏腹に、膣はきつくアシュヴァッターマンを締め付けるようで。彼は柳眉を顰めると、弛緩したひつきの腰を鷲掴み何度か強く腰を揺すった。そうしてぴたりと秘部を擦り合わせながら、膣の中で熱を放つ。

どくりどくりと、穿たれた焼き鏝のような熱が跳ねる度に、子宮口に熱がかかる。その熱を感じながら余韻に浸っているとアシュヴァッターマンが「ひつき」と名前を呼んでキスをくれた。そうすると体が倒れて、ぐいとアシュヴァッターマンの熱が最奥を抉る。ひつきの愛液と彼の精液でどろどろになった場所が、全身を包む熱も相まって溶けあってしまいそうな。

「______」

彼の与えてくれる艶やかな情動に溺れてしまいそうなひつきの耳に囁かれたのは、愛と呼ぶにはあまりに重くて窒息してしまいそうな言葉だった。そうして最早嗚咽の言葉しか紡がなくなったひつき相手に、アシュヴァッターマンが緩く腰を動かし始める。

繰り返される行為、終わらない営みすら彼の思いの現われなのか。赤い髪の合間から食い入るようにひつきを見つめてくるどろりとした金の瞳。その灼熱に焼かれながら、ひつきは身体ばかりおおきな、愛おしい男を抱きしめた。

It is love, not reason, that is stronger than death.

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