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「ナポリの冬に比べたらかわいいものですよ」

そう語る骸は、白いシャツの上に深い藍色のセーターを着ているだけだった。
外にいるというのにかなりの軽装だ____セーターにコート、マフラーに手袋というガチ装備のわたしと比べると。

「ふ、ふゆは…にがて、」
「まだ11月の頭ですよ、あなたいままでどうやって冬を越えて来たんですか」
「わ、わたしもしりたい…」

体は暖かいはずなのに、衣服のわずかな隙間から忍び込んでくる冷たい風に震えが止まらない。ガチガチと奥歯をならし、マフラーに亀のように首をちぢませるわたしを見て、骸が心底呆れたような顔をする。

「本当に…なんというか君は、どうしもなく脆弱ですねぇ…そんな体でよく、僕やヴァリアーとの抗争を生き抜いたものです。一周回って尊敬の念さえ湧いてきそうです、クハハハ!」
「やめてっトラウマを思い起こさせないでっ…うううっさむい むく、むくろ、イヤーマフ返してっ…」
「いやです」

そういって伸ばした手は、しかしイヤーマフに届かない。わたしのイヤーマフは、骸と顔を合わせた瞬間から人質ならぬ物質となっているのだ。ひょいと骸は腕を持ち上げ、わたしでは手が届かない場所でピザでも回す様に器用にイヤーマフを回転させた。その顔はニヤニヤしていてひどくイジワルだ、ちくせう。

「さあ。とれるものなら取って見なさい」
「むり」
「なんですかもっとガッツを見せなさい。僕がつまらないでしょう」
(しるかよ)
「その点、沢田綱吉は凄かったですよ。知ってます? 彼、殴ってもなぐっても泣きながら立ち上がるんです。もうゾンビも真っ青ですよ、事実あなたの目の前の男はそれで痛い目を見てます」
「国家犯罪者を泣かせるって、沢田くんマジパナイ」

普段は無害なチワワみたいな顔しているくせに、実はドーバルマンかなにかなのか?そんな沢田くんイヤだ。

「国家犯罪者って僕のことです? よしてください、褒めてもなにもでませんよ」
「ほめてない」
「そんなことよりりおん、商店街に美味しいチョコレート専門店ができたと小耳に挟みました。すごく興味をそそられませんか? 行って見たいとおもいませんか?」
「ふふっふ〜♪」

思わず有名な曲のフレーズを口ずさめば、骸は「クハッ!」と笑った。

「それ、僕のテーマソングみたいですよね」
「はいつくばって何を探してるの?」
「あえてそこをチョイスするとは…それより僕と踊りませんか? Bella」
「ノーゼンキュー」
「酷い鼻声ですね」

そうして話していると少しだけ寒さが紛れた。わたしは真っ赤な鼻をすすりながら、骸を見る。骸は相変わらず薄着で、赤と青のオッドアイでどこか遠くを見ながら言う。

「で、結局行ってくれるんですよ?まあ、君に拒否権はないのですが」
「うん。一人でいくね」
「なぜ。ちょっと、僕がいま誘ってるんですよ、というか僕がメインなのになぜそこに僕を入れない。さてはりおん、チョコレートを独り占めするつもりですね。そんなことはさせません、」
「どこかのヒーローみたいな台詞だけと、内容がかなり残念だね」
「そこはご愛嬌ということで、ひとつ」
「…だって、骸さ」

食べれないじゃん、チョコレートなんて。だってあなたは______、

「わたしの妄想なんだから」

ぽつりと呟いた言葉は、冷たい空気にとけて消えて。骸が驚いた顔でわたしをみている。その足元にはわたしのイヤーマフが落ちていた。骸に盗られたイヤーマフ…違う、風で吹き飛んでしまっただけのイヤーマフ。わたしはそれを回収するために、校舎の裏に来たのだ。ここは並盛中学校、六道骸がいる黒曜中学校じゃない。六道骸が並盛の制服を着て、こんなありきたりな会話をするわけがない。だって彼は、なぜなら彼は、_____わたしは、彼を。

「…どうしても、いけませんか…?」

妄想の骸がいう。わたしは一つだけ頷いた。

「ねえりおん、僕と話すのは嫌ですか? 君の友人たちを傷つけた男なんて見たくないですか?」
「ううん ううん、ちがう」
「では、怒っている?」
「ちがう」

「……寂しい?」

頬に触れる、冷たい感触。そこには何もない筈なのに、どうしてこんなにも温かいのだろう。ぎゅうと胸が締め付けられる、涙がぼろぼろとこぼれてしまった。泣く権利なんてない、嘆く権利さえも。それなのに____たった一度。たった一度だけ触れったひとの温度が、こうにも忘れらない。

「…む くろ」
「はい」
「さむく、ない?」
「寒くありません」

もう涙を止められなかった。ひくりと震えるわたしを、骸は穏やかに笑って抱きしめてくれた。…わたしが知っている彼は、こんな風に笑ったりしない。だからやっぱり、これはわたしの都合の良い妄想なのだ。解っていても、まだ大人になりきれていない背を抱きしめることを止めることができなかった。

「つらくない?」
「ないです」
「いたく、ない…?」
「それはぼちぼち、でも大丈夫。慣れっこですよ。 君が心配する様なことは、なにもありません」

優しく髪を撫でてくれることが、嬉しい。どうしてそれだけのことが、こんなにも心を喜び震わせるのだろう。それだけの人に会えたのに、それだけの人と交わることができたのに。どうして。わたしは彼を、見殺しにしたんだろう。

「____それは違います、りおん」
「!」

「僕がしたこと、僕が犯した罪を、君が肩代わりしようとなど決して思うべきではない。…これは、僕が自ら招いた結果です。僕の未熟さが悪い、そこに君は関係ない」

体を抱く腕の力が強くなる。骸はどこか突き飛ばすような声でそういうと、沈黙してしまったわたしを安心させるように小さく笑いながら言った。

「まあ、今の生活はそれほど悪くない。少々窮屈ではありますが、力を蓄えるには絶好の機会です」
「ポジティブすぎるよ…」
「気がのったら脱獄なりなんなりしますよ。そしたら一先ず沢田綱吉をブン殴りたいので、一目散に日本に飛んで来ます。慌てふためく沢田綱吉の顔が目に浮かびます、様を見ろですね。 クハハハ!」

悪役然と高らかに笑う骸に、思わず顔を上げる。だがそれは、ぽすんと上に乗って来た顎に拒まれてしまった。

「だからそれまで、もう少し___待っていてください」
「…すこし、だけ…?」
「はい。約束します」

頭部に頬が擦りよる感覚がした。儚い感覚だ、失いたくなくて腕に力を込めれば、骸もまた同じように強く抱きしめてくれる。

「殴ったら、…すぐにりおんに会いに来ます。そしたら後は、ずーっと一緒です」
「そうなの」
「はい。僕がずーっと付き纏いますので、僕はしつこいですよ。多分りおんが想像しているのより6倍は酷い」
「ひどい…」
「新婚生活はイタリアかフランス…ああカナダもいいですね。老後は日本が過ごしやすそうですから、幾つか拠点を用意しておきましょうね」
「え、そ、そんな遠い未来のことわからないよ、」

突然飛躍した話題に狼狽えれば、骸は少し考えるようにうねったあと「では」と続けた。

「まずは手短な未来から」
「手短?」

「はい、…りおん、僕と一緒にチョコレート専門店行きましょうね」

冷たい牢獄にいる六道骸と約束をする

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